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第2話 『放課後、ギャルと下校』

 放課後、俺と水島は自然と一緒に下校する流れになっていた。

 まさかギャルでクラスの人気者である水島と、こうして一緒に帰ることになるなんて、少し前までは想像すらできなかった。


「じゃあ一緒に帰ろう!桜庭くん!」


 いつもクラスメイトに対して向けられていたあの明るい笑顔が俺にだけ向けられている。悪い心地がするわけが無い。

 そんな明るい笑顔で言われると、断る理由なんて見つからない。

 俺は「うん」と頷き、水島と並んで校門を出た。

 夕方の空気が少し肌寒くて、歩くたびに彼女の髪が揺れるのが目に入る。


 正直、こうして二人で歩くのはまだ慣れない。まぁ昨日と今日だしな……。

 でも、水島が隣にいると、不思議と心が落ち着く感じがする。

 彼女の無邪気な表情や、何でもない話をしているときのあっけらかんとした態度が、どこか心地いい。


「桜庭くん、オタクの話、いろいろ教えてよ!」


 と、水島が笑顔で言ってくる。


「……いいのか? 興味ないだろうし、退屈じゃないか?」


 つい遠慮してしまう俺に、水島はちょっと眉をひそめて、「そんなことないって」と軽く頭を振った。


「桜庭くんの話、結構面白いんだよね。あ、ウチも少し勉強してみようかな? ほら、彼氏の趣味だし!」


 彼氏の趣味……その言葉に、顔が少し熱くなった。


 今日から水島に彼氏扱いされているのは事実だけど、やっぱりまだ慣れない。

 でも、彼女がこうして俺の趣味を受け入れてくれることが素直に嬉しかった。


 しばらくそんな話をしながら歩いていると、ふいに元カノのことを思い出してしまった。


 彼女も最初は俺の趣味を受け入れてくれていた……いや、少なくとも受け入れてくれている「風」に見えていた。

 だけど、付き合いが深まるにつれて、オタクである俺を受け入れられなくなったのか、最後には「オタクは無理」と言われて振られてしまった。


「……元カノも、最初は俺のこと理解してくれてると思ってたんだけどな」


 無意識にそう呟いてしまった俺に、水島が驚いたように顔を向けた。「え、元カノの話?」と言われ、俺は「ああ、いや……」と焦った。

 たしかに今の彼女に元カノの話をするのはマナー的に如何なものかと思ったが、特に水島は気にする様子はなく続けた。


「じゃあさ、その子は桜庭くんのオタク趣味が嫌だったってこと?」


 俺は頷いた。

 水島のおかげで平静を保ててはいるがやはり失恋のショックは大きい。

「オタクであること」を理由に振られたことは、やっぱりどこかに引っかかっている。


「うん……結局、オタク趣味を理解してもらえなくて、無理って言われて別れたんだ」


 なんとなく暗い気分になりながら答える俺に、水島は少し考え込んだ後、あっさりとした口調でこう言った。


「ふーん、でも、桜庭くんの趣味を理解しないなんて、もったいないよ」


 その言葉が、意外すぎて驚いた。思わず水島の顔を見つめると、彼女は真剣な目で続けた。


「だって、桜庭くんが本当に楽しんでることなんだから、普通はそこに興味持つと思うんだよね。趣味を否定されるのって、ちょっと理不尽だと思うな」


 その一言が胸にじんと染みた。

 水島があっけらかんとした口調で言うからこそ、俺の心にまっすぐ届いてくる。

 彼女にとって、オタク趣味だろうと何だろうと、俺が好きなものは尊重すべきだと考えているのかもしれない。


「そっか……ありがとう、水島」


 素直にそう言うと、水島は「気にしない気にしない!」とニコッと笑って、肩を軽く叩いてきた。


「ウチ、桜庭くんの趣味、結構いいと思うけどなぁ。あ、でも、私ももう少しオタクのこと分かるようになりたいから、今度教えてね?」


 俺はそんな水島の言葉に、自然と頷いていた。

 なんて彼女は優しいんだろうか。

 彼女のように自分のことをありのままに受け入れてくれる存在がいるなんて、今まで考えたこともなかった。


 しばらく歩いたあと、水島がふと「あ、あれ見て!」と指差した。

 そこには、夕焼けに染まる町並みが広がっていて、オレンジ色の空がどこまでも続いていた。


「すごい、綺麗だね……」


 水島が無邪気に感動している様子を見て、俺も思わず顔がほころんだ。こうして彼女と一緒にいると、普段は見過ごしていたものが輝いて見えるような気がする。

 彼女の存在が、俺にとってどんどん特別なものになっていくのを感じていた。


「……ねえ、水島」


 ふいに名前を呼ぶと、彼女が「なに?」とこちらを向いた。その顔には、いつもの明るさがあふれている。


「……俺のことをこんな風に普通に受け入れてくれて、ありがとう。なんか……助かってる」


 そんな感謝の気持ちを、自然と口にしてしまった。水島は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに微笑みながら答えた。


「いいよ、気にしなくて。だって、彼氏のためなら当然でしょ!」


 彼女の一言に、胸がじんと温かくなった。

 ありのままの自分でいられる場所がある。水島が隣にいるだけで、今まで抱えていた寂しさが少しずつ消えていく気がする。


 まだ付き合い始めて日が浅いけれど、俺は少しずつ水島に安心感を抱き始めていた。


 そして彼女の無邪気な笑顔をこれから守っていきたい、そう思った。

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