第28話 『近すぎる距離』
「よし、次は男子向けのメイクに挑戦しよっか!」
紗良がスマホを片手に目を輝かせながら言った。
「いや、次って……まだやるの?」
正直、さっきのギャル風メイクで十分だと思っていた。
というより、あれ以上顔をいじられるのは勘弁してほしい。でも、紗良が楽しそうにしているのを見ると、断るに断れない。
断れないし、それに付き合ってみたい、付き合いたいという想いが勝って結局は彼女の言いなりになる。
「ほらほら、せっかくだし付き合ってよ! 今度はちゃんと柊斗に似合うやつだから!」
紗良はすでに動画を再生し始めていた。「男子ナチュラルメイク」とタイトルのついた動画が画面に映し出されている。
「ほら、これ見て! この人とか超自然でいい感じじゃない?」
画面には、モデルの男性がさりげなくメイクを施されている映像が流れていた。
たしかに仕上がりは自然で、言われなければメイクしているとは気づかないレベルだ。
「これなら、まぁ……大丈夫そうかもな」
つい言葉を漏らしてしまうと、紗良はにっこり笑って「じゃあ決まり!」とすぐに道具を手に取り始めた。
「一旦メイクを落とそうか」
「そうだな……」
さすがに今のギャルメイク状態の上からメイクしたら訳分からんことになってしまうに違いない。
「これクレンジングオイル、これ使って落としてきて。顔に塗って水で流せば化粧取れるから!」
「わかった、ありがとう。すげぇなぁ……」
「すごいよねぇこれで落ちるんだもん、まぁ一旦落としてきて!」
「わかった!」
沙良に言われるがまま、俺はギャルメイクを洗面台へと落としに行った。
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「じゃあ、まずはこの下地から……」
動画を見ながら、私は真剣に準備を始めた。
さっきのギャルメイクは完全にネタだったけど、今回は本気で柊斗に似合うメイクをして、さらにかっこいい彼を作り上げたい。
「こういうメイクってね、肌のトーンを整えるのが大事なんだって」
そう言いながら、下地クリームを少量手に取り、柊斗の顔に丁寧に塗っていく。
彼は少し緊張した様子でじっとしていたけれど、私が「大丈夫、すぐ終わるから」と声をかけると、素直に頷いてくれた。
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紗良がいつになく真剣な顔をして、俺の顔にメイクを施していく。
あっちは俺の顔をどうにかすることに真剣になっているが、冷静になってみると、かなり距離が近い。
時々によっては、もう肌と肌が触れてしまいそうな距離なわけで……。
……とそんなことを考えたらドキドキしてきた。
「えーっと……沙良さん?」
「んん、どうした?」
沙良はめちゃくちゃ真剣だ。
「顔、めちゃくちゃ近いね……」
「……んん」
声にならない声を出したと思うと沙良は至近距離からそのまま俺と目を合わせる。
彼女のまんまるな大きな目。
お互いの息と息が触れ合ってしまうような距離。
「「…………」」
……そんなことを意識し始めた途端、俺の心臓が鼓動を更に早めてうるさい。
対する沙良はと言うと、俺に指摘を受けてから徐々に頬を赤く染めていき、フリーズしてしまった。
聞こえないはずの彼女の心臓の音が聞こえてくる気までする。
──永遠にも感じる刹那。
そして、その沈黙を断ち切るようにバッ!!!と沙良は一旦俺から距離を取った。
そして顔を俯きながら、彼女は口を開いた。
「柊人……」
「は、はいっ」
「目瞑ってて」
「分かりました」
そう言って俺は目を瞑ると沙良は、メイクを再開する。
──はぁ、心臓に悪いぜ……。
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まぁ、そんなことがあって。
「次は、ここに少しだけ影をつけるね」
そう言いながら、沙良は小さなブラシを手に取り、俺の鼻筋や頬骨にさりげなく色を加えていった。
「……おお、なんかプロっぽいな」
思わず声を漏らすと、紗良が得意げに笑う。
「でしょ? 実はこういうの得意なんだよね~!」
先程の気まずい雰囲気はどこへやら。
その明るい声に少し気が楽になった。
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動画を参考にしながら、慎重にメイクを進めていく。男子メイクは、ナチュラルに見せることが一番大事だ。
……にしてもさっきはやばかったな。今は平静を保ってるけど今もまだ心臓の鼓動は早いままだ。
あのまま……チューとかしても良かったかな……。
……って何考えてんだウチ!今は目の前のメイクに集中するんだ!
メイクが濃くなりすぎないように注意しながら、目元や眉毛を整え、最後に少しだけリップクリームを塗って完成させた。
「よし、できた! 見てみて!」
手鏡を渡すと、柊斗は恐る恐るそれを覗き込んだ。
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「お……これ、けっこういいかも」
鏡に映った自分の顔を見て、正直驚いた。メイクをしているのに不自然さが全くなく、むしろ顔が少しだけ引き締まったように見える。
「なんか……これなら普通にアリだな」
「でしょ! めっちゃいい感じじゃん!」
紗良は嬉しそうに手を叩いて喜んでいる。その姿を見て、俺も少しだけ嬉しくなった。
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「ねえ、なんか俳優さんみたいじゃない? これなら学校でも通用しそう!」
私が興奮気味にそう言うと、柊斗は「そんなことないだろ」と照れくさそうに笑った。
「そ、そんな褒められると、なんか照れるな……」
「照れてる柊斗、かわいい~!」
思わずそう言って、彼の頭をわしゃわしゃと撫でてしまう。
「おい、やめろって!」
彼が少し顔を赤くしているのを見て、また笑いがこみ上げてきた。
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紗良が嬉しそうに笑っている。その笑顔を見るだけで、俺の胸がじんわりと温かくなった。
「……ま、紗良がこんなに楽しそうなら、これも悪くないか」
自然と口元が緩んでしまう。それに、少しだけ自分に自信がついた気がした。
「ありがとうな、紗良。なんか、新しい自分を見つけた気がするよ」
俺がそう言うと、紗良は一瞬驚いた顔をした後、またニッコリと笑った。
「どういたしまして! これからも一緒に楽しいこと、いっぱい見つけようね!」
彼女のその言葉に、俺も自然と頷いていた。
……にしても次メイクしてもらう時とかは、距離に気をつけないとな。心臓に悪い。




