第25話 『失って、そして』
私──中野麗華は、今日は彼と遊ぶ約束をしていた……はずだった。
でも朝からどこか素っ気ない態度で、メールで『今日は用事あるから無理』と短く告げられた。
彼はいつもそうだ。私が『なんの用事?』と聞いても『お前には関係ないだろ』と返すだけで、それ以上教えてくれない。
一瞬ムッとしたけれど、すぐに自分を納得させた。
彼は大人っぽいし、私が口出ししすぎるのはカッコ悪い。信じて待つべきだ──そう思った。
『じゃあいってくる』
とだけ言って彼はどこかへ行った。
けれど、自分の部屋でじっとしているうちに胸の中がざわざわしてくる。
このところ、彼はずっとこんな調子だ。会う頻度も減り、連絡だって前よりそっけなくなった。
それでもこうやって会えることには会えるし、「彼女は私なんだから」と自分に言い聞かせて、疑問を飲み込んできた。
でも、今日はなんだかおかしい。
いつもなら何をしているのか想像して我慢できたのに、今日はどうしても落ち着かない。
結局、家でじっとしていることができなくなり、私は外に出た。
街中を歩きながら、気分転換のつもりでショッピングでもしようと考えた。
でも、目が曇っているみたいに、どの店に入っても何も目に入らない。ただただ心が落ち着かない。
もやもやする気持ちを抱えたまま、大きな交差点に差し掛かったそのときだった。
見覚えのある後ろ姿──彼だ。
私は思わず足を止め、声をかけようとした。
でも、その隣にいる女性の存在に息が詰まった。
明るい茶髪でスタイルのいいその女性は、彼の腕に絡みつき、二人で楽しそうに笑い合っている。
「嘘……でしょ?」
胸の中がぐちゃぐちゃになる。
私は気づいたら二人の後を追っていた。
冷静に考えれば、こんなことストーカーだし、するなんてバカみたいだけれど、どうしても目を背けることができなかった。
彼と女はカフェに入り、向かい合って座った。
私は店の外から彼らを見つめたまま、体が動かなくなる。彼は笑顔で彼女に話しかけている。
その顔が、私と付き合い始めた頃の彼とまったく同じだったことに気づいて、全身が冷たくなる。
そのまま何分たったのかわからない。
ふらふらとカフェに入り、彼らのテーブルに近づいていくと、二人ともこちらに気づいて動きを止めた。
私は口の震えを無理やり押えて口を開いた。
「……なにしてんの?」
声が震える。彼は最初こそ少し驚いた表情を見せたが、すぐに面倒くさそうな顔になった。
「ああ、麗華か。……ってか、なんでここにいんの?」
「今日は用事があるって言ってたよね。その用事が、これ?」
私は必死で怒りを抑えながら、冷静に問い詰める。
隣の女性は興味なさそうに視線をそらし、彼は一瞬ため息をついてから、冷たく言い放った。
「悪いけど、もうお前には飽きたんだよ。だるくなったっていうか」
その言葉に頭の中が真っ白になった。
「……飽きたって、なに?」
声が震える。目の前にいる彼が、知っているはずの彼じゃないみたいだった。
あんなに優しくて、私のことを「可愛い」と褒めてくれた彼が、こんなにも冷たく突き放してくるなんて信じられなかった。
「飽きたってそのまんまの意味。俺、新しい彼女ができたんだよね。お前より話してて楽しいし、正直見た目も好み」
そんな残酷な言葉を、彼はまるで悪びれる様子もなく、ただ淡々と告げた。
「じゃ、俺たち忙しいから。帰っていいよ?」
彼はそれだけ言うと、隣の女性に向き直り、また笑い始めた。その無関心さに心がズタズタになる。
私は何か言い返したかったけれど、涙が止まらなくて、結局何も言えないままカフェを出た。
家に戻る途中、足元がふらついて何度も立ち止まる。
頭の中で彼の言葉がぐるぐる回り続ける。
「飽きた」なんて、そんな理由で捨てられるほど、私はどうでもいい存在だったの? 本当にそれだけの関係だったの?
心の中にぽっかり穴が開いたみたいに、虚しさだけが広がる。
「どうして……どうしてこんなことになるの……」
誰にも聞こえない声で呟く。
それでも、誰かに助けを求めたくて、真っ先に頭に浮かんだのは──桜庭柊斗だった。
あのときの彼は、私に本当に優しかった。
オタクっぽいのは正直合わなかったけれど、彼の真面目さや気遣いが負担になることはなかった。
私が何か困っていると、いつも笑って助けてくれた。
「あのときの柊斗と、もう一度やり直せたら……」
そんな考えが浮かんでくると同時に、現実が冷たく襲ってくる。
柊斗にはもう新しい彼女がいる。あのギャルみたいな子が。
彼女は、今の柊斗を支えている存在だ。だから、私が割り込む隙間なんてないのかもしれない。
でも……諦めきれない。このままじゃ、私には何も残らない。
「どうすれば……柊斗、私のことを思い出してくれるかな……?」
家に着いた。
私はぼろぼろの気持ちのまま、頭を抱えるようにしてベッドに倒れ込んだ。
冷たい布団の中でただ一つ、心の中に残ったのは柊斗の優しい笑顔だけだった。




