第21話 『もっと大切に』
紗良がオタク趣味に少し詳しくなり始めてから、俺たちの間には新しい共通の話題がどんどん増えていった。
紗良が自分からアニメの話題を出してくれるたび、俺は驚くと同時に心の奥が温かくなるのを感じていた。
彼女が楽しそうにキャラクターの話をしてくれるのは、まるで夢のような時間だった。
ある日の放課後、俺たちはファストフード店に寄り、アニメの話に夢中になっていた。
紗良が一生懸命にキャラクターについて話すのを見ながら、俺は自然と笑顔がこぼれていた。
「ねえ、柊斗、今度は私が好きになったキャラについても聞いてくれる?」
紗良が目を輝かせながらそう言った。
俺はうなずき、彼女の話に耳を傾ける。
少し前までは、俺が一方的に趣味の話をしていただけだったのに、今では紗良も同じ気持ちで話してくれるのが本当に嬉しい。
なんならあちらから、少し興奮気味に話し始める時もある。可愛すぎる。
「それでね、私が好きになっちゃったのはララちゃん!私ララちゃんめちゃすきになっちゃった!普段は優しいおっとり〜って感じなのに、戦うときは全力で仲間を守るところがもう最高で……」
興奮気味に言葉を続ける紗良。
ララちゃんは、主人公ルナの仲間である。普段はみんなの中でも面倒見のいいお母さんポジで、周りを包み込むかのような優しさがあるが、戦闘になると一変。
仲間を傷つけまいと奮闘する姿は多くのオタクの心を鷲掴みにしている。
なんだか見た目がギャルな子がこんな風にオタクっぽい早口になりながら自分の好きなキャラに着いて語る、というのはなんというか……なかなかいいものだなと思った。
彼女の楽しそうな表情を見ていると、俺も胸が高鳴る。
自分の好きなものに共感してくれ、そして一緒に語り合える人がいる──それがどれだけ幸せなことかを改めて感じていた。
******
休日、俺たちはアニメグッズを探しに街に出かけることにした。
紗良が、
「もっと柊斗といろんな場所に行ってみたい」
と言ってくれたからだ。
最初はオタクショップに行くことを少し迷っていたけれど、紗良が楽しそうに「行きたい!」と提案してくれたことで、その不安はすぐに消えた。
「このお店だな、やっぱりここは結構いいグッズが揃ってるんだ」
俺が少し照れながらそう言うと、紗良は目を輝かせながら「ほんとに?楽しみ!」と返してくれる。
「前も来たよね?」
「うん、そうだね」
「前も来たけど正直その時は柊斗の好きな物を好きになりたい!って一心だったから全然分からなかったってのが正直だけど……今はもう柊斗のすきなものをすきになっちゃったので、どれだけ私が楽しめるかが楽しみです!」
てへっとにっこりしながら言う紗良。
……はぁ、本当にこの子は愛おしい。
そんな彼女の表情が嬉しくて、俺は思わず手を取って店内に入った。
「いきなり柊斗どした!?」
「……」
「……!」
「「…………」」
そんなやり取りをしながら店に入ると、壁一面にキャラクターのポスターやフィギュアが並び、紗良もすっかり夢中になっていた。
彼女はあちこちの棚を見ながら、好きなキャラのグッズを探しては「これかわいい!」と嬉しそうに笑っていた。
「ねえ、柊斗このグッズ持ってる?」
彼女が指差したのは、俺が好きなキャラクター、ナナのキーホルダーだった。
「うん、持ってるけど……なんか改めて見ると、いいよな」
そう言うと、紗良はにっこり笑って
「じゃあ、私もこれ買おうかな。おそろいにしよう?」
と提案してくれた。その言葉に胸が高鳴り、自然と顔が赤くなるのを感じた。おそろいのキーホルダーなんて、考えてもみなかったからだ。
「あ、でも紗良はララが好きなんだろ?ララのキーホルダーもそこに……」
そう言いかけると紗良は、
「いいの、私が柊斗と一緒のものが欲しいってだけ……」
ほんのり頬を赤く染めてそんなことを言った。
「それに前言ったけどナナちゃんも好きだから!」
「……ありがとう、紗良」
紗良は照れ笑いしながら「どういたしまして!」と言って、ナナのキーホルダーを手に取った。
その何気ないやりとりが、俺たちの関係をさらに深めてくれるような気がした。
帰り道、俺たちは手をつないで歩きながら、今日見たグッズやこれから一緒に観たいアニメについて話していた。
紗良はふいに俺のほうを見つめ、優しい声で言った。
「柊斗と一緒にいると、本当に楽しい。もっともっと、柊斗のこと知りたいなって思っちゃう」
その言葉に、胸がぎゅっと締めつけられるような感覚がした。
彼女が、自分のことをここまで大切に思ってくれていることに、感動と喜びが混ざり合っていた。
「……ありがとう、紗良。俺も、紗良のこと、もっと知りたいし、大切にしたい」
素直な気持ちが自然と口をついて出た。
紗良は少し照れた様子で笑い、「うん、私も同じだよ」と小さく頷いた。
その一瞬で、彼女との絆がまたひとつ深まったように感じた。
家に帰ったあと、俺はふと鏡を見つめた。
紗良がこんなにも自分のために努力してくれて、俺のことを知ろうとしてくれている。
そのことが嬉しい反面、「自分ももっと、彼女にふさわしい存在になりたい」という気持ちが芽生えていた。
「紗良がこんなに頑張ってくれてるんだから、俺も変わらなきゃな」
もう紗良のおかげで過去の傷は癒えた。
──よし変わろう。
自分磨きを始める決意が、心の中にしっかりと芽生えた瞬間だった。




