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第17話 『好きなものを好きと言える彼』

 ──少し前の記憶。


 教室の窓際で柊斗が、クラスメイトに好きなアニメの話をしているのを見たとき、私の胸にじわりと温かい感情が広がった。


 ──あの子、なんか堂々としてていいよね。自分の好きなこと、隠さず話してて……。


 ふと、そんなことを思った。

 でも、そう感じる一方で胸の奥が少し痛むのは、きっと私が昔からずっと「自分の好きなもの」を堂々と表現する勇気がなかったからだと思う。





 ******



 

 

 時はさらに遡り、中学二年の頃。

 

 私は雑誌で見るようなオシャレなギャルに憧れていた。派手なメイクに、カラフルなネイル、個性的な服装。

 自分を飾ることで目立つ存在になりたかったし、何より「かわいいね」と言われることに強い憧れがあった。


 ある日、思い切っていつもより少し派手な服装をして友達との遊びに行ったことがある。

 初めて買ったパステルカラーのスカートに、雑誌で紹介されていた人気の靴。

 前の晩、鏡を見ながら一生懸命メイクを練習した。失敗したらすぐ落として、やり直してを繰り返した末の力作だった。


 「明日は絶対注目されるはず!」と胸を弾ませて集合場所に向かったものの、友達にあった瞬間、予想もしない反応が返ってきた。


「えっ、紗良、それ何? ギャル……っぽい感じ?今さら?」


「え、ギャルってもう古臭くない? 誰かまだそんな格好してる人いるの?」


 同級生たちのふざけたような、悪意の全くないその言葉に、笑顔が引きつるのを感じた。

 私はその場でとっさに「そうだよね~、ちょっとふざけてみただけ!」と笑い飛ばしたけれど、胸の奥がじくじくと痛んだ。


 それ以来、私は「好きなこと」を表現するのが怖くなった。目立つのが好きだったはずなのに、みんなの目が冷たく感じられるのが嫌で、周囲に合わせることを優先するようになった。


「好きなことを否定されるのって、こんなに苦しいんだ……」


 そう思うと、少しでも周りの意見とズレた行動を取るのが怖くて仕方なくなった。

 オシャレに興味を持つのはやめたわけじゃなかったけれど、周りから浮かない程度に抑えるようになり、「みんなと同じ」を装うことが日常になった。


 でも、本当はずっとモヤモヤしていた。家に帰って雑誌を読んだり、お気に入りのアクセサリーを並べたりしているときだけが、自分に戻れる気がしていた。


 それなのに、学校では本当の自分を隠し続ける。そんな生活が続くうちに、「私って一体何がしたいんだろう」と自分が分からなくなる瞬間が何度もあった。


 高校に入ったら、自分らしく生きよう──そう心の中で決めていた。

 高校デビューという言葉に憧れて、入学式の日、私は再び少し派手めな服を選んで学校へ行った。

 中学時代の苦い思い出を振り払うように、明るい髪色にして、スカートの丈もほんの少し短めにした。


「自分らしくいられる場所を見つけたい」


 そう思って臨んだ高校生活だったけれど、最初はやっぱり不安でいっぱいだった。

 周りの反応がどうなるのか、みんなが自分をどう思うのか──そのことばかりが気になっていた。


 ──そんな中で目にしたのが、柊斗だった。


 彼はクラスの隅っこで、同じ趣味を持つクラスメイトたちと話していることが多かった。

 目立つタイプではないし、どちらかというと静かな人だけれど、好きなアニメやゲームの話題になると、彼の表情は生き生きと輝いて見えた。


「好きなものを堂々と語れるって、すごいな……」


 初めてそう感じたとき、胸が少しチクっとしたのを覚えている。

 それは、彼が羨ましかったからだと思う。

 私は好きなものを堂々と話せなかったし、話したくても過去の経験が頭をよぎって怖くなってしまう。


 ……私も、あんなふうに自分の好きなことを誇りに思いたい。


 柊斗を見ていると、そんな気持ちが湧いてきた。

 彼の話す姿からは、自分の趣味を否定されることへの恐れは微塵も感じられない。

 それどころか、彼は好きなものについて語るとき、どこか自信に満ちた表情を浮かべていた。


 次第に、私は彼に興味を持つようになった。

 「自分らしさを隠さずに生きるって、どうすればできるんだろう」──その答えを、彼が持っているような気がしたのだ。


 高校に入ってからの私は、少しずつ自分らしさを取り戻そうとしていた。

 でも、まだ迷いはあったし、不安もあった。そんな中で、柊斗の存在は私にとって一つの「指針」になっていたのかもしれない。


 彼のように、自分の好きなことを大切にしながら生きる。

 そんなふうになれたら、きっともっと自分に自信を持てるようになるだろう──そう思うと、彼のことがただのクラスメイト以上の存在に感じられてきた。


「自分も頑張ろう。もう、あのときみたいに笑って誤魔化す自分には戻りたくない」


 そう心に決めたとき、私は初めて「好きなものを好きだと言える」自分になりたいと思えた。

 そして、彼が好きなことを応援したいとも思うようになった。それは、彼が自分にとって「なりたい姿」を教えてくれた人だからなのかもしれない。


「だから、柊斗のこと、ほっとけないんだよね」


 紗良は誰にも言えない本音を胸にしまい込みながら、少し自分の先を歩く彼の背中を追い続けていた。

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