第15話 『過去なんてどうでもいい』
最近というものの、元カノの麗華がやたらと俺に話しかけてくるようになった。
彼女とはもう終わったはずなのに、なぜかたびたび「元気にしてた?」と声をかけられたり、帰り道で「少し話さない?」と誘われたりするようになっている。
麗華のことを完全に忘れたわけではないが、今の俺にとって、何よりも大切なのは紗良の存在だ。
彼女は俺の趣味を尊重してくれるし、どんなときでも励ましてくれる。
麗華と付き合っていた時のように、俺のオタク趣味を疎ましく感じることもない。
だから麗華からの接触には、少し戸惑いながらも適当に話を合わせ、さりげなく距離を取っていた。
そんなある日の夜、スマホにメールが届いた。
送信者は別の高校に通っている友人の清水だ。清水とは中学時代の友人で、麗華と同じ高校に通っている。開くと、予想もしなかった内容が書かれていた。
『桜庭、急な話だけど、あんまり気分のいい話じゃないから、一応覚悟してくれよ』
前置きの時点で、胸がざわつくのを感じた。さらに読み進めると、衝撃的な内容が続いていた。
『お前、麗華と付き合ってた頃のことなんだけど……正直言うと、彼女、別の男と会ってたみたいだ。直接会ってたわけじゃないから断言はできないけど、友人伝いで聞いた話だと、その時点で既に今の彼氏と関係があったっぽい』
その言葉に、頭が真っ白になった。
自分が信じていた彼女が、俺と付き合っている最中に他の男と会っていたなんて。
振られたときの理由が「オタク趣味が合わない」という単純なものではなく、他の男への興味のためだったことに気づかされた瞬間、胸の奥が鈍く痛んだ。
メールはさらに続いていた。
『俺も、直接話を聞いたわけじゃないけど、あんまり良い噂じゃなかったからさ。今さらかもしれないけど、一応伝えとこうと思って……変な話をしてごめんな』
清水の気遣いが伝わる内容だったが、俺にとってはこの知らせがまるで地面が崩れ落ちるようなショックをもたらした。
振られたときに感じた辛さと、あの時の疑問がすべて合わさって、心がざわついてどうしようもなかった。
まぁ、清水を責める訳ではなくむしろお礼を言いたいくらいなので『わかった、教えてくれてありがとう』と返事をしておく。
あとは自分の気持ちの切り替えしだいだ、と思ったがなかなかそういう訳にも行かず次の日を迎えた。
******
翌日、朝からずっと心が重く、気がつけば放課後になっていた。
授業も上の空で、麗華への疑念と、信じていたものが崩れていく喪失感で、頭がいっぱいだった。
校舎を出ると、そこには待っていてくれたかのように、紗良が立っていた。
「柊斗、どうしたの?顔が暗いよ……」
いつも明るい彼女の表情が、心配そうに曇っている。
思わず胸がきゅっと締め付けられたが、彼女の優しそうな視線に救われるような気がして、俺は彼女に話すことにした。
昨夜、友人の清水から届いたメールの内容を、紗良はじっと聞いてくれた。
俺が話し終えると、紗良はしばらく黙った後、ふっと優しく微笑んだ。
「柊斗……それって、ある意味良かったんじゃないかな」
「……良かった?」
意外な言葉に少し驚いて彼女を見ると、紗良は真剣な目で俺を見つめていた。
「だって、そんな人は柊斗にふさわしくないよ。柊斗のことをちゃんと見てくれて、好きなことも尊重してくれる人……そういう人と一緒にいるほうが、絶対に幸せだと思う。……ウチとかねっ」
彼女の言葉は、単なる慰めではなく、まっすぐな気持ちから出たものだと感じた。そのまっすぐな瞳を見ていると、ふと心がじんわりと温かくなる。
「それにさ、まぁ今は隣にウチがいるんだよ?」
紗良が冗談っぽく言ってくれたが、その言葉にどれほど救われたか分からなかった。
俺の好きなものを受け入れてくれて、無条件でそばにいてくれる彼女の優しさが、今の俺にとってどれだけ大切なものかを改めて感じた。
「ありがとう、紗良」
その言葉しか出てこなかったが、紗良は明るく微笑んで「どういたしまして!」と返してくれた。その笑顔が、俺の心を癒してくれる。
「紗良が言う通りだよな……もう、過去に未練なんて持つことないよな」
ふと心が軽くなり、俺は自然と笑みがこぼれていた。
俺の言葉に、紗良は力強く頷き、「その通りだよ!」と明るく返してくれる。
その姿に、麗華への未練のような訳の分からない感情が消えていくのがわかった。
目の前の紗良を見つめながら、俺は改めて彼女の手を取った。
「俺、もう紗良と一緒にいることしか考えないよ」
紗良は恥ずかしそうにしながらも、少しだけ頬を赤く染めて「うん、ウチもだよ」と返してくれる。その瞬間、彼女がこれからの俺のすべてを支えてくれる存在であると確信した。
麗華への未練も、過去の傷も、今となってはどうでもいい。




