第13話 『会いたいな』
ここ最近、新しい彼氏の行動が妙に気になり始めていた。
デートの約束が急にキャンセルされたり、連絡がつかない日が増えたりするのが当たり前のようになってしまった。
彼と付き合い始めた頃のように、安心感や楽しさを感じる瞬間が少なくなり、逆に疑念ばかりが膨らんでいく。
「でも疑っちゃダメだよな」
そう自分に言い聞かせる。
しかしその言葉は虚しくも、私の知らないどこかへと消えていった。
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そんなある日、友人とカフェでお茶をしていたとき、話の流れで彼の話題になった。
私の友人も彼のことは知っていて、「最近、彼の様子どう?」と軽い調子で聞かれたので、気にしている素振りを見せないよう「順調だよ」と笑顔で返す。
しかし、次の友人の言葉が、私の中の不安を急速に広げた。
「この間、彼が見かけない女の子と一緒にいたけど……知り合いなの?」
その言葉に、顔が一瞬固まってしまう。
「えっ……」
私が言葉を詰まらせているのに気づいたのか、友人は、
「ごめん、変なこと言っちゃったかな」
と申し訳なさそうに言ったが、私はそれを振り払うように
「い、いや、あの子の事ね!全然大丈夫」
と、微笑んで見せた。
家に帰ってから、頭の中で冷静さを保とうと必死に自分に言い聞かせるが、友人の何気ない一言がどうしても頭から離れない。
友人の前では強がって見せたが、彼氏が私以外の女の子とあっているなんて、聞いた事がない。
ただの友人の見間違えであること、勘違いであることを祈ろう。
もしかしたら道を聞かれてそれに応えてた所を偶然友人が見てしまっただけかもしれない。
彼は私の彼氏なのに、私以外の誰かと一緒にいるなんて──その可能性が浮かぶたびに、自分に色々なことを安心させるためにいいきかせるが、心がザワザワと落ち着かなくなる。
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それから数日後、彼の行動に対する疑念はますます深まっていった。
待ち合わせに遅れても、軽く謝るだけで理由を詳しく話すことはなく、連絡も返ってくる時間がどんどん遅くなっていく。
どこか上の空で、私が聞いても曖昧に笑ってごまかすばかり。
私にとっては些細な行動一つひとつが、心をえぐるように疑念と不安を煽り続けた。
「……柊斗は、こんなことなかったのに」
ふとした瞬間に、心の中に浮かんできたのは、別れたはずの桜庭柊斗の姿だった。思えば、彼は約束した時間には必ず来て、遅れるときは理由を伝え、連絡を欠かさずにくれていた。
彼と過ごした日々は平凡で、刺激的ではなかったけれど、少なくともこんな不安を抱えずに済んでいた。
別れた当初は、彼のオタク趣味に対して苛立ちや物足りなさを感じ、彼に合わせるのが疲れてしまっていた。
けれど、今になって考えると、彼の真面目で誠実な性格は、どれだけ貴重だったかと思い知る。
「……柊斗は、いつも優しかったな」
別れてから、もう少し自分の求める楽しさや刺激に近い人が見つかると思っていたが、今の彼にはどこか不安と疑念しか残っていない。
柊斗と別れたことが、もしかしたら失敗だったのかもしれない。そう思うたびに、胸の奥がズキリと痛む。
次第に、柊斗に会いたいという思いが少しずつ芽生えていく。
彼と別れてからしばらくは、自分が別れを選んでよかったと信じて疑わなかったはずなのに、今の彼との関係が不安定になるほどに、柊斗の存在が大きくなっていくのを感じる。
どれだけ素朴で、だけれど誠実で、私のためにいろいろと気を使ってくれていたことか。
「会いたいな……」
気づけば、そんな言葉が口をついて出ていた。
彼と過ごしたあの日々が、自分の中であまりにも心地良かったのだと、今さらながらに思い知る。
だが同時に、私が一方的に別れを切り出して、彼に辛い思いをさせてしまった過去もある。
それでも、会えたら何か変わるのかもしれない。
そう思ったその瞬間、心の中にある疑念が、再び彼の元へと足を向けさせたがっているのを感じた。
しかし、ふとした瞬間に思い出したのは、柊斗の隣にいたあのギャル風の女の子の存在だった。
偶然街で彼と再会したとき、隣で笑っていた彼女は、柊斗と親しげに寄り添っていた。
楽しそうに歩いている二人の姿が、私の中に刻みつけられている。
あれからも、彼が彼女と付き合っているらしい噂を耳にしたことがあり、そのたびに心がざわめいていた。
「あの子がいるなら、もう無理なのかな……」
そう思うと、ますます複雑な気持ちが湧き上がる。
自分から別れを切り出して、他の人を選んだはずなのに、今になって柊斗への未練が募ることに、自分でも戸惑いと後悔が押し寄せてくる。




