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第10話 『ばったり遭遇』

 休日、紗良と一緒にショッピングモールでのんびりデートを楽しんでいた。


 彼女と並んで歩きながらあれこれ話しているだけで、気持ちが自然と弾む。

 今日のデートもきっと、思い出深い一日になるだろうと考えていたそのとき、ふいに目の前に見覚えのある顔が現れた。


「あ……」


 思わず声が出てしまった。彼女も俺に気づき、足を止めてこちらをじっと見つめている。


 元カノの麗華──彼女の隣には、今の新しい彼氏らしい男性がいる。


 麗華の驚いた表情からすると、彼女も偶然俺たちに出くわしたようだった。

 麗華も「……あ」と小さく声を漏らし、俺と目が合うと少し戸惑ったように目をそらした。


 もう麗華には彼氏がいるのか、そんなことを俺は思いながらも、それが彼氏だとしてもそうではなかったとしてももう今の俺には関係ない。

 紗良が俺の隣にはいてくれている。


 かつて俺たちは一緒に出かけることも多かったが、オタク趣味を理解してもらえないもどかしさや、お互いにどこか遠慮するような関係が続いていた。


 最終的に「やっぱりオタクは無理」と言われて振られたときの気持ちは、今でも少しだけ胸に引っかかっている。だが、その時とは違って、俺の隣には紗良がいる。


 隣で手を繋いでいた紗良が、俺の視線の先に麗華の姿を見つけたらしく、俺の耳に手を当てて「あの人が、桜庭くんの元カノ?」とささやいた。


 俺が頷くと、紗良はふーんと興味なさそうに頷き、「じゃ、行こっか!」とにっこり微笑んで俺の手を少しだけ強く握り直して引っ張ってくれる。


 彼女のその無邪気な笑顔に、気持ちがぐっと軽くなった気がした。

 あんなふうに、さりげなく俺を支えてくれる紗良の存在が、どれだけ自分にとって大切なものになっているか、改めて感じる。


 それでも少し気になって視線を戻すと、麗華がこちらを複雑な表情で見つめているのがわかる。


 彼女は今の彼氏と手を繋いでいるにも関わらず、どこか落ち着かない様子で俺と紗良をチラチラと見ている。

 その視線には、懐かしさや戸惑い、そしてわずかながらの後悔のようなものが滲んでいるようにも見えた。


 麗華と付き合っていたとき、俺は趣味の話をすると冷めた反応を返されたり、彼女に合わせて自分を抑え込むことが多かった。

 それが自然だとどこかで思っていたが、今こうして紗良といると、その時の自分はずいぶん窮屈な思いをしていたことに気づく。


 俺の好きなことを心から受け入れて、楽しんでくれる紗良と一緒にいると、ありのままの自分を好きでいられる気がしてならない。

 自分が堂々と趣味を語れるようになったのも、何も気にせず自然体でいられるのも、彼女のおかげだと思うと、胸の中に感謝と温かさが湧いてきた。


 麗華はまだこちらを見ているようだが、もう自分の中に未練がないことに気づいた。

 目の前の紗良と一緒にいる時間が、どれだけ自分にとって幸せなものか、今なら心からそう感じる。


「次、どこ行く?さっき見つけたカフェ、行ってみようか?」


 俺がそう言うと、紗良は顔を輝かせて「うん、行こ!」と返してくれる。

 そのまま俺たちはカフェに向かって歩き出した。

 過去を二人で振り切るかのように。


 紗良の手の温かさを感じながら歩いていると、ふと、麗華と付き合っていた頃はこんなに自然に笑顔になれることは少なかったことを思い出す。

 彼女に合わせて背伸びをして、時には自分を抑え込んでいた。そのせいで、俺の笑顔はどこかぎこちなかったのかもしれない。


 一方で、紗良の隣にいると、何も考えず自然体の自分でいられる。


 彼女はどんな話でも興味を持って聞いてくれて、一緒に楽しんでくれる。そのことが、どれだけありがたくて、どれだけ心地良いものなのか、今は痛いほどわかる。


 カフェに入る前に一度ガラスに映った自分たちの姿が目に入った。

 俺たちは笑顔で、お互いのことを気にせずただ一緒にいるだけで楽しいと感じている。

 かつての恋人関係よりもずっと自然で、穏やかな時間がそこにはあった。


 俺たちがカフェに入るところを、麗華がまたも見つめていることに気づいた。

 彼女はまだ俺たちの方をチラチラ見ているが、俺の気のせいかもしれないが、その表情はどこか焦りと未練が混じっているようにも見える。


 しかし、俺の心はもう一度も彼女を振り返ることなく、紗良との時間に集中する決意を固めていた。

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