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第9話 『あなたの好きな物は私も好き』

 

 ある日の昼休み。

 隣の席で水島が、いつもの明るい笑顔で話しかけてきた。


「ねえねえ、桜庭くん、この前話してたアニメって、次いつ放送だっけ?」


 無邪気に興味を示してくれる水島の顔を見た瞬間、胸がじんと温かくなった。

 彼女は俺のオタク趣味を全力で受け入れてくれるだけでなく、時折こうやって自分から話題を振ってくれる。

 そんなふうに、自然と俺の好きなことを気にかけてくれるのが嬉しくてたまらない。


「来週の金曜だよ。ちょうど新しいストーリーが始まるから、けっこう楽しみなんだ」


 俺が説明すると、水島は「そっかそっか!」と嬉しそうに頷きながら、


「じゃあ、一緒に観る予定立てちゃう?」


 と、軽い調子で提案してくる。


 その無邪気な笑顔を見ていると、心がほんのり温まるような感覚に包まれた。


「ほんと、なんでそんなに俺の趣味に興味持ってくれるんだ?」


 思わず口をついて出た疑問に、水島は、


「だって桜庭くんが好きなものなんでしょ?」


 と、何でもないように、当たり前かのように返してくれる。


 その一言が、まっすぐ俺の心に響く。


 自分の好きなものをこんなふうに尊重し、一緒に楽しんでくれる彼女なんて、他にいるだろうか。

 元カノの麗華のことも頭をよぎるが、水島はあの頃とは比べものにならないくらい俺を温かく包み込んでくれている。


 ふと俺は彼女との始まりを思い返していた。

 思えば、俺たちが付き合い始めたのは失恋で落ち込んでいたときで、最初は水島に慰められるような流れだった。

 心の傷を癒すために、彼女の提案に流されるまま付き合い始めたのが正直なところだった。


 でも今では、あの日の「場の流れ」がまるで嘘のようだ。彼女との何気ない会話や、無邪気に笑う姿を見るだけで心が癒されていくのがわかる。彼女の笑顔が、俺の心に明るさを与えてくれる。


「桜庭くんが好きなもの、一緒に楽しむのって、やっぱり楽しいよ!」


 水島は屈託なくその言葉を言ってくれて、その無邪気な笑顔を見ていると、俺も自然に笑顔がこぼれてしまう。

 今や水島の存在が、俺にとってどれほど大きなものになっているかを改めて実感する。


 その日、放課後にふたりで歩きながら、立ち止まった。


「…………?」


 いきなり立ち止まった俺に水島は少し疑問を顔にうかべながらこちらを覗いてきた。

 そして、俺はそんな彼女の目を見てしっかり向き合って、彼女に話しかけた。

 俺はゆっくり口を開く。


「水島…………いや、紗良」


 名前を呼ぶと、彼女が嬉しそうに俺の方を見上げた。

 そしてパァー、と顔を輝かせた。


「ん、どうしたの?……桜庭くんやっと名前で読んでくれたね、嬉しい……」


 そう言ってにっこりと微笑む紗良。


「その……俺がこんなふうに自然に笑えるのは、紗良のおかげだよ」


 少し照れくさくなって、視線を逸らしながら俺はそう言ったが、紗良は驚いたような顔をして「ほんとに?」と、嬉しそうに聞き返してくれた。


「うん、ほんとに。……ありがとう」


 改めて言葉にしてみると、心から感謝の気持ちがこみ上げてくる。紗良と過ごす時間は、かけがえのないものになっていた。


 彼女はふっと微笑み、「うん、じゃあもっと笑わせるよ!」と元気に言ってくれる。その言葉に、俺の心はますます温かくなった。


 そしてそれから少し歩いていると不意に紗良が口を開いた。


「桜庭くんって、もっと自信持っていいと思うよ!」


 彼女の言葉に、思わず足を止めた。

 唐突だったが、どこかはっきりとしたその言葉に驚きつつ、彼女の顔を見つめる。


「俺が……自信?」


「うん、桜庭くんってさ、自分が思ってる以上にいいところいっぱいあるよ!特に好きなことに詳しいし、話してると本当に楽しそうだから、聞いてるウチもワクワクするし!」


 水島はにっこりと微笑み、俺の好きなことをあっけらかんと褒めてくれる。

 その笑顔に心が温かくなり、自然と笑顔がこぼれた。

 紗良みたいな真っ直ぐな心を持ってるからこそ、こういう褒め言葉を純粋にこっちは受け取れる。


 改めて、彼女の言葉で俺は思い出した。


 少し前の俺は、他人の目が気になり、オタク趣味の話をすることすらためらっていた。

 元カノに趣味を理由に振られたときも、「オタクだから」と気にする自分がいて、どこかで趣味を隠したり、押さえつけてしまうことがあったのだ。


 でも今はどうだろう。

 紗良がそばにいてくれるだけで、好きなことについて堂々と話せている自分がいる。

 自分の趣味を隠さずに、好きなことを自信を持って語れるようになってきているのは、紛れもなく彼女のおかげだと実感する。


「……なんか、今の俺がこうしていられるのは、紗良のおかげだよ」


「えー? ウチはただ、桜庭くんが楽しく話してくれるのが好きなだけだよ!だから、もっと堂々と話してくれたら、ウチも桜庭くんのこともっと知れるし嬉しいな!」


 彼女は少し照れたように笑いながら言ってくれる。

 そんな姿を見ていると、俺はもっと自分を高めていきたいと思うようになっていた。


 今の自分は変わりつつある。彼女のおかげで、前向きに自分を見つめられるようになってきているのだ。


「ありがとう、紗良」


 俺が静かにそう言うと、彼女は「どういたしまして!」と明るく返してくれる。その言葉に胸がじんと温かくなり、これからも自信を持って好きなことを追求していこうと心に決めた。

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