黒猫ツバキ、動き回るエメラルドを見てビックリする
登場キャラ紹介
・コンデッサ……ボロノナーレ王国に住む、有能な魔女。20代。赤い髪で緑の瞳の美人さん。
・ツバキ……コンデッサの使い魔。言葉を話せる、メスの黒猫。まだ成猫ではない。ツッコミが鋭い。
・チリーナ……伯爵令嬢にして魔女高等学校2年生。コンデッサの元教え子。青い髪をツインテールにしている。コンデッサのことを「お姉様」、ツバキのことを「駄猫」と呼ぶ。コンデッサを過剰に慕っている。王都に在住。
※ボロノナーレ王国の通貨単位は「ポコポ」で、その価値は「1ポコポ=現代日本の1円」になります。
ここは、ボロノナーレ王国の端っこにある村。……の隅っこにある、魔女コンデッサのお家。
夏の前の、シトシトと雨が降る季節。
コンデッサのところに、高校生魔女のチリーナが訪ねてきた。
「コンデッサお姉様、こんにちは! 本日、私はお姉様へプレゼントを持ってまいりました」
「チリーニャさん、雨の日でも元気なのニャ」
まずツバキがチリーナを出迎え、続いてコンデッサも姿を見せる。
「良く来たな、チリーナ。それで、私へのプレゼントというのは……」
「これです! お姉様!」
チリーナは、テーブルの上に小さな箱を置く。開くと、中にエメラルドのブローチが入っていた。
「キレイにゃ宝石にゃん。緑色に輝いているニャ」
「緑の瞳のお姉様にピッタリだと思って、王都の宝石店で購入してきました」
「……いや。チリーナ。お前の気持ちは嬉しいが、このプレゼントは受け取れないよ」
「ど、どうしてですか? お姉様」
「このエメラルドは、相当な価格の宝石だよな? お前の貯金では買えないはずだ。そうなると、お前は父親である伯爵様にお金を出してもらったことになる。さすがに、それは……。チリーナ、分かってくれ。お前との付き合いを今後も続けていくためにも、一定の節度はキチンと保っておきたいんだよ」
「お姉様のお言葉に、私は今、とても感動しています! けれど、ご心配には及びません、お姉様。このエメラルドのお値段は、1000ポコポでしたので」
「え!?」
「ニャ!?」
コンデッサとツバキは、驚いた。
「いやいやいや! そんな事はないだろう!? 私は宝石の値段について、それほど詳しいわけではないが、このエメラルドの価値が1000ポコポなんてこと、絶対に無いのだけは分かる。最低でも、数万ポコポはするはずだ!」
「ハイ。お姉様の仰るとおりです。実は最初、このブローチは10万ポコポで売られていました」
「それが、どうして1000ポコポになるんだ?」
チリーナの説明によると、彼女が訪ねた宝石店で、店主の男性と以下のようなやり取りが行われたらしい。
♢
「いらっしゃい、お客様。おや? 魔女高校の生徒さんだね」
「そうです。私の最愛のお姉様に、何かプレゼントをしたいと思うのです。せっかくなので、宝石にしようと考えました」
「そいつは、ありがたい。けれど当店で扱っているのは、高級な宝石ばかりだよ。失礼だが、お嬢さんのお財布事情は大丈夫なのかい?」
「ええ。私は伯爵家の娘ですから」
「これはこれは! 伯爵様のお嬢様だったのかい。それなら安心だね。ゆっくりと見ていっておくれ」
店内を見て回るチリーナ。
陳列されている、ある宝石に目を留めた。
「こ、この宝石は! なんて美しいエメラルドでしょう。お姉様の緑の瞳の輝きを連想してしまいます」
「お嬢様は、お目が高いね。そのエメラルドのブローチは、お買い得だよ。なんと、価格は10万ポコポだ!」
「10万ポコポ……」
「こんなに見事なエメラルドを10万ポコポで手に入れられる機会は、めったに無いよ。当店としても、お客様に喜んでもらいたいと頑張ってつけた値段だ」
「でも……」
「迷う必要はないよ!」
「けれど……」
「ああ。だったら、こうしよう! 10万ポコポから、値引きしてあげる。9割引きの1万ポコポだ! これなら、どうだい?」
「ええ!? 1万ポコポ!」
「そうだよ。出血大サービスだ」
「しかし残念ですが、手持ちのお金はそれ程では無く……」
「1万ポコポでも、支払えない……。伯爵家のお嬢様。いったいアンタの財布には今、いくらの現金が入っているのかね?」
「1000ポコポですわ」
「1000ポコポ……伯爵令嬢なのに、所持金が1000ポコポ……しかも、それで宝石店へ入ってくるとは……なんという胆力。これぞ、貴族の血を受け継ぐ者に特有の〝臆しなさ〟ってヤツなのかねぇ」
「そんなに褒められると、恥ずかしいですわ」
「褒めてはいないんだが」
「申し訳ありません。今日のところは買い物をせずに、帰りますわね」
「ち、ちょっと、待ちなさい。こうなったら……このエメラルド。9割9分引きで、1000ポコポで売ってあげる」
「な!」
「さぁ、さぁ、さぁ。商売人としては出血しすぎで昇天しそうだけど、お嬢様にだけは特別価格でご奉仕してやるよ!」
「…………」
「早く買っておくれ。即座に買っておくれ。躊躇せずに買っておくれ」
「店主さん。妙に必死ですわね」
「ギク」
「まるで、私に押し付けようとしているみたいな」
「ギクギク」
「厄介払いをしたがっているように見えます」
「ギクギクギク」
「このエメラルドのブローチ。もしかして〝曰く付き〟の品なんじゃ……」
「そ、そんなことは無い! 当店の宝石は、どれも安定・安心・安全の保証付きだ!」
「〝安全が保証されている宝石〟って、意味不明ですわ。余計に、あやしいです」
「お嬢様は、最愛のお姉様にプレゼントをしたかったんじゃないのかい? 緑の瞳のお姉様に! このエメラルドは素晴らしい贈り物になるよ!」
「それは、確かに」
「あと5分。値引きタイムは、あと5分で終了だ! 5分過ぎたら、価格は元の10万ポコポに戻る」
「5分……」
「悩んでいる暇は無いよ。あと4分! 3分! 2分! 1000ポコポは今だけ! 今だけの、夢の価格! 夢から覚めて、後悔しても遅いよ! あと1分!」
「わ、分かりました! 買います!」
「お買い上げに、大感謝~!」
♢
「こうして私は無事に、このエメラルドのブローチを購入することが出来たのです」
チリーナの話を聞いて、コンデッサとツバキは腰が引けたような……更に、どことなく警戒する様子になった。
「いや、チリーナ。そこは、自信満々に語るところじゃ無いと思う。経緯を聞く限り、この宝石は変すぎる。10万ポコポの品が1000ポコポになるなど、不可解きわまりない」
「宝石屋さん。出血サービスしすぎで、血まみれニャン。必死どころか、瀕死状態にゃ」
「ああ。そこまでして売りたがっていたとは……このエメラルドは、いったい何なんだ?」
コンデッサが顔を近づけて、よく確かめようとすると――
エメラルドが箱の中からピョンと跳びだし、テーブルの上を動き回りはじめた。見ると、宝石の下のほうからニョキッと6本の細い足が生えている。
「うわ~!」
「気持ち悪いニャ~!」
コンデッサとツバキに続き、チリーナも悲鳴を上げた。
「キャ~! 予算から足が出ない(赤字にならない)ようにして買った宝石から、予想外の足が出ましたわ~!」
「チリーナ! 上手いことを言っている場合か!」
カサコソ動くエメラルドを捕まえたコンデッサは、そいつに、無生物などとの会話を可能にする魔法――《お喋り魔法》をかけた。そして、詰問する。
「おい! 奇怪な宝石め。お前は、何モノだ?」
――と。
『それがしは、もともと、カナブンであった』
エメラルドが答えた。渋い声で。
「カナブン……あの緑色の虫か」
『カナブンの色は、別に緑限定では無いのだが……まぁ、それがしの体色は緑であったがな』
「で、カナブンのお前が、どうしてエメラルドになっているんだ?」
「同じ緑色なのニャ」
「だからといって、ツバキ。虫が宝石になることなど、本来あり得ないぞ」
「ニャン」
『うむ。実は、それがしはカナブンであった頃、非常に悔しい思いをしていたのだ』
「悔しい?」
コンデッサは、首をかしげた。
エメラルドが激しく主張する。
『カブトムシやクワガタのような、人気虫になりたかった! 虫とりに来た子供達は、カブトムシやクワガタを見ると大喜びするのに、それがしや仲間のカナブンを目にすると「カナブンか……」と、あからさまにガッカリするのだ』
「まぁ、虫かごにカナブンを入れている子供は、見たことが無いな」
『あと、夜中に飛んでいると頻繁に衝突するので、頑丈な体も欲しかった……』
「そういえば、箒に乗って夜間飛行していたら、しょっちゅうカナブンがぶつかってくる」
「空を飛んでいるにもかかわらず、お姉様が面倒くさがって《虫よけ魔法》をしないのが、いけないんですわ」
「これからは、気を付けるよ」
チリーナが注意すると、コンデッサは素直に頷いた。
『それがしは、もっと輝く存在になりたかった! 加えて、同じ緑の甲虫で、似た見た目をしているコガネムシと間違えられるのにも、我慢がならなかった!』
「どうしてニャン?」
ツバキが質問した。
当然ツバキも、カナブンとコガネムシの違いが分からない。
『カナブンは樹液や腐葉土を好み、土壌を改善する益虫なのだ。対してコガネムシは、植物の葉や根を食べる害虫なのである。〝益虫〟も〝害虫〟も、人間側の概念であり、虫のそれがし等には関係ないとも言える。が、それでも、丹念に草花を育てている人間に「あ! コガネムシだ。葉っぱや根っこを食べられちゃう」とイヤな顔をされるのは辛いのだ……』
「カナブンさん、可哀そうニャン」
『そんなこんなで、5年ほど前の雨の日。それがしは水に濡れて弱ってしまい、フラフラと飛んでいた。そしたら、箒に乗って飛行中の魔女にぶつかったのだ』
「ほぅ、魔女に」
『その時、どのように話が進んだかは忘れたが、それがしは日頃、不満に思っていたことを魔女にクドクドと訴えた。「それがしは、もっと輝きたい! 人気を集めたい! 褒められたい! 頑丈になりたい! 水に濡れても平気になりたい! 無害であることを証明したい!」――とな』
「要求が多いな」
「虫のいい願いニャン」
『〝虫のいい〟のも、当たり前。それがしは、虫であったからな。魔女は親身になって聞いてくれて「良し。私が、お前の願いを叶えてやろう」と述べるや、それがしに魔法をかけた。すると、それがしは輝く緑の宝石――エメラルドになっていたのだ』
「虫を宝石に変えるとは……なかなか凄腕の魔女だな」
「まるで、お姉様みたいです」
「でもにゃん、カナブンさんはエメラルドになって……〝輝く・人気・称賛・頑丈・水に濡れても平気〟な要素を備えたのは分かるけど、『無害であることの証明』は、どうなっているのかニャ?」
『ああ。それは、それがしはエメラルドになったわけだろう?』
「ニャン」
『つまり「虫が宝石になった」→「虫が石になった」→「ムシがイシになった」→「〝ム〟が〝イ〟になった」→「〝ムガイ〟になった」→「無害になった」のだよ』
得々と語る、無害なエメラルド。
無言になる、コンデッサとチリーナとツバキ。
『なぜ、そなた等は、それがしをそのような眼で見る。一応ながら説明しておくが、この理屈は、それがしに魔法をかけた魔女が言い出したことだぞ』
「腕が良いわりには、頭の中がアンポンタンな魔女だな」
「ペテン師っぽいですわ」
「そうかニャ? アタシは、楽しい魔女さんだと思うニャン」
『その後、それがしはエメラルドとしての人生……では無くて虫生……では無くて石生に満足していた。しかし5年も経つと《一寸の虫にも五分の魂》で、虫としての生き方に、郷愁の念を抱くようになった。そしたら自然と、足が生えたのだ。それでゴソゴソ動いていたら、それがしを所有していた宝石店の店主が気味悪がって――』
「店主は早く手放したいと思い、たまたま来店したチリーナに1000ポコポで売りつけたわけだ」
「酷いです! 私、騙されてしまいましたわ!」
「いや。どんな理由があろうと、10万ポコポのエメラルドを1000ポコポで買えたんだから、とても得をしている。騙されたもなにも、無いもんだ」
「それで、エメカナさんは、これからどうしたいのニャン?」
ツバキが、勝手に命名している。
《エメカナ》は、どう解釈しても《エメラルド・カナブン》の略である。単純である。
『エメカナ……。と、とりあえず、元のカナブンに戻りたいと思っている』
緑のエメカナが言うと、コンデッサは考え込んだ。
「う~ん。けれど、そのためには、宝石になるようにお前に魔法をかけた魔女を探し出さなくちゃならないぞ」
「貴方をエメラルドに変えた魔女は、どのような方でした?」
チリーナが、エメカナに訊く。
『うむ。魔女高等学校の制服を着ていたな』
「5年前に高校生だったということは、今は20代前半か」
『カナブンのような緑色の瞳をしていた』
「緑の瞳……お姉様と同じですわね」
『髪の毛は長くて、鮮やかな赤色だったな』
「赤い髪……ご主人様と同じニャン」
『思い出したぞ! 自ら、偉そうに名乗っていたな。「私は天才魔女のコンデッサだ。なにか困ったことがあったら、いつでも訪ねてくるがいい。すぐに解決してやるぞ」――と』
「…………」とコンデッサ。
「…………」とチリーナ。
「……ニャン」とツバキ。
「いや~。そんな事もあったかな? なにぶん、あの頃は私もヤンチャで……」
慌てて言い訳をするコンデッサを、ツバキとチリーナはジト眼で眺めた。
♢
コンデッサは、魔法を解いた。
エメカナは、たちどころに虫のカナブンになった。特に問題は無く、健康で活発で――
しかしながら。
元に戻ったあとも、カナブンの体は美しく緑色に輝いていた。まるで、エメラルドのように。
コンデッサによる、アフターサービスである。
~おしまい~
・
・
・
♢その後の話①
「せっかくのお姉様へのプレゼントでしたのに、こんな事になってしまいましたわ」
「チリーナのおかげで、カナブンは元の体に戻れたんだ。私も、過去のヤンチャを反省する機会を得られたよ。ありがとう」
「お姉様……」
「カナブンさんも、ここに来られて良かったのニャ」
「あ、そうだ! 駄猫へのプレゼントも、ありますわよ。私は優しいので」
「……これ、ネズミの形をした玩具ニャン」
「雨が降ってきたら『チュー、チュー、雨漏りにチューイ!』と注意喚起をしつつ、動き回るのです。捕まえたら、止まります」
「わが家に雨漏りは無いが……雨天の日は、家の中に居ても、これを使って遊べるぞ。良かったな、ツバキ」
「微妙な玩具な気もするけど、嬉しいニャ。ありがとニャン、チリーニャさん」
♢その後の話②
エメラルドをカナブンに戻してからの、数日後。
雨が止んで、日が照ってきた時刻。
ツバキを肩に乗せて、箒で飛行中のコンデッサは、カナブンにぶつかった。
「痛!」
「あ、エメラルドだったカナブンさんニャン」
『おお。魔女コンデッサ殿と黒猫ツバキ殿か。カナブンに戻してもらってから、気分は爽快! 前を見ずに夢中で飛んでいて、衝突してしまった。申し訳ない』
「別に謝る必要は無いが……ところでカナブンよ。ひとつ、訊いても良いか?」
『なんだ?』
「そもそも、お前は最初に出会った5年前も、今も、自在に喋っている。《お喋り魔法》とは関係なく。どうして、言葉が話せるんだ? 虫なのに」
『それは……それがしは、読書好きなのだ。そのためであろう』
「は? 読書好き?」
『だが、残念ながら、それがしは漢字が読めないのだ。平仮名や片仮名の文章しか読めないのだ』
「カナブンさん。仮名の文しか読めないんニャ……」
『うむ。それがしは〝カナブン(仮名文)〟なので!』
「カナブンさん、上手いこと言うニャン。座布団10枚にゃ!」
「黒猫とカナブンに漫才されても、どう反応したら良いのか、分からんぞ」
そう呟いて、コンデッサは緑の瞳を雨上がりの空へ向けた。
梅雨の晴れ間に、太陽が輝いていた。
ツバキ「ご主人様の瞳は10万ポコポの輝きなのニャ」
♢
本作は「雨」「エメラルド」「あと5分」という3つのお題をもらって、書きました。
ご覧いただき、ありがとうございました!