閑話 四神足の系譜4
「日の本に過ぎたるものが二つある
駿河の富士に、原の白隠」
と、時の将軍様に歌われた、
禅宗(臨済宗)の白隠禅師
何を食べても美味しくないという
大名に相談されて白隠は
「それでは拙僧が治してあげましょう」
といって、早朝に呼び出して
「ひとつだけ守って頂きたいことがあります。
薬ができるまで部屋から出ないようにして下さい」
といって数時間放置します。
いくら待っても部屋に来ない
大名は、腹は減るし、長時間待たされたことに
さすがに腹をたて、やっと薬を持ってきた
白隠に対して
「もしも、もしも不調が戻らなかったら
何んと致すか」
と怒りながら問います
すると白隠は、
「そのときは、袈裟をお剥ぎ取り下さい
(僧籍剥奪)」と答えます。
持って来た薬がなんと、麦飯の湯漬けに沢庵漬け
怒っていた大名ですが、あまりの空腹に
湯漬けをかきこんで、コリコリ沢庵を噛んで
美味しいこと、美味しいこと
こんな粗食がこんなに美味しく食べれたことに
「余の不調も治ったようじゃ」
と大名が満足するのですが
そこから白隠が飽食について語り、
こんなことではいざという時に役に立てなくなる
と大名を叱ります。
という感じで、天衣無縫、自在に民衆の
悩みを聞いて、救済した白隠禅師ですが
若いころ修行のしすぎで廃人寸前にまで
追い込まれます。
「夜は眠れず、何事にも臆病、恐怖心がわき、
神経過敏、ノイローゼ、頭痛、胸痛、
手足は凍え、耳鳴りが止まらず、両眼から涙が
流れつづけ、両脇はつねに汗ばみ」
という状態になってしまいました。
どんな医者にかかっても治らず、
最後の手段で京の山奥に住む
白幽という仙人に助けを求めす。
白幽ははじめは断るのですが、
その熱心な願いに二つの法を授けて
白隠を救います。
ひとつは内観の法、
もうひとつは軟酥の法です。
『夜船閑話』に詳しく書かれていますが
「阿含に酥を用いる法があり」とあって
ここにもアーガマの法が出てくるので
面白いな〜と思ったことがあります。
チベット密教の前段階の修行で、
心身が疲労した際はこの軟酥の法を
実践します。
内観の法は、丹田に意識を向ける法です。
これは道教の法です。
禅宗なのに道教の法を実践して白隠は
助かったわけです。
それで軟酥の法なんですが、形が変わって
フランスの瞑想法として流行っています。
日本の女子高生が、勉強に部活に文化祭にと
フル稼働で頑張っていたのですが
突然、体調不良になってなんにもできなくなって
しまいます
病院に行っても治らず、原因不明で
周りにも理解してもらえなくて、
部活にでないなど逆に非難されます。
社会人になっても体調不良が続いて、
困っていたときに、友人からフランス式瞑想法を
紹介されるのですが
「頭にバターを乗せて、それが少しづつ溶けて
頭の中に染み込んで、身体の中を降っていき、
最後は足先から出ていって、
どんどん浴槽に溜まって、身体を浸す」
という感じで瞑想するのですが
それを一回やっただけで、翌日、お通じがあって
やらないと便秘になり、
やるとお通じがあるというのを何回か経験して
効果があると分かり本格的に取り組むのですが
それがなんとフランス式瞑想ではなくて
もともと日本の白隠というお坊さんが
実践していた軟酥の法だったということでした。
「ZEN呼吸」という本で椎名さんが
臨済宗の管長と対談している中で紹介されて
います。
結局、自律神経失調症だったそうで
当時は原因が分からなかったそうです。
それで私も今年の7月に同じ症状になったんですよね
一緒に作業していた人がやめて、引き継ぎで
入った人の面倒みてたんですが、2ヶ月で
辞めてしまって、結局二人分の仕事をする
はめになり、運わるくこういう時に限って
不具合や仕様変更が作業が増え、
さらに強引な作業をやらされた時に
もう、頭が何にも考えられないといいますか
込み入ったことを考えたら、頭痛がして
考えられなくなりました。
ITの仕事なんで、込み入ったことを考える仕事な
んで、それが出来なかったら辞めるしか
ありません
しかし、契約を8月末までしているので
辞めさせてもらえず、1ヶ月半、体調わるいのに
仕事を継続しました。
夏休みや連休が多かったのでなんとか
乗り切ったのですが、その時に先の本に
出会って、
軟酥の法では治らなかったのですが、
とりあえずひたすら歩いたり、
下半身、足や丹田に意識を向けて
頭の過労状態を緩和することに専念しました。
椎名さんいわく、仙骨と肋骨が立っていれば
自然に腹式呼吸ができるので、それ以外は
なんにもしなくて良いと言っています。
私は少し前にかがみ気味の姿勢だったので
肋骨立てるとか、はじめてやったんですが
それで苦しい作業をなんとかこなせました。
内観の法で丹田に意識を集中するのですが
これには山ほどの説があって
禅宗の修行でも具体的に教えてくれずに
自分で掴むしかないそうですが
そのひとつのアプローチとして
仙骨と肋骨を立てるというやり方に
臨済宗の管長は対談の中で感心されて
ました。
(ただ、椎名さんいわく人により、
仙骨、肋骨立ても丹田が分からない人も
いるので、まだ工夫は必要そうです。
私も、独自に試行錯誤しています)
という感じで、臨済宗ではかなり道教の
修行をしていて、それが阿含の軟酥の
法にもつながっていて、
釈尊の教えは大乗仏教の登場で断絶したのですが
阿含(行息、軟酥)→道教(行気、内観)→禅宗
阿含(行息、軟酥、四神足)→チベット密教
阿含(止観)→天台宗摩訶止観
阿含(空)→アビダルマ論→般若心経(空)
と、ひょっこり阿含の法のある部分が
伝わっているんですよね
道教でいう泥丸という頭部にある
経絡のツボは、涅槃の音読み
だそうです(アンリ・マスベロ)
般若心経もですが、このお経が登場した
背景に、例の上座部、保守派の人達が
関わってきます。
彼等は長年釈尊の教えを研究して論文を発表して
いたのですが
その結果がアビダルマ論といいますが
長期にわたって、物質は有る、物質は無い
と二手に分かれて大論争していたんですよね
三百年くらい?
もう学会です、研究のしすぎです
やっぱり、当時の大貴族に保護されて
優遇され研究機関になっていたと思うのですが
そこに、物質は有でも無でもなく空だと
論破したのがナーガルージュナーとい
いう方で、これが説かれているのが般若心経です。
霊感のお経といわれ、いきなり観自在菩薩から
はじまります、普通のお経は舎利国の何処そこ
にいる時に仏が説法したとはじまります
このナーガルージュナーも実践の人で
修定比丘といって、釈尊の三十七道品を
実地に修行していて、その体験があのお経に、
その時のインスピレーションをそのまま
書いたのが般若心経といわれております。
阿含経にははじめから空が説かれてあるのですが
長時間研究しているうちに
研究内容の方が優先されて、物質が有るとか
無いとか論争してたんでしょうね
般若心経の説く所は、
脱線した研究から原点のアーガマに
戻りましょうということだったのです。
今では量子力学で、空だとすぐに分かります。
物質を分解すると原子核の周りを電子が回って
いて、その電子も波動になったり物質のままだったりしますから、有であり無であり、で空という
ことかと
2000年前の人達が物質の有無を論じていたという
こともすごいことだと思います。




