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あとはよろしく

作者: 江葉

よくある婚約破棄もの。とてもご都合主義です。

そういえばこのパターン読んだことなかったので書いてみました。既出なら申し訳ありません。


「公爵令嬢! 我が愛する男爵令嬢への数々の狼藉、もはや言い逃れはできぬと心得よ! 王太子の名においてそなたとの婚約を破棄する!!」


 愛する男爵令嬢とやらの腰を抱いてそう宣言したのはこの国の第一王子だ。第一王子であって、王太子ではまだない。国王には王妃との間に第二第三王子、継承権は低いが側室の生んだ第四王子がいる。

 第一王子が王太子になるだろうと目されているのは、ひとえに公爵令嬢との婚約があったからだ。


「さようでございますか……」


 公爵令嬢は疲れ切った顔で微笑んだ。


 貴族学院の昼休み。いきなり食堂で断罪婚約破棄をはじめた第一王子に、周囲の生徒たちはびっくりだ。


 卒業パーティーでなかっただけましかしら。公爵令嬢は思った。

 卒業パーティーには各生徒の保護者、つまりは公爵本人も来る。自分の味方しかいないところでやりたかったのだろう。婚約者としてある程度第一王子の性格を把握している公爵令嬢はちいさい男だ、と呆れた感想を浮かべる。


 驚くでもなく嘆くでもない公爵令嬢に、第一王子はますます激昂した。反応が薄かったのが気に食わないのだろう。


「なんだ、その態度はっ! 謝罪をしろ!」


 公爵令嬢は冷めゆくAランチを悲しく見つめ、ゆっくりと椅子から立ち上がった。

 人の上に立つ者特有の、よく通る声で言った。


「皆様、このような仕儀となったこと、まことに申し訳ありません」


 謝罪である。

 申し訳なさはまったくなく、第一王子が言うからしかたがないといわんばかりであった。

 しかも相手は男爵令嬢ではなく、周囲の生徒である。


「何を言っているのだ貴様っ! 男爵令嬢に謝罪をしろと言ったのだ!!」

「そうですよ義姉上っ! どうかいさぎよく謝ってください!」


 公爵家には令嬢一人しかいないため、第一王子との婚約にあたり養子となっていた義弟も第一王子に加勢した。この義弟、割と早い段階で第一王子と男爵令嬢との恋を応援している。

 他にも近衛騎士団長の嫡男、財務大臣の令息など、いずれも国の要職に就いている家の令息が第一王子の側近となっていた。彼らも全員男爵令嬢の味方だ。

 あとは公爵家と敵対していた貴族の令嬢令息、公爵令嬢を蹴落として自分が第一王子の妃になりたい令嬢なども、今がチャンスとばかりにそちらに加わっている。


「ええ……? わたくし、男爵令嬢に謝罪される覚えならありますけど、謝罪しなければならないことなどありませんけど……」


 公爵令嬢はなんだかもう投げやりだ。取り巻きの令嬢たちが、彼女を守るように背後に立った。


「そんな、ひどいですっ! あたしにあんなことしておいて……っ!」

「わたくしではありませんわ。そんな暇などなかったですもの」


 男爵令嬢の涙の訴えにもやる気なさそうな返事である。


「何が「そんな暇はない」だ! この数か月、王妃教育も公務もなかったのは知っているぞ! むろん、私が押し付けた仕事もないっ!」


 いったいどこの世界の何を読んだのか、第一王子が言い訳を封じるように叫んだ。

 王妃教育も公務も、婚約者にすぎない公爵令嬢がやることではない。結婚するまでは他家の令嬢であり、そして暗殺や急病、瑕疵で婚姻に至らないとも限らないからだ。王妃教育を終えた令嬢が断れない他国の王族に見初められでもしたら詰む。そんなリスクを回避するために、そうした教育は正式に王家の一員になるまでは行われないことになっている。


 そんなことすら忘れている第一王子に、公爵令嬢は面倒くさそうなのを隠しもせぬ、淑女らしからぬため息を吐いた。


「迷惑をかけた、自覚もないのですね……」

「なにを……っ!」

「わたくしが忙しくしていたのは、貴族同士の婚約の結び直しをしていたからですわ」


 公爵令嬢の言葉に、第一王子は思いがけないことを聞いた、というように息を呑んだ。


「どうやら第一王子は男爵令嬢を寵愛し、陛下の諫めも聞かない、となった時に、万が一のことを考え当家の派閥はすべての婚約を解消、新たな結び直しに着手しました」


 第一王子と公爵令嬢の婚約は、国内の安定と貴族を掌握するための、政略的意味合いの強いものだった。

 そもそも貴族は働かない。労働せずとも税収で生きていける、いわばひとつの国家のようなものなのだ。

 王家とはそんな貴族のまとめ役にすぎない。全体の責任者であり、領土の安堵を約束するものだ。

 公爵家を基点として、そんな自己主張の強い貴族たちをひとつにまとめるべく結ばれたのが、第一王子と公爵令嬢の婚約なのである。そして、未来の国王となる第一王子を支えるために、同年代の貴族の間で婚約が結ばれていた。


「万が一とは、わたくしを側妃として男爵令嬢を王妃とする、あるいはわたくしを王妃にするが白い結婚とし、男爵令嬢との間にできた子を王妃の実子と偽る……などですわ。最悪で婚約破棄でしたが、それこそ潔いですわよねぇ……」


 公爵令嬢を蔑ろにする行為はつまり、公爵家の支援などいらぬ、ということである。そこまで馬鹿ではなかろうと思われていたが、第一王子はそこまでだった。

 結婚もまだなのに婚約を解消するのは気が早いだろうが、事が起きてからでは遅いのである。

 ちくりと嫌味を言われた義弟が食ってかかった。


「第一王子と義姉上の婚約が破棄されたくらいで、なぜそんなことを!?」

「後ろ盾、とはそういうことです」


 そもそも高位貴族が学院に通うことでさえ、国内貴族の融和政策のひとつであった。高位貴族、下位でも裕福な家は、家庭教師を雇うものだ。


「わたくしとの婚約を破棄した以上、他家も慌てて婚約の結び直しをするでしょう。ですが……公爵令嬢を見下して、男爵令嬢に勝手に忖度するような貴族が、良縁に恵まれるかは……。本当、申し訳ありませんわ」


 蒼褪めたのは第一王子と男爵令嬢の味方をした者たちだ。


「詭弁だ! たとえそれを阻止するためだったとしても、罪は罪であろう! 貴様が公爵家にいられると思うなっ!」

「わたくしは何もしておりませんわ」


 たとえ何かしていようとも、公爵家の後継を決めるのは公爵家当主であって、王家ではない。


「証拠に証言、証人だっている!!」

「身分違いの恋。放置しておけばいずれ冷めるであろうものに、なぜわたくしが燃料を投下する必要が?」

「嫉妬したんでしょう!? あたしにっ!!」

「え……男爵令嬢に嫉妬する要素、あります……?」


 本気で不思議そうに言われ、男爵令嬢は羞恥で赤くなった。


 放置で良いと思われていたのだ。公爵令嬢は恋のスパイスになるつもりなどさらさらなかった。

 もしも公爵令嬢が第一王子を愛していたのなら嫉妬くらいしたかもしれないが、公爵令嬢にあったのは義務と諦めである。

 

 公爵令嬢を貶めたい者たちが勝手にやったのが真相だった。取り巻きをはじめとする派閥の者たちは静観を決め込み、これはダメだとなってから行動を起こしたにすぎない。


 どうやら本当に公爵令嬢ではないと理解したのか、男爵令嬢が震えだした。


「そんな……それじゃ、誰が……」

「知りませんわ、そんなこと。真犯人が捕まらない限り狙われ続けるでしょうし、増えると思いますから……まあ、第一王子に守っていただけばよろしいでしょう」

「増える?」


 ぞろぞろと、食堂に集まった生徒が二手に分かれてゆく。第一王子派と、公爵令嬢派だ。


「公爵家がはしごを下ろしたのですもの。これでは済みませんわ……。わたくしが忙しくしていた理由、そろそろおわかりいただけまして?」


 もともと上手くいっていなかった婚約ならまだ良い。

 想い合っていた者、片方だけが熱を上げていた者、割り切っていた者。政略だからこそ誠実に努力をしていた者。

 共同で事業を起こしていた家、言いなりにならざるをえなかった家、養子縁組が解消された家もある。


 公爵令嬢は派閥の者たちを守るために動いていた。特に取り巻きの令嬢は第一王子の側近と婚約していたので、本人に知られないよう慎重に、それぞれ望む相手との婚約をまとめてみせた。


 取り巻き令嬢の顔は晴れ晴れしている。


 主君の寵愛を得ている女に横恋慕する男など、百年の恋も冷めるというものだ。気持ちが悪い。軽蔑する。

 口々に言われ、無条件で愛してくれる婚約者がいるからこそ安心して男爵令嬢にのめりこんでいた側近たちが蒼褪める。何をしても何があっても、愛が冷めることはないと思い込んでいたのだ。自分たちはあっさり男爵令嬢に靡いたくせに。


 そんな! と悲鳴を上げて膝をついたのは、公爵令嬢が犯人だと証言した令嬢だった。

 彼女はそれはもう事細かく、状況から証拠まで揃えていた。何のことはない、犯人だっただけである。

 今、婚約者が公爵令嬢側にいるのを見て、自分との婚約が解消されていると気づいたのだろう。初恋だったのに。政略を逆手にとって半ば強引に婚約者にしたのに。


 好きな相手と婚約していたからこそ、第一王子と男爵令嬢を応援していた者たちも、何も言わずに去っていった婚約者を見て泣き崩れた。


 公爵令嬢側にも涙ぐんでいる者がいる。事情は理解していても心はそう簡単に納得してくれない。お前らが馬鹿なことさえしなければ、と恨みがましげに睨みつける。


 これだけ多くの者に恨まれては、今度は「狼藉」などという言葉では済まされない目に遭うだろう。


「わたくしはわたくしにできることはしました。あとはそちらでなんとかなさってくださいませ」


 すっかり冷めてしまったAランチを食べる気も起きず、トレイを持って下がろうとした公爵令嬢を第一王子が呼び止めた。


「ま、まて……待て! それではわたしたちはどうなるのだ!?」

「……ですから、知りませんわ。男爵令嬢を妃になさるのなら、そのように派閥を整えてくださいませ」


 もう公爵令嬢も、公爵家も助けてはくれない。


「ああ……そうでした。義弟は第一王子に加担し、自ら公爵家を継ぐ道を外れました。現時点をもって公爵家の籍から廃しますので、ご自分の生家にお帰りなさいね」


 実にあっさりと義弟を切り捨てて、今度こそ公爵令嬢は取り巻きと派閥を引き連れて食堂を出ていった。

 最低限の礼すらなかったのは、もはや彼らが政敵となったからである。ましてや彼らは公爵令嬢を軽んじ、侮り、公爵家に泥を塗った。敵にかける情けなどない。


「あなたは彼にふさわしくない、ね……」


 騒然となった食堂を背に、公爵令嬢はぽつりと呟いた。第一王子と男爵令嬢の恋路を邪魔する悪役令嬢、あなたに第一王子はふさわしくない。よく言われていたセリフだった。

 呟きが聞こえた取り巻きの令嬢がくすりと笑う。


「今度は自分がそうなって、どんな気分でしょうね」


 取り巻きの令嬢は「どうせ結婚するんだから」と自分を蔑ろにする婚約者にうんざりしていた。愛も恋もはじまる土台すら築かなかったくせに、母親のような――我儘を言っても許されると思われるのは迷惑だったのだ。生んでもいない大きな子供に湧くほど彼女の母性は安くなかった。

 公爵家の縁で結ばれた新しい婚約に満足している。政略だからこそ理解を深めようと努力してくれる婚約者に尽くそうと決意していた。恋の予感すらすでにある。


 公爵令嬢も、隣国の王女だった母の縁で新たな婚約を結ぶ予定だ。


 国内の有望株、国に影響する国外の伝手も、公爵家派閥がすでに握っている。


 残っているのは第一王子と男爵令嬢を応援していた、事が起こるまで気づくこともなかった、何も考えずに愚かな策略に乗った者たちだけである。似た者同士、案外上手くいくかもしれない。そこは第一王子と男爵令嬢がなんとかするだろう。


 無理と言っても、できないと泣いても、責任をとらされる。


「あとは任せますわ、第一王子、男爵令嬢」


 とても大変で、ものすごく疲れた。

 この実績をもって公爵令嬢は公爵家を継ぐ。きっととても大変で、ものすごく疲れるだろう。


 それでも今度は自分で未来を選べるのだ。失敗して苦汁を舐めることになるかもしれない。それでも自分で選び取った未来だ。


 公爵令嬢は未来への期待に胸を弾ませた。







「あなたは彼にふさわしくない」と悪役令嬢にいちゃもんつけた側が返り討ちにあう話をそうじゃないコメディーにしようとしたのが原型。かけらもないですね。


貴族って労働しないし、愛国心はあっても王家への忠誠心とかないんじゃないかな。何代かにわたってそういう教育しないと難しそう。

そういうわけで公爵令嬢と婚約させたのに、第一王子が恋に狂って無駄な正義感で突っ走った結果。頑張って派閥を整えれば男爵令嬢王妃ルートもワンチャンある。ただし公爵家にそっぽ向かれてるので国内が安定するかどうか。

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― 新着の感想 ―
[一言] 貴族って中央集権化なされているかどうかで大分異なります。 個々が武力を保持する単なる封建制貴族なら日本の戦国時代のように簡単に裏切り独立してしまいます。 中央集権化していても派閥暗闘に勝て…
[一言] あまり見ないパターン。 でも、公爵家継ぐのは継ぐんだろうけど、公爵家なんかいな? 完全に国が割れてるから、国がなくなるか、延命したとしても新しい国がポンっとできそうな気がするから爵位変わりそ…
[一言] 令嬢側がイニシアチブ取り続けてたのならそりゃそうなるという結末。 あとがきに言及するのもあれですが、 働かない貴族云々は、本当に作者さんが貴族ないし貴族の知り合いだったのなら作者さんの言う…
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