白花の花嫁
天上から地上へ、堕とされた狂った神。
四肢千切れ、骸のごとき姿で地に倒れ伏し、もはや軽やかに踊っていた姿などカケラもない狂った神に。
呪架の花贄が、呪いの主が消え去ったおかげでいくぶんは軽くなった体で、駆け寄り、縋る。
細い腕を伸ばし頬に手を添え、真正面から覗き込み、蒼穹を背景にひたりと目を合わす。
――幸せであれ、ロワゾブルゥ。
力削がれ、今にも消え去りそうな狂った神の。
かそけき言葉が儚く漂う。
「たとえ世界が続いても、あなたがいなければ意味がない。
あなたのいない世界なんて、滅びてしまえ!」
世を呪い、娘が絶叫した。
「呪われて、生きて。
祝われて、死んでいくはずだった。
私の死は、世界に言祝がれた!」
世界を呪って絶叫する、神羅万象すべてを恨み憎む娘に。
天上から見ていた、見ることしかできない無力な神が。
自分では行使し得ない、ただ貸し与えることしかできない神力を。
娘に貸し与えた。
呪いの鎖は細くなったとはいえ、今なお雁字搦めに縛りつけられ。
世界を呪い、恨み憎む花贄の願いが。
神の助力により、力を得る。
「あなたは……。
あなただけが!
いや、いやよ、あなただけは、消えないで」
願いは、世界の滅ではなく。
狂った神の、捥がれた腕が再生され、千切れた足が蘇る。
半ば断たれた首は傷一つなく元通りに。
砕かれた牙も、割れた爪さえも。
だが、もはや力を失いすぎたのだろう。
形ばかりは元に戻っても、その姿のまま、霞のように薄れていく。
願っても、縋っても、ましてや祈っても。
消えていく神を前に。
――娘は自らの役目を思い出した。
「私を喰べて」
自らの腕に嚙みつき流れる血を啜り。
薄れ、消えゆく神の口に、血で赤く染まった自分のそれを押し付け。
舌に血を絡ませ、上顎、下顎、口の中に血を擦り付けた。
――呪い。
呪いに呪われた呪架の花贄。
喰って血肉を、喰って魂を、喰って理に囚われる、神の呪い。
混然の非ヌモノを、在るものへと成すほどの呪い。
消えかけていた神に、抗う力はない。
形ばかり残っただけの、もはや消えゆく一歩手前だった神は、血肉を得、魂を得、理に囚われた、神ならざる人と成る。
無力な神は、ただただ、見守り続ける。
力ある神。
力ある非ヌモノ。
混然とした世に満ちていたソレら。
そのすべてが、きれいさっぱりいなくなった世で。
娘に癒され四肢は取り戻したものの、力削がれた上に呪われた、牙も爪も失い、ほぼ人と変わらぬ存在となった狂って墜ちた神が、人の言葉で娘を恋う。
妻問いに、ようやく頷くことができた娘。
しばらくして、花が狂いに狂って咲き乱れる中。
百に一足らぬ花に祝われて。
呪架の贄が白花の花嫁になるのを。
狂墜の神が白花の花婿になるのを。
無力な神は、ただただ見守り続けた。
◇ ◇ ◇
結婚式なのだと、飾りに飾った花嫁と花婿が、百に一足りぬ九十九の花で飾られた花道を行く。
百年に一度の祝花の花嫁に合わせて、各地で結婚式が予定されていたという。
生憎、当日は荒天で、この村で予定していた式も延期して、今日に挙げることなった。
そこにふらりと現れた夫婦者、式はまだだという。
夫婦となるには式を上げないと、と言って村人たちがついでに席を用意した。
天が荒れた嵐の後の、青天の晴れの日。
「お前、騙されてるぞ」
「いいえ、そんなことはありません」
花婿の不服そうな声に、花嫁が振り向いて、輝く笑顔をさらに輝かせて満面の笑みで答える。
「花嫁じゃなくて、もう妻だろう」
「いいえ、私は誰もが羨む白花の花嫁」
結婚式を挙げて、あなたと夫婦になるのですと、月をも欺く玲瓏たる美貌の娘が夢見心地に口ずさむ。
花嫁の恋情の想いがこれでもかと込められた眼差しと、見ているだけで心浮き立つような花の顔が、花婿の心をざわめかせる。
「言ってくれたら、連れ去ってやるぞ?」
「いいえ、自ら望んで、白花の花嫁になって、そしてあなたと夫婦になるのです。
今度は、今度の式こそは滞りなくやりきって、一口といわず、最後までちゃんと食べてくださいね?」
少し頬を染め、恥ずかし気にはにかむ花嫁に。
花婿は、やはり、もう式なんかいいんじゃないかと確信する。
村人たちが夫婦になるなら式を上げなくてはといったが。
式なんか挙げなくったって、もういいんじゃないだろうか。
というか、こんなことを言う花嫁は、もはや妻で夫婦では。
式なんか放り出して、とっとと家に持ち帰りたい。
だから、花婿は繰り返し言葉を口にする。
「お前、騙されてるぞ」
頷いてくれたら、この場から花嫁を搔っ攫って、すぐさま食べてしまうのに、と思いながら。
結婚式へ出席していただき、ありがとうございました。
尽くし系の純愛、ジャンル:恋愛(異世界)です。
ロワゾブルゥは青い鳥、でも、異世界にフランス語なんてないので。花嫁さんのお名前は、ただの偶然です!