祝花の花嫁
昔話の恋物語です。
祝えや 祝え
降りかかる雨のごとき祝いを 祝花の花嫁へ
血のごとき赤き花
玉のごとき儚き花
盛りを極めた、色鮮やかな沙羅双樹の花
鈴蘭、水仙、シクラメン、クリスマスローズ、ジギタリス、ベラドンナ、トランペットフラワー、夾竹桃、ヘムロック、マンチニール
花嫁に ありとあらゆる祝花を
嵐の如く
千早の如く
百年に一度の祝花の花嫁。
祝花に飾られ、神へと嫁ぐ。
幾重にも架けられた、祝いの言葉。
人の身でありながら、九十九の神を従えて。
残る一つは花嫁自身、百集まって列をなし、足並みそろえて参進する。
祝花の衣装を身に纏い、神へと嫁ぐ、祝花の花嫁。
――お前、騙されてるぞ。
降りかかる祝花、纏わりつく花びらに紛れて、褐色の肌に長い白髪を一つに結んだ一柱の神が、花嫁の周りを軽やかに飛び跳ね、駆け回る。
目にも鮮やかな極彩色の衣装そのままに右足で地を蹴り、左足で勢いをつけて一回転。
そんな派手で勢いのある舞踊じみた動きにも、花嫁は目もくれず。
「いいえ、そんなことはありません」
前を向いたまま視界にさえ入れず、鈴鳴る声で簡素に答える。
凛と前を向く花嫁の、髪は陽光を受けて眩く輝き、新雪の肌は穢れ一つなく、真白き頬は薄紅の花の一片が戯れたかのようにほんのりと色付く。
一針、一針、丁寧に縫われた衣装は壮麗。
上げられたロングベールは白を基調に、数多の花の刺繍がいたる所に施され、上方から金糸銀糸で白金の花を、裾へ向かうほど黄や赤の花が色濃く咲き乱れている。
首元の花弁のように開いた華やかなレースは、花嫁を花の妖精とも花の化身とも見紛うばかりに飾り立て。
ドレススカートは生地も刺繍も異なる一枚一枚を幾重にも重ね透かせて、月も花も恥じらう花嫁の玲瓏な美しさを際立たせる。
雨のごとく降りかかる祝花と、重ねに重ねられた祝花の衣装に、花嫁は満足に動くこともできない。
宙に浮いた椅子に座らされ、自らの足で歩むこともなく、滑らかに定められた儀式の道を運ばれる。
――お前は花嫁じゃない、ただの生贄だ。
踊る神は囃子歌に合わせて宙を蹴り、青い空を背景に花嫁を逆さまに覗き込む。
身に着けた色とりどりの飾り石が陽の光を弾き、前に垂れた長い肩布の、表の赤と裏の黒がひっくり返る。
祝えや 祝え
降りかかる雨のごとき祝いを 祝花の花嫁へ
百年に一度の祝花の花嫁
祝花を身に纏い 祝いに祝われ 神へと嫁ぐ
「いいえ、そんなことはありません。
私は誰もが羨む祝花の花嫁」
覗き込んでも目は合わず、花嫁の視線の先は、通り越して蒼穹の青。
季節の巡りを七つ経て、再びの季節の巡りも七つ経て、その次の巡りの九十九日目に、雨霰と祝われた。
数えきれないほどの、数多と呼ぶに相応しい幾柱もの神々に祝われた。
その時から、娘が立てば花が舞い、座れば花が降り、手を差し出せば花が零れるようになった。
御印のごとく、祝いの花が数限りなく娘に降り注ぎ。
人々は褒めそやした。
神嫁の誕生だ。
祝花の花嫁が選ばれたと。
◇ ◇ ◇
嫌な事ばかり言う俺は、嫌われている。
顔さえ向けられぬ嫌われっぷり。
仕方ない。
だって俺の言うことは、目を逸らしたい事実だからだ。
花嫁なんてキレイな言葉で、ただの押し付けを包んだだけだ。
神嫁などと褒めそやされても、薄々は分かっているだろう。
天に嫁いだ、神々に娶られた――人の世から消え去った。
百年に一度、繰り返し捧げられた花嫁が。
元に戻ってきたことなど、一度もない。
人に非ず。
獣に非ず。
ましてや神に非ず。
化生、化物、魔物、妖物、呼び名などはいくらでも。
花嫁は、非ヌモノたちの喰いモノだ。
百年に一度、たった一人を奉げるだけで、皆が助かる最大幸福。
理に合わぬモノどもを。
理に合わせるカスガイ。
なればこそ。
そのカスガイが無くなれば。
世に非ヌモノは溢れ出す。
秩序は崩れ、神の世は失われる。
だからどうした。
――逃げるのなら手を貸すぞ。
小さな諍いの神だった。
互いが引かずに争えば、それを種火に踊る神だった。
花嫁――贄をキレイゴトで誤魔化しただけの娘に、惚れ込んだ。
「いいえ、私は自ら望んで嫁ぐのです」
聞きたくないことばかり言う俺は、嫌われている。
娘はまっすぐ前を向いて、視線の一つも寄こしやしない。
きっと俺の声は、心の声なんだろう。
聞きたくない、甘い誘惑。
だからこそ、お前は決して頷かない、耳を貸さない、振り返らない。
俺を、見ない。
それでも。
自分が死ぬのに、世界が残って何になる?
残った世界に、自分は――お前は、いないのに。
お前さえ、一言。
いや、一言さえもいらぬ。
ただ、俺の手さえ取ってくれれば。
いやいや、取らずとも、その眼差し一つで十分だ。
涙の一滴など、過分にすぎる。
青天の霹靂、烏白馬角があったとして。
もしも眼差し一つ、くれるなら。
三千世界を相手取り、神々さえも敵に回そう。
たとえ世界が安寧であろうと。
お前が生きていなければ、そも意味がない。
◇ ◇ ◇
祝花の花嫁を、喰いに集まった非ヌモノ。
化生、化物、魔物、妖物、呼び名などはいくらでも。
喰って血肉を得、喰って魂を得、喰って理を得る。
地球という異世界で、黄泉の物を食べると元の世界へ戻れなくなる黄泉竈食ひと呼ばれる呪法。
黄泉の食べ物を口にした者は黄泉の者になるという。
それを模倣したのが、この祝花の花嫁――呪架の花贄。
非ヌモノがこの世の物を喰らい、此の世の者に。
混然とした非ヌモノから、在る者へと成る為に。
差し出されたザクロのごとく。
黄泉の竈で炊かれた料理のごとく。
呪いに雁字搦めに縛られた花贄に、非ヌモノ共が群がり集る。
降り架かる雨ほどに呪いに呪われ、もはや指一本動かすことさえままならぬ呪架の花贄。
今なお途切れなく降り架かり、雨霰と呪花が娘に纏わりついて離れない。
娘はもはや動かぬ首を諦めて、参進の間ずっと周りを、そして今も、飛び跳ねては力強くも軽やかに踊る神に、視線だけでもと必死に向けた。
今際の際に、あらん限りの力を振り絞って、最初の、そして最期の願いを口にする。
「最初の一口は、あなたが」
恋情の眼差しと共に。
祝花の花嫁、いやさ呪架の花贄の眼尻から透明な一滴が、零れ、頬を伝い、落ちていった。
その瞬間。
歓喜の絶叫を産声に、狂った神が顕現した。
我先にと争っていた非ヌモノ共の。
血肉を一口と、齧りつこうとする化生を蹴り飛ばし。
紛い物ではない魂を食い千切ろうとする化物をぶん殴り。
此の世の理を識ろうと脳髄を狙ってくる魔物、妖物を返り討った。
元より、協調性も社会性もない、理性もあるかどうかも怪しい非ヌモノ共。
我先にと群がっていたのが邪魔されたのならば。
目的を同じくする贄を求めるモノ共の、自分以外は。
すべて敵。
競い合うように相争い、同士討ちで散っていく。
抜け駆けして贄に向かえば、後ろから襲われた。
やり返しては、周りを巻き込んだ。
巻き込まれた周りは、さらに周りを巻き込んでやり返した。
百年に一度の儀式は壊れた。
神々は縦横無尽に暴れ回る非ヌモノ共を、抑え、抑えられ、滅し、滅され――神々と非ヌモノ共は際限なく争い合った。
元より、神と非ヌモノは表裏、あるいは、紙一重ぐらいしか差は無きもの。
秩序は乱れに乱れた。
幸いにも、非ヌモノと争う一方、崩れる世界を支えに回った神もいて。
世界は崩壊の一歩手前で持ちこたえた。
天を裂いた宴の終わりは。
神々による討滅と、同士討ちでほぼ散っていった非ヌモノ共。
滅され、あるいは世界の支えに身を捧げ、消え去っていった神々。
そして。
贄に集り群がる非ヌモノ共の、悉くを殺し尽くし。
贄に天罰を下しに来た神々の、是非を問わず滅し尽くし。
贄の生きるを咎める、ありとあらゆるすべてを消し去り尽くし。
花贄を召し上げるはずだった天上の場に。
爪割れ、牙砕かれ、四肢千切れ、首さえ半ば断ち切られかけた、踊る足をも失った狂った神が、骸のごとく横たわっていた。
力ある神。
力ある非ヌモノ。
混然とした世に満ちていたソレら。
そのすべてが、きれいさっぱりいなくなった世界で。
神世の崩壊の片隅。
神の中では何の力も無いゆえに何もせず、見ているほか何もできなかった、何もしなかった、たった一柱残された無力な神が。
天上から。
狂った神を、地上へと堕とした。
尽くし系のラブストーリーです!




