第9話 幼馴染の悩み事 3
日曜日。無事に夏帆は自分の家に帰ることができた。夕方ごろに俺の家におじさんとおばさんがやってきて、夏帆を回収していった。アロハシャツを着た二人からは琉球のスイーツとインスタントの琉球そばを数袋もらい、さらに夏帆を泊めてくれたお礼としてデパ地下で売ってるようないいところのお菓子をいただいた。
一応、親父と母さんにこの一件のことはメールで報告しておいたのだが、「対応よろしく」と「孫の顔が見られそうで嬉しいです」と返ってきた。家から閉め出そうかなって真面目に10分くらい検討した。
そして月曜日。またしても俺は挨拶運動で早めに学校に行くことになったため、夏帆にも早く起きてもらって一緒に登校することに。土日はほとんど家の中で過ごしていたから、外に出るのはちょっと新鮮だ。
「おはよ~」
「おう、おはよう」
「ありがとね」
「いや、こっちこそすまんな。用事もねえのに早くに登校させちまって」
朝、数十分も前に学校に登校するのは精神的に疲れるものがある。それが猶更用事がないと、だ。例えば席が空いているとか、丁度最寄り駅が終点の電車が来るとかであればまだわかるが、なんも変わらないんだとしたら虚無であろう。それでも、夏帆は苦笑いしながら「一人で行くよりはずっとマシだよ」と言ってくれる。
できるだけ人通りの多い道を選びなおかつ最短経路で駅へ。高校がある方面行の電車は、丁度都心方面とは反対側だからか少し混雑が緩い。かといって座れるわけでもないからそこは微妙なところではある。ドアと座席の中間にある手すりのところに夏帆が陣取り、そこに覆いかぶさるようにして俺がスペースを確保。満員ではないものの、痴漢とかを警戒するためにこうしたほうがいいだろう。
まあ、そうそう痴漢なんかあるわけもなく。30分もすれば学校の最寄り駅に辿り着けた。
「さて、ここまでくれば大丈夫そうかな」
「そうだね。ありがと」
まあ、だからと言ってここで「じゃあまた後で」となることはない。駅の東口から大通りを歩き、少し急な坂を登ってから十字路を右に。そうすれば駅からでもうっすらと見える校舎が目の前に現れる。時刻は7時30ごろ。生徒会の集合時間よりは少し早いくらいだ。
結局、教室まで一緒に行き荷物を置いた俺は、夏帆と別れて校門前へ。いつの間にか集合していた生徒会メンバーと共に挨拶運動をすれば、40分ほどが余裕で過ぎていた。
〇 〇 〇
「へえ。それは大変だったねぇ」
「んな他人事みたいなスルーのされかたされても困るんだが」
「いやいや、だって他人事だもの」
「せめて部下の苦労話にくらい耳傾けてもらっていい?」
昼休み。特に用事がなかった俺は、生徒会室で昼食を食べていた。週に一度ある生徒会の食事会は、特に会議なんてもんはなく、ただただ雑談して駄弁るだけ。しかし、どこか上の空といった感じの会長は俺の話を全スルーだ。
「まー苦労してるとは思うよー。でも仕事はして~。あの肥満肉塊のせいで色々遅れてるから」
「あ、だから不機嫌なのか」
「不機嫌ゆーなし!」
実際不機嫌なんだよなぁ、と購買で買ったチーズハムサンドを食べながら心の中で一言。会長席に座って机に脚を乗せて横揺れしながらおにぎりを頬張りながら「不機嫌じゃな~い」って言われても説得力に欠けるだろう。
「でも、やはり副会長は苦労人体質ですね」
「ッ!? 一畑、いたのか!」
「ええ。ついさっきから。ずっと背後を取ってたのに気づかれないなーと思いまして」
誰も同情してくれない、そう思うと虚無で思考停止していると背後からいきなり声をかけられた。びっくりして後ろを振り向けば、俺が座っているソファの後ろによっかかるようにして会計の一畑が座っていた。おいおい、びっくりすんだろ。あと向かい側にもソファあるんだからそこ座れよ。
「そういえば最近不審者多発とか先生が言ってましたねぇ。どっからガセネタ掴んできたかと思ったら、案外ガセネタじゃなさそうですね」
「相変わらず辛らつだな」
「辛辣っていうか、あんま信用してないだけ?」
「それが辛辣っていうのよ」
カロリーバーを片手に、一畑はパソコンをいじりながら教育現場の首脳陣を徹底的に否定。なんの恨みがあるかは知らんが、こいつはいつもそうなので気にした方が負けなんじゃないかと最近思い始めた。なんというか、生きてる世界が違うんだと思う。だってこいつ食品メーカーの御曹司だもん。
「まあ、最悪の場合僕が父上に言えば車での通学もできるので。なんかあったら声かけてください」
「いや、流石にそこまでしてもらうわけには……」
「副会長や会長のように、困ってる人に手を差し伸べる、ただそれだけですよ」
「あのね? そのスケールがでかすぎるの、わかる?」
人助けはいいことだ。でも、それにしてはスケールがでかすぎる。人助けで車で通学サポートなんかどこのブルジョワだよってなったけど、そういえばこいつブルジョワだったわ。御曹司じゃん、そうじゃん。こいつにとっては普通じゃん。やっぱ住んでる世界違うわ。
まあ、それでも流石にそこまでやってもらうわけにはいかないから、丁重にお断りしておいた。一畑が少し残念そうにしていたのだが……まあ、今度助けてもらおう。具体的には俺の仕事のキャパがなくなったときとかに。押し付けじゃないぞ?
「ん? そういえば嶺がいなくね?」
「あ、そういえば」
「なんで一番存在感があるのに気づかなかったんだろ」
〇 〇 〇
一方そのころ。学校の購買。
「えーっと、もういっかいいいですか?」
『…………(手旗信号で「焼きそばパン4つ)』
「しゃ、喋ってもらうことってできる?」
『……(手で×のポーズ)』
一人の少女が必死に手旗信号で焼きそばパンを買おうとしていたという。