第4話 事態が急変
氷雨たちに勉強をみっちり教え込んだ日から3日後。俺たち緑陽会は委員長会議に臨んでいた。それぞれの委員会の委員長が今年度の標語とそれに対する予算の目安、何に使うかを話していき、生徒会からの全体周知や今年度の目標掲示などをしていく。委員長は真面目な人が多いためか、委員長会は独特な緊張感がある。一部委員会の会長は「え~、誰かやってよ~」「しょうがないからやる~」のように緩く決まったためにザ・陽みたいなやつもいるが、生徒会もいるためか全体的に委縮しまくっている。
結局、その時の委員会は特にこれといった問題はなく終わった。生徒会からしたら一息つけるところだが、このあとの親睦会の前にもう一仕事、
そう、予算会議である。
「おーし生徒会、とりあえず10分くらいで予算会議すっぞー」
「えー、休憩時間はー?」
「なしだ。その分手短に済ませる」
他の委員会の生徒が教室からいなくなると、どこからか部活動予算の資料を手でヒラヒラさせながら一人の教師が現れる。ガタイがよく、いかにも体育会系熱血教師という風貌をしているこの人は赤井先生。風貌からは想像できないが歴史オタクであり、社会科の世界史の教師であり、我が生徒会の顧問だ。
「とりあえずだが。お前たちからもらった予算表は見させてもらった。明らかな予算オーバーだな。だから一応職員会議にかけたんだが……まあめんどいことになってな」
「めんどいこと?」
「教頭だよ、教頭。ここだけの話なんだが、あの人最近きな臭ぇんだよ……」
歴史上の愚王とかには容赦なく罵詈雑言を浴びせるが現代人には全体的に肯定的な赤井先生が少し顔をしかめるのだから相当な事だろう。聞けば、ほとんどの教師は各部活の突き返すことを進言し、顧問連中も「さすがにやりすぎ」と言ったのに対し、教頭だけは「このまま通そう」と何度もいい、最終的にそれでゴリ押しさせたらしいのだ。
「あー……確かになんかありそうですねぇ。あの肥満肉塊」
「そこまで言うか会長」
「だってあの人生徒会も混じった職員会議の時、ずっと私のスカートの方凝視してるし、個別で呼び出しては1時間くらい意味のない話ばっかしてくるんだけど!?」
「思いっきりセクハラじゃねぇか」
何度も言うが、生徒会というのはいわば学校内における総務部であり、教師の雑用係。だからヒエラルキーで言えば生徒と一部教師よりも上かもしれないが、学校全体で言えば中間管理職だ。そして、教頭というのは言わば本部長とか役員とかのレベル。なので生徒会長と言えど一生徒が故に無下にできない。そこにつけこんであのくそd……じゃなくて教頭は陰湿なセクハラをしているようだ。俺も呆れ気味だが、これには赤井先生もうんざりというような顔だ。
「んで、話を戻すが……要約すると、やりくりをお前らで考えろってよ。その肥満肉塊が」
「「はぁ!?」」
「体育祭や文化祭の予算とか、文化部の予算とかそこらへんからやりくりすればいいだろうから生徒会に任せろって聞かなくてな」
いやいやいや、そこまで行くと俺たちの責任の範囲外なんだが? 確かに体育祭や文化祭にはかなりの予算をかけて華やかに行っているのがこの学校なのだが、校外からの来訪者向けのパフォーマンスや学園の宣伝という意味合いもそこには含まれている。生徒も楽しみにしているだろうからあまり削りたくない。それに予算を10万単位で削るなんて経理の勉強をしたことがない人には無理だ。
またうちの会計の胃を潰す気か?
「あー、まあ顧問が言っちゃダメだと思うが……最悪『無理でした』で済ませてもらって構わねぇ。そうすればまた職員会議にかけれるからな」
「無理です!」
「相川、せめて一考はしてくれ」
「は~い」
いつもの手腕はどこへやら。完全にやる気をなくした会長は机に突っ伏したような体勢からやる気のない声を出す。まあ、気持ちはわからんでもないけど。なんなら俺もそう思ってるけども。やるしかないかぁ。無理だったらその時点で先生に突き返そう、そうしよう。
「んじゃ、そういうことで。よろしく頼むぜー」
「はいはい。明日までに答えだしますから」
「それ、すぐ突き返すってことだよな?」
「さぁねぇ。じゃあ、私たち中等部生徒会と交流会あるから。太田、行くよっ」
会長からの返事のせいで本当に困ったというような顔をする赤井先生。ドンマイ、俺たちもできることとできないことあるから。うん。先生に向かって軽く会釈をした俺は、歩いていく会長の背を追って歩く。校舎の連絡橋を渡れば、すぐに指定された教室へとたどり着いた。
視聴覚室と書かれた部屋のドアを開ければ、その中には数名の生徒が居残っていた。コの字型にされたテーブルの、丁度議長が座る場所には中等部生徒会長の南谷、その周辺には他の生徒会メンバーと思しき人たちが数名。そして意外なのは……なぜか氷雨がいること。今日はここでも委員長会が行われていたはずなんだが……うちの義妹ってなんか委員長とかやってたん?
「え、ああ。氷雨ちゃんにはちょっとお手伝いを頼んでたので」
「板書係ですよ~」
「さようで」
「字だけは綺麗だからね~」
うん。”字だけは”な。そこを自覚していて偉い。じゃあもっと勉強しような。
「嫌です」
「嫌なんかい」
「勉強なんて社会に出たらそんなに必要ないし」
「一応中学生なんだからあるって言っといてくれ」
じゃないと生徒会にいるおにいが困っちゃうから。確かに仕事で使うスキルなんかはほとんど大学とかで覚えるもんなんだけど。その基礎基本を作るための学校だからな? うん。
これから交流会というのを知っていた氷雨は帰ろうとしていたが、うちの会長と南谷が引き留めて飛び入り参加ができることになったようだ。なんか兄として申し訳ない。
それから時間が経ち、なぜかうちの生徒会長が氷雨を抱いて頭をなでている時に、俺はこっそり南谷に予算のことをリークしておいた。
「あー、そういえば予算の方だが、なんか教頭が怪しいらしいぞ」
「えっ……本当ですか!?」
「ああ。こっちの顧問が言ってたから間違いない」
「こっちは責任負えないって突っ返したんだが、職員会議で教頭がこのままでいいから他の予算をやりくりしてなんとかしろって言ってきたらしい」
俺からのリークを聞いた南谷は、めちゃくちゃ嫌そうな顔をして「うわー」っと小声でつぶやいていた。どうやら彼女も今後の地獄に気づいたのだろう。
がっくり肩を落とす俺たち。どうやら5月はゆっくりできそうにない……そう思っていた。
〇 〇 〇
それから1週間後の水曜日。俺たちのもとに1つのニュースが入ってきた。内容は、うちの学校の中・高等部の教頭2名に加えて、他の学校の教頭数名が不正所得云々で逮捕されたというニュースだった。
どうも、部活動や文化祭等の予算を不正に増額し、学費からも着服して合計で1000万くらいをパクったらしい。しかも、7年くらいやってたんだとか。そういえば、最近教頭がソワソワしてたし、月曜の授業中に教頭が校長に呼び出される放送が校内に響き渡っていたような……。
ちなみに、その後の予算だが、教頭が捕まったので全会一致で組みなおしになった。学園側からしたら、今後学費を払った人たちへの対応もあるからだろう。つまり、俺たちがやる”部活動予算の承認”の作業はむこう1月程度引き伸ばされたということで……。
結果、さらに面倒なことになった。