第12話 ヒサメちゃん 怒るの巻 後編
あれから、夏帆ねえが作った絶品お好み焼きを3人でつつき、おしゃべりしたり一緒にお風呂入ってキャッキャウフフのサービスタイムを堪能。今すぐ動いてもいいけど、ストーカーが夜に徘徊しているとは考えにくかったので、その日はそのまま就寝。
翌日。土曜で授業がないから、私は朝から行動を開始。向かった先は……歩いて10分もないくらいの土手……の線路が通ってる鉄橋の下。
「ごめんくださ~い」
「ん? おお、ヒサメちゃんじゃないかい!」
「あら、本当だわ!」
「みなさん元気してました~?」
コンビニで買った肉まんの袋を両手いっぱいに持っている私に暖かく声をかけてきてくれたのは、ボロボロの服や靴を着たおじちゃんとおばちゃんたち。そう、橋の下に住んでいるホームレスの方々だ。肉まんはお土産なのだ。
「ここに来るってことは、なんかあったのかい?」
「ええ。依頼というよりは私事ですが……協力していただけます? 報酬もお出しするので」
「報酬なんてそんなのいいのよ。いつもいっぱいもらっちゃってるんだから!」
「いえいえ。皆さんのおかげで何度も真相に辿り着けてますから。その分の価値はまだ払い終えてないんですって」
そう、彼らホームレスは私のようなワンマンの情報屋にとっては何にも代え難い情報源だ。ただでさえ私はよほどのことでなければ昼間は学校に行かなければいけない縛りがあるため、他の情報屋よりも扱えるものが少ない。そこで、そんなときはこのようなホームレスさんたちに色々監視してもらう。
ホームレスさんたちは、昨今の社会からの広義的な解釈のおかげで道端に座っていても異常だと思われないし、まさか裏の情報屋とつながっているとは思われないし、家を持たないからこそ治安や政治・環境の変化に敏感な、最高のレーダーなのだ。彼らがいなかったら迷宮入りの事件は、私が扱っているのだけでも4件ほどある。
「それで、何があったんだい?」
「それがですねー……かくかくしかじか、こうこうで。この人をストーキングしてるっぽい人を見たら特徴を教えてほしいのですよ」
「なるほど、そういうことなら任された!」
「お願いしますね」
私のお土産の肉まんを頬張りながら熱心に私の説明を聞いてくれるホームレスさんたち。その目は社会の雑踏に埋もれた人たちよりも逞しく、とても頼りになるような瞳をしている。
彼らなら絶対に何か掴んでくれる……そう思った私は、暑くなってきたから次からの差し入れはアイスにしようと思い、その場を離れたのだった。
〇 〇 〇
その後、数日であっさりと夏帆ねえのストーカーの身元が割れました。本当に数日で割れると思っていなかったので聞いた時はあんぐりと口を開けてしまった。
「そう、この男。親方に言って履歴書をもらってきたぞ」
「そこまでの大仕事を!?」
「いやなに、オレが今いる現場の親方の組に最近入ったやつらしくてな。少し眼光が危ないって有名らしかったんじゃよ」
「そ、そうですか」
なんとなんと、今回はラッキーなことに、一人の日雇いバイト先とストーカー野郎が働いている場所が一致していたようで、大工の親方に話しをつけて履歴書を入手してくれたんだそうです。もちろん、組長にはそのストーカー野郎にはなんも話さず放置しておくようにも交渉してくれたようです、マジで有能。You know? I know you are talented from the beginning。
ふむふむ。犯人の名前は本島、なるほどなるほど、ヒキニートだったけど、家を追い出されそうになって、今は今の親方がいる大工の組でお仕事ですか。なるほど。給料手取りで15万もらってる? うっわぁ。ヒキニートにしてはいいお給料もらってるじゃないですか。
「なるほど、ありがとうございます。ここまでわかれば、あとは大丈夫です!」
「おう、いいってことよ!」
「じゃあ、これ今回の報酬です。……ただ、あまりにも功績がでかいので、後日またお持ちしますね! その時の差し入れ何がいいです?」
「「「「アイス!!!」」」」
デスヨネー。
〇 〇 〇
その次の週の日曜日。まだ夏帆ねえは狙われているらしいので、おにいが護衛も兼ねて一緒にショッピングに行くことになったらしい。正直私もその輪に混ざりたかったけど、おにいと夏帆ねえのせっかくのデートに水を差すのもアレなので、こっそり後ろからストーキングをすることにしました。
え、犯人は私? 違いますよ。ストーキングしてる犯人を懲らしめるためにストーキングするんです。いいですか?
「んじゃ、行ってくるから。昼は適当に冷蔵庫の中のモノで作って食っていいぞ」
「は~い、わかりましたー」
「拗ねるなって……いくら運動神経がいいお前でも、ストーカーは怖いだろ」
「ま、まあそりゃそうですけど」
うん、そりゃあ一人の人間として尾行されてたら怖いですよ。でも誰だろうと尾けられていたらすぐわかりますよ。だって忍者なので。でも、忍者だからついていくとも言えないのでここは諦めるふりをしておきましょう。どうせあとで追っかけるんだけどね。
少しいい服を着せたおにいが夏帆ねえと待ち合わせをしたところを自室の望遠鏡で確認した私は、急いで支度を済ませる。流石に日中に黒装束なんてしようもんならめちゃくちゃ注目を集めてしまうので、そこらへんにいる通行人の少女Aっぽい恰好をして家を出る。まあ、服の下には暗器とかいっぱいあるし、靴にも指にも仕込んでたりするんだけど。
おにいたちから遅れること3分。小走りをすれば、私の前方40mくらいのところに一瞬だけ、うっすらおにいと夏帆ねえの後ろ姿が見えた。私は身長が低いから、すぐに前を歩く人の陰で見えなくなってしまったが、確かに歩いているのは確認した。だったら、あとはこうシュババッと接近して……挙動が怪しい人を見つければ……
『な、なぜだ……なぜあんな男なんかが……おれの夏帆ちゃんと……!』
おったーーーっ! 小声で夏帆ねえの名前をつぶやいて、血走ったような眼で夏帆ねえとおにいを凝視しながら一定の距離を保って進んでいく怪しい男おったー! そうでしょ、絶対こいつが元ヒキニートでしょ!
ん-、でも見つけたはいいけど、ここはちょっと人通りが多すぎるかな。だから、悔しいけど私は少しだけ様子を見ることにした。少しでも怪しい動きをしたら取り押さえられるような位置関係を保ちながら駅の方面に歩いていく。
そして、駅についたのだが……駅に乗り入れている路線は、タイミング悪く異音がしたとかで運転を見合わせていた。これは、たまたまの偶然だったのだが、運がいいことにおにいたちは駅から少し離れた喫茶店に入ってくれた。 当然、喫茶店の中までストーカーは入れないわけなので、店からちょっと離れた裏路地に身を潜めてくれる。
そうすれば、どうなるかわかりますね。
Let's 捕獲ターイム!
「……動くな」
「ッ!? だれだおま——」
「動くなと言ったじゃないか」
一瞬で背後を取った私が声をかけると、驚いたような顔をしたストーカーくんはこちらに勢いよく振り返る。その瞬間、私の姿がギリギリ見えないくらいのタイミングで目潰し代わりに顔面に右ストレートを一発。もちろん軍手をして。パンチであっても、ストーカーに女の子の素肌を触らせるわけがないでしょう、
「よっこいせっと!」
「あぎゃあ!?」
続いて目潰し。特殊なピックを使い、眼球にダイレクトアタック。失明することはないが、少なくとも向こう1週間は光を望めないだろう。
「貴様、私の大切な人をよくもストーカーしてくれたな。待っていろ、今すぐ最高の地獄を見せてやろう」
「な、ひぃぃぃ!?」
今回の私はおこです。ひじょーにおこです。なので、普段こういうやつはぼっこぼこにするだけで済ますんですが、腹がたってしょうがないので、とあるところに持っていきます。
と、いうわけで。
「こいつが、おたくの傘下の建築会社で働いてたストーカー君です」
「きさまかああああああ!!!」
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」
私がやってきたのは、このヒキニートが勤めていた建築会社……の、親会社。一言で言えば極道さんです、はい。この組はヤクとかもやってないし、ものすごく悪いことをやって資金を集めているわけではないので、仁義を守るいいところ。しかし、ストーカーなど言語道断。怒り狂う組長を見ると、この変質者の命は保証できませんね。
「しかも、しかもなんであの”ラストニンジャ”の大切な人をストーキングしてんだおめえええ!!」
「ひぃぃぃぃぃぃ!?」
あー、さっきからこの人恐怖すぎて「ひぃぃ」しか言ってませんね。失禁してるし。きっしょ。
しょうがないので、私は自白剤入りの吹き矢を使って、無理やり吐かせることに。
「もういいですよ。質問をしてください」
「なんでてめぇは”ラストニンジャ”の大切な人をストーキングしやがった」
「だ、だってあの子は、あの子は……! 僕に手を振ってくれたんだ! あの子も僕のことが好きだったんだ!」
「「は??」」
その後も、よくわからない主張を続ける元ヒキニートのストーカー君。聞いてる限り、どうも学園祭かなんかでミスコンやったときに、たまたま来ていたストーカー君が見える方向に手を振っていたそうな。そして、それに惚れて、自分が好きだから自分に手を振ったと解釈をしたこの人は、夏帆ねえを追い回すようになり、告白するのを待っていたんだそう。
うわぁ……マジでそーゆー勘違いする人いるんだ。 きっしょ。
「……なんか、私も身の危険を感じるので帰っていいですか?」
「ええ、結構です。”コレ”の処理は、こっちでしても?」
「むしろお願いします。触りたくないから」
その後、私はヒキニートの処遇について聞くことはなかったけど、2週間くらいしたあとで知り合いの情報屋から”横須賀港でセメント漬けにされた溺死体が見つかった”という話を聞いた。おそらくはそのヒキニートだろう。
さて、それからというもの、夏帆ねえをつけ狙う不届き物はいなくなったそうで、おにいも登下校で夏帆ねえと一緒に行くことはまた少なくなってしまった。
しかし……お世辞にも勉強ができると言えない夏帆ねえは、あれからちょくちょく家に勉強を教えてもらいに来るようになった。
めでたしめでたし。 かな。