4.幻の花
「直近の演算結果では、この二日後、龍馬の死体が役人の現場検分の真っ最中に消えたという噂が市中を駆け回っています。中岡慎太郎は史実通りに死にますが」
こんのすけの報告を聞いて、陸奥守は顎に握りこぶしを当てて考え込んだ。
「まだここで引き下がるわけにはいかん」
「龍馬が生き延びたなら一体どこに?」
と加州はなかば独り言のように言う。
「おそらく、暗殺事件のあとはどこかの藩邸にかくまわれるのでしょう。京都から出るような目立った動きは捕捉できません」
こんのすけは宙に浮くパネルを操作しながら言う。
「演算結果は改まらないままですが、いったん本丸に戻って出直しましょう」
「そうじゃな。腹も減ったことじゃし、…ん? 南海先生は……」
陸奥守は南海がいないことに気づいてあたりを見回した。
「ちっと待ってろ。俺が見てくる」
と肥前は近くを探しに行き、角を曲がってすぐのところで南海が道端にしゃがみこんでいるのを見つけた。南海の目の前には、異常な大きさの花々がほんのりと光を放ちながら咲き誇っている。
「先生、帰るぞ。なにしてるんだ」
「肥前君、ここに花が咲いているねぇ」
南海は肥前を振り返って、花を指さす。
「鉱物の結晶を思わせる、不思議な輝きの花だね?」
「それがどうした? もう加州たちが見つけて報告してきたじゃねぇか」
肥前は首を傾げた。
南海は花のまわりの土を触りながら言う。
「僕はこれを採取して帰りたいのだよ。実に興味深い」
「相変わらず物好きだな、先生は」
肥前はあきれたように言う。
南海は薄笑いを浮かべて花を見ている。
「ところがねぇ、この花は触ることができないのだよ」
「ンア?」
「肥前君も触ってみてくれないかい」
肥前は試しに花を摘んでみようと手を伸ばしたが、手は花をすり抜けてしまった。
「ん……なんだぁ、こりゃ」
肥前は花や葉の部分で手をひらひらさせてみるが、南海の言う通りまったく触れることができない。
南海は嬉しそうに言う。
「もしこの花が立体映像なら投影装置があるはずなんだ。こんのすけが操作している盤面も、政府の通信端末であるこんのすけ自身が投影している。ところがそれらしい装置はどこにもない」
「こりゃあれだろ、時間遡行軍が出してる幻かなんかだろ」
「うん、それなら時間遡行軍を撃退したら消えてもいいはずなんだ」
「……まあ、確かにそうだな」
「こんのすけは時間遡行軍の反応は消失したと宣言した。それなら、この場に残り続けるこの幻の花は一体なんだろう? 僕だけが見ている幻ではない、肥前君にも見えている。幻の花が咲くこの場所とは、一体なんなのだろう」
肥前は首を傾げながら聞いていたが、
「分かんねーこと考えてもしょうがないだろ。こんのすけを通して政府に報告すりゃいい。帰ろうぜ」
と南海の腕を引っ張った。
「そもそも触れることのできない幻の花が僕たちの目には見えていて、町ゆく人々の目には入っていないことからしてありえない。現実的ではない」
肥前に手を引かれて歩きながら南海はまだ独りつぶやき続けている。
「確かに見える、存在している、それなのに現実ではないもの。まるで夢のようだよ」