土魔法しか使えない男が龍殺しの英雄になるまで
ちょっとフリが長すぎるかも?
男には「土魔法」の才能があった。
しかしほかの魔法の才能はなかった。
人はみな、何らかの魔法の才能を持って生まれてくる。少なくとも五や十の魔法を使うことができ、世間に名を轟かせるような天才ともなれば百や二百の魔法を使いこなす。
ちょっとした暑さ寒さをしのぐにも、不要になったごみの処分にも、いろんなところで魔法は使われている。たった一つの魔法しか使えない男にはこの世界はとにかく生きづらいものだった。
「土魔法」の特性は、指定した土の塊を固くすることと、その硬くした塊を自在に動かすことだけである。
決して使い道のない魔法ではない。硬くした土を自在に動かし、標的に高速でぶつけることで致命的な打撃を与えることができる。棒状の土を固めて武器とすることも可能だ。
時間と魔力を注ぎ込めばいくらでも硬くすることができるこの魔法は、時間と魔力さえつぎ込めば魔法と物理の両方に強力な耐性を持つ魔物にも有効打を与えられるため、好んで使うものも多い。
ただしそれは、時間と魔力を潤沢に使用できる場合に限る。
魔法と物理に耐性を持つのはそもそも強力な魔物なので、迂闊に近づけば即死する。そんな中、十分な破壊力を持つまで土魔法を行使するためには、事前に十分準備できるのでなければ生き延びるための手段が別に必要なのだ。たとえば、魔物の魔法を防ぐ防御の魔法であったり、攻撃を検知するための魔法であったり、そんなものが。
男は土魔法しか使えなかった。
図書館に通い、そこに記載されている魔法を片っ端から試したが、ついぞ土魔法以外が発動することがなかった。そんな男を養っておく甲斐性のなかった両親は、男が十二歳になり成人とみなされたとたんに男を放り出してしまった。
それしかできない男には、誰にでもできるようなキツいうえに金にならない汚れ仕事しか回ってこない。いつまでたっても貧乏で、食うや食わずの生活を強いられることになった。
そんな現状を打破するためには、凶悪な魔物を狩るハンターになるしかない。危険な生業だが、今の生活よりましだ。
男は唯一使える土魔法を実戦で使えるようにするための訓練にすべての時間を当てた。お金がないので町を出ては森の中に生えている草や木の実を食べる生活。気候がいい半年のうちに、何とか稼げるまでにはこの魔法を訓練する必要がある。
土魔法は、指定した土塊を固くする魔法である。
寝泊まりしている穴倉で湿った土を集めて泥団子を作ると、土魔法をかける。この状態を維持していると、徐々に泥団子が固まってくる。
この状態の泥団子は自分の意思だけで動かせるのだが、初めからうまくいくわけではない。手のひらから少し浮かせるぐらいのことはできたが、その場をふらふら漂うばかりで、とても狙ったところには動かせなかった。
昔一度だけ見た土魔法使いは、飛ばしたときにはもう土塊が的に当たっていて、まるで見えなかった。まず目指すのはそこだ。
しばらく土を固くしながらふらふらと動かしていると、不意に糸が切れたように落下し、土塊は柔らかい地面にめり込んだ。魔力切れである。
こうなるともう何もできないので、食料を集めたり周囲に危険が迫っていないかを確認したりして回復を待った。
一週間が経ったころ、男の住処である穴倉の周りには、黒光りする球体がいくつも埋まっていた。試しに触ってみるとそれは固く、冷たく、そして重い。
土魔法の魔力消費は魔法をかけるときの土の量と重さによって増えるが、一度魔法にかかってしまえばそれを維持している間にかかる魔力は一律だ。よって、セオリーとしては「適当な重さの土塊を」「素早く必要な硬度・重さまで変化させ」「それを正確に操作して標的にぶつける」となる。
十分に硬化させた土塊はもはや重すぎて、新たに土魔法の対象にするのは困難だ。結果、使えなくなった塊がそこらにあふれることになったが、男にはそれがトロフィーのように感じられ、時折撫でてはこれまでの成果をかみしめるようになった。
半年が経った。
いよいよ森に雪が降り始めたころ、男は相変わらず森の中で訓練を続けていた。
男の住処はたまたま見つけた洞穴から、水場の近くに作った黒く四角い建物に移っている。外壁は土魔法の練習のために作ったレンガ状の「物体」であり、非常に硬く重いため魔物などに襲われる心配も少ない。最も、このあたりにはそれほど凶悪な魔物は生息していないわけだが。
心残りがあるとすれば、屋根の部分だ。重たいレンガをつないで作る、ということはできないため、薄い土の板を限界まで硬くして何層か積んでいる。もし折れたりしたら確実につぶされることになるのが目に見えているため、あまり重くできなかった。壁に比べると百分の一の強度もないだろう。
そのころには、男の土魔法はそれなりのレベルになっていた。土を握り、魔法をかける。投げる勢いも利用しながらそれを加速すると、木の幹をへし折るぐらいのことはできた。駆け出しのハンターとしては十分な威力だ。
男ほどの年齢でここまでの土魔法を使う者はいない。それは単純に男がこれしかやってこなかったからだ。普通はほかにいくつもの魔法を訓練するのだ。
男は町に戻るとハンターの登録をした。
半年間ほかのすべてを捨てて打ち込んだ土魔法は有用で、拍子抜けするほどあっさりと男のハンター生活は軌道に乗った。
三年ほどが経過し、男が十六になったころ、森に魔物が大挙して押し寄せてきた。どうやら遠くに見える山の向こうから強大な魔物がやってきた影響で追い立てられた魔物たちが町へ押し寄せているのだろう、というのがハンター組合の見解だった。
男はそのころ中堅ではあったが、応用が効かないため後方に配置され、防壁に寄ってきた魔物の撃退と防壁の修理を行っていた。
八面六臂の大活躍で一躍有名に、というわけではなかったが、堅実な働きで一定の評価を得て、その時知り合った女性と結婚し後に子供も設けることができた。
さらに十年ほどが過ぎたころ、男は行き詰まりを感じていた。
同じ年頃のハンターたちは、複数の魔法が実用レベルに達し、男には到底狩れないような魔物を狩るものさえも多く現れている。
一方の男はと言えば、相変わらず土魔法しか使えないので、その練度は一流と言って差し支えないが、今の街では持て余し気味でもあった。
加えて、その土魔法でも壁に当たっていた。土魔法に限った話ではないが、魔法にも限界といわれるものは存在する。それは単純に、つぎ込める時間と魔力の限界によるものだ。
今の男であれば泥だんご程度の大きさであれば消費より自然回復量のほうが多くなるので魔力の問題はなかったが、時間はそうもいかない。人間には睡眠が必要で、眠ってしまえば魔法は維持できないのだから。
限界を感じながらも朝起きてから寝るまで毎日土魔法を使い続け、家の周りにめり込んだ土の玉が一万を超えたころ、男は無意識に魔法を維持できていることに気がついた。奇しくも四十二歳の誕生日のことであった。
更に一年の訓練の結果、ついに一晩寝たままの魔法の維持に成功した。一つの魔法だけを三十年間使い続けた男だけが到達した境地であった。
三年後、男は街に飛来したドラゴンを討伐した。かつてのスタンピードの原因になったと思われる強大な魔物だ。あらゆる魔法と物理を跳ね除けるとされる強力な結界と鱗を持つそれを、限界を超えて硬化した土の弾丸で穿き屠ったのだ。
こうしてただ一つの魔法しか使えない男は龍殺しの英雄となり、家族に囲まれ末永く幸せに暮らしたという。
おしまい。
★
虚仮の一念、岩をも通す。
ただ一つのことに愚直に打ち込んだ男が報われて龍殺しの英雄となってから四十年が経った。
八十五歳を迎えた男の傍らには、人生の半分を共にした土の玉と、それよりも長く共にあった伴侶の姿がある。
その伴侶も病の床に伏せ、子や孫とともに今までのことを語り合っていたとき、それまでずっと共にあった漆黒の闇、硬化の魔力を受け続けた土の玉が不意に消失した。
男と家族はそれを見て不思議なこともあるものだと首をひねる。魔法自体はまだかかっている感覚があったが、これ以上続けても仕方がないので長く続けた魔法を打ち切る。感謝の気持ちを込めながら。
「――
土魔法による土塊の密度、即ち質量の増加は魔力と時間に比例すると考えられていたが、それは初期の現象であり、長期的に見れば超質量による時空の歪みから指数関数的に増加する事になる。
四十年以上もの永きに渡り土魔法の魔力を受け続けた土の玉はその重さに耐えきれず内部に崩壊しブラックホールへと変化していた。内部崩壊し見えないほどの大きさになった土の玉を男が認識してからの僅かな時間でもその質量は際限なく増え続ける。
魔法が続いている間は外部の重力から完全に遮断されていたが、魔法の終了とともにその制約から解き放たれ、辺りの一切を飲み込んで世界に滅びをもたらした。
至近距離で突如それに巻き込まれた男とその家族はほぼ静止した時の中で最後に何を見たのか、それを知るものはこの宇宙に存在しない。
(世界の)おわり。
お付き合いいただきありがとうございました。
魔法は物理の制約を受けませんが発現した現象は物理の影響を受けると思います!元の世界から見るとこの人たちは滅びたかと思われますが、男の土魔法の中にはもう一つ宇宙ができている説を私は支持します!男は英雄から創造神に進化したはずです!