タイマンロード その三
「ゴバさん、ついにクギュン組が動きます」
その言葉にゴバビバクルガはスクワットをやめた。
「そうか」
そういって机に置いたタオルを取り、滴る汗を拭く。上半身は裸で、ひきしまった腹筋が自然と目を引く。
「ロッポの準備は?」
「あと二日ほどです。やつらはコピルークが出る直前にAを取りに来るでしょうから、ほぼ確実に間に合います」
「そうか」
そういって今度は玄関へと向かった。
「どちらに?」
「ちょっと走ってくる。クギュンさえ倒せばついにパポパと戦うことになるだろうからな」
「いけません。クギュン組の魔法をくらう可能性があります。ロッポの存在がバレてしまえば終わりですよ」
そういうとゴバビバクルガは面倒臭そうに首だけをこちらに向けた。
「そうならないようにロッポには名前を変えさせたろう? それにそんな魔法を持つのならばもうとっくにバレているし、ここまできたら考えるだけ意味がない」
そういって扉を開けた。外からの風が暖かい室内を一瞬にして冷やす。
「一時間ほどで戻る」
パポパは腹筋をやめた。そして裏返り腕足せ伏せを始める。彼は一日に500回ずつ、スクワットを含めてやると決めていた。それに気分次第で数を増やすし、走ったり、また新しい筋トレを本で学んだりしている。この前はヨガに手を出した。それほどに彼は力に飢えていた。
パポパは凶悪犯罪者の息子だった。子供は石を投げ、大人は言葉を投げた。そんななか、彼の性根は歪みかけていた。いや、少し今も歪んでいるかもしれない。実際彼が敵を馬鹿にしたり、弄んだりするところはよく見られている。そのような試合の後、彼は反省しまた鍛錬に努めた。
そんな彼の性根が歪み切らなかった理由は、ひとえにタイマンロードにあるとしか言いようがないだろう。彼は強さにあこがれた。小さな男の子にとっては力は絶対だ。高いIQなんて子供が持とうが意味がない。タイマンロードは彼を優しく迎え入れた。強い者は弱い者を守る。すなわち年少者はトップ層に守られていた。これは一種の伝統だ。クギュンが来てからは見る影もないが。
8歳のとき、彼が本格的にタイマンロードへと身を投じたのは8歳だった。それまでは入道し、試合を眺め、どこから来たのか全く分からないおじさんの解説を楽しく聞いていた。
初めてのタイマンは10歳だった。そのとき彼はAランクのバンデルという男に養われていた。バンデルは初タイマンを控えたパポパにひとつアドバイスをした。
「満足するということは、その後老いるだけだ。絶対に満足するな、常に上を見ろ。そうすれば若くいられるし、進化し続けられる」
パポパの初試合は惨憺たるものだった。相手も10歳で、いわばエキシビションみたいなものだったが、パポパは多くのギャラリーを前にしてガチガチになってしまった。魔法は成功せず、敵の魔法ばかりが成功する。相手の魔法の予想なんてあたるはずもなく、意味もない深読みで墓穴をほった。結果、二分程度で彼は負けを宣言した。さすがにタイマンロードといえど、少年に死は要求しない。大体18歳くらいから負けの宣言が嫌な目で見られるようになる。
試合後、彼はタイマン場のそばで泣きじゃくった。そんな彼にバンデルはこういった。
「勝ちたかったら頑張れ。結局それしかない」
そういってバンデルは家へと帰っていった。
彼はもう負けたくなかった。勝ちたいとかではなく、バンデルがさっさと家に帰ったことが彼にとっては何よりも怖かった。
彼は敵を恐れた。自分の実力不足を認めることができなかった。負けることが異常なほど怖かった。一人で帰り、バンデルのいつも通りのふるまいを見ても、安心できなかった。相手のふるまいが頭にこびりついて離れなかった。ただ勝つことが当たり前のような顔は、彼の憎しみを打ち消し、恐怖を与えた。このときから、彼の目標とする姿はバンデルからその相手に移ったといえる。名をテンといった。
パポパの物語はここから15歳まで動かなかった。彼はもちろん努力を続けた。才能はもとからあったのだから、当然というべきか。彼はこのころ同年代で一番の実力を持っていた。テンはすでにおいこしていた。はずだった。彼はなぜかテンだけには勝てなかった。マナの総量、魔法の精度、敵の行動の先読み、あらゆるところでテンに勝っていたはずが、常に負け続けていた。負けた日はバンデルに会うのが憂鬱だった。そんな時、彼を変えることが起きた。
バンデルが死んだ。負けたのだ、それもパポパと同じ年齢の男に。その男は外から来たらしい。名をゴバビバクルガと名乗った。
彼は最初、それを信じることができなかった。いや、信じろという方が無理な話だろう。バンデルはそのころ28歳。まだまだ現役だったし、どんどん読みの冴えが増し、全盛期を更新し続けていた。Sに上がれるんじゃないかとの話すらあった。そんな男がどこの馬の骨かもわからない男に負けた。しかも自分の同い年だというのだから。
彼はバンデルの死体を見て泣いた。彼にとっての親とはバンデルただ一人だろう。彼はゴバビバクルガを探し、タイマン場の周りを駆け回った。彼はCの段ボール小屋に住んでいることを聞き、そこへ向かった。
そこへ向かっている間、彼はゴバビバクルガの行動を考え続けていた。普通ランク外ならCに挑む。そこでAに挑むというのは彼には理解できなかった。
その小屋には人だかりができていた。それをかき分け、前へ出る。そこには一人の痩せた男が立っていた。ゴバビバクルガはCランクのカタログ欄から食料をえらんでいたらしい。一日分のご飯をその場で食べ切ろうとしていた。
パポパは声をかけた。
「おい、あんたがバンデルさんを殺したのか?」
パポパはバンデルの死は信じたが、このひょろい男がバンデルを殺したという事は信じられなかった。
彼は答えなかった。おそらく同じような質問ばかりされたのだろう。親指を立てて突き出してきた。
次の日、パポパはテンに勝った。彼は考え方が変わった。
俺は満足していたんだ。負けになれ、バンデルさんが俺が負けても見捨てないということを理解してしまった。目指すべきはテンじゃなかった。頂点。すなわち、この星で最も強い者。
「パポパさん、パポパさん!」
気づけばトングが声をかけてきていた。
「どうした」
腕足せ伏せをしながら応えた。
「どうするもこうするも、ついにクギュンが動きますよ。このままじゃAはあいつらに占拠されます」
「だから俺は名前を貸すだけだ。そういったことはベランチに聞け」
「そのベランチさんが先ほどタイマンに負けて殺されたんですよ」
パポパはため息をついた。そして腕足せ伏せをやめ、トングに向き直る。
「クギュン組のリッケルか?」
「そうです」
「じゃあそうだな。密偵はもうだしてんだろ? ということはまあ、ゴバビバクルガも動いているだろうな。ゴバビバクルガの方に任せといていいと思うが」
「つまり自分たちは動かないと?」
「動かない方がいい。変にうごいてお互いの計画が破綻するのが一番まずいだろうからな」
「わかりました」
そういってトングが下がっていった。
パポパはまた腕足せ伏せを始めた。
「じゃあ始めようか」
そういってビビデが構える。
「じゃーんけーん、ぽん」
ビビデが勝ち、一食分の食料を手に入れた。
同じことを繰り返してダンバスタの分ももらい、食べる。
コピルークが出ていくまであと13日。時計を見るとちょうど正午だった。なんだかラッキーな気分になった。今日の集会は5時からなので、まだ十分時間はある。ビビデと一緒にいろいろ検証しておくことにした。
まずはタイマンロードの外へと出て、魔法が発動するかどうかを検証する。ビビデと一緒に退道し、ビビデに探知魔法と強化魔法をつけて、ビビデだけを中に入れた。三分ほどしてから中に入る。
「どうだった?」
「だめだね。強化魔法は発動しなかった。つまり持続型は無理ってことだね。探知は?」
「だめだ。中の様子は見えない。これも単発型は無理として考えていいな」
「つまりバックスが外にいる可能性はないってことだね。これはいい情報だよ」
「じゃ、次もやってこうぜ」
ビビデが近くのクギュン組に声をかけ、じゃんけんを申し込んだ。タイマン場へと上がる前に強化魔法をつけておく。
じゃんけんが終わり、ビビデが勝ったので声をかけた男が「じゃあパーだすから」といった。
「いや、次はこの人とやってほしいんだけど」
そういってビビデはダンバスタを指さした。
検証結果をまとめるとこうだ。ビビデがクギュン組のやつとじゃんけんをやったときは強化が発動しなかった。また、探知もできなかったので基本的にそとから中への干渉は不可能として考えていいだろう。
逆に言えば中から外へはできるが、これは別に活用できるようなものではない。
本物のクギュンは顔は本物だからタイマンで顔は変わらず、タイマンした後はすぐにクギュン全員と外に出てわからないようにしているそうだ。これのおかげでC以下にしかクギュンはいないという結論に至れるが、別段候補をしぼりこめるようなものでもない。位置を入れ替えたり、かかっている魔法を入れ替えるといったような魔法の存在も考えられることから、タイマンを利用して、クギュンの本物を探すのは不可能だろうといった結論に至った。
「まあわかっていたとはいえ、かなりきつい状況だね」ビビデがそういった。
「しょうがないと思うぜ? それにしばらくしたら絶対にバックスにはたどり着けるだろうしな」
そういうとビビデは浮かない顔をした。それを見てまたダンバスタが口を開く。
「お前も脳の許容限界を知らないわけじゃないだろ?」
それを聞いたビビデがむっとする。
「知ってるよ。三つ以上の魔法、もしくはそれに準じるレベルの魔法を同時に発動するのは脳が負荷に耐えられないってやつだろ? だけど単発型は発動したらプログラムされたことを自動でやるから、許容限界に引っかからないってことをいいたいんだろ。それでいつかは魔法の効果がきれるから、ユイの探知をクギュン組の何人かにくっつとけばいい。そしたら魔法をかけなおすために絶対に周期的に一つの場所に集まる」
「なんだ、わかってるじゃないか」
「問題はそんな簡単なこと、もうとっくにやってると思うんだよね。探知は使ってるやつあまり見ないけど、めちゃくちゃ少ないってわけじゃない。幻覚魔法といった有名な強魔法への対策としては有名な部類だよ。それに敵の頭の中を読むってのも結構な条件をつければ不可能じゃない」
ビビデの言葉にダンバスタは少し考えたあと応えた。
「だとしてもしょうがないだろう。俺の魔法じゃこれが限界だ。それともビビデはまだ魔法を隠しているのか?」
ビビデは首を横に振った。
「じゃあしょうがないだろう。とりあえず記録してこうぜ」
ダンバスタはそういって紙とペンを取り出した。検証のあとにビビデにじゃんけんを申し込み、勝ったダンバスタがカタログから選んだものだ。格納魔法を試してみたが、発動はできても中には何もなかった。
探知魔法はクギュン10人につけておいた。できればもっとつけたいのだが、あまりクギュンにばかり絡みすぎて、怪しまれても困る。
「今のところ、クギュン組が持ってる二つAの豪邸に訪れてるやつが多いな。ミスリードか、それとも堂々としているだけなのか」
「次は?」
「うーん、微妙なんだよな。タイマン場だとか、そういうみんな行く場所ばっかり。確かにこういうところで魔法を使えばいいだけだもんな」
「でもそれじゃあ僕みたいな魔法をもつやつらの餌食だよ。やっぱりAの豪邸のどちらかってのが正解だと思うね」
「というか身なりを変える魔法を使うやつは本当に一人なのか? 複数人いるなら持続魔法の可能性もあるから、俺の探知魔法は意味をなさない」
「それはないよ。ちゃんと集会の時に全員見といた。というかユイの探知魔法って発動条件はなにさ」
「対象にさわる。対象に魔法をかけられる。対象の所持品に触るの三つだな」
それを聞いたビビデは紙と睨めっこしたあと、顔を上げた。ダンバスタも紙に視線を落とす。
「ふー、だめだ。とりあえず集会にいこっか」
今日も二号が中心となって集会が行われた。今日の議題は昨日言った通りAに挑む三人を決めるそうだ。
「さて、決め方なのですがくじ引きで行こうと思います。皆さんにいまから数字を書かれた紙を渡します。その後この箱の中から紙を引きます。もちろんですが全員分の数字が書かれていますよ。疑っている人は箱を調べてもらって結構です。なんなら引いてもらってもいいですよ?」
二号の言葉に反応するものはいなかった。やがて一人の男は手を挙げた。
「私が引きたいです」
全員がそちらに顔を向ける。そこには丸刈りで、耳たぶの大きさが鼻の横まで達している男がいた。
「おや、リッケルさん。あなたは不正を疑っているんですか?」
「いえ、ただくじが引きたいです」
なんだこの男は。そう思った瞬間、リッケルは中央にいた。瞬間移動だろうか。いや、だとしてこんな大勢の前でやるか? スパイは必ずいるだろうし、すでにタイマン場の上で披露しているのだろうか。
そう考えているうちに、紙が回ってきた。とりあえず真ん中のあたりから一枚引き抜いておいた。24だ。
「それではみなさんいきわたりましたね。始めますよ、リッケルさんお願いします!」
リッケルは箱の中に手を突っ込み、同時に三枚を引き上げた。こういうのは一枚一枚やるから楽しいのに。
「12、102、48」
「はい、みなさん聞きましたか? 12、102、48です。繰り返します。12、102、48ですよ。スパイの存在を考慮して確認はしませんが、魔法を使って誰が何番を引いたかは把握しています。あと13日でコピルークがでるので、ちょうど当日でもいいんですが、失敗する可能性も考慮、私達が失敗しても次のチャンスがあるように6日後に行います。午後9時にタイマンの申し込みは終了するので、時間は余裕をもって行動してください。そうですね、正午がいいと思います。それでは次回の集会は13日後に行います。お忘れにならぬよう」
集会が終わり、いつも寝ている場所にビビデと向かう。ビビデは嬉しそうにしていた。外れたのだろうか。いや、それにしては嬉しそうすぎるというかなんというか。
「なにかいいことでもあったのか?」
「うん。僕当たったよ」
ダンバスタは驚き、足が止まる。
「どうしたの? さっさと帰るよ」
「どうしたもこうしたも、ヤバいじゃねえかよ。魔法を使って番号を把握してるってのはおそらくうそじゃないぜ、ビビデは死ぬことになる」
「なんでさ、よく考えなよ」
言われた通り考える。そしてダンバスタは自分の思考に一つ穴があったことに気がついた。
「あっ」
ビビデはニヤリとした。
「気づいたみたいだね。そうだよユイ、君が代わりに出ればいいんだ。あいつらも3人くればいいでしょ。それにユイが志願して変わってもらったといえばそれ以上は詰められない。なんなら上に挑む機会だからあがることもできる。6日後ってのも僕たちからしたら好都合、リッケルには感謝しかないね」
「それにパポパ組やゴバビバクルガ組のやつらの魔法を知る機会にもなる」
ダンバスタはそういって笑った。
「ツキがきてるな」
タイマンロードの受付の前に、二人の男が立っていた。二人とも品のいい服で身を包み、受付の前で話している。
一人は四角い眼鏡に短く整えられた髪、野性的な目がただ育ちがいいだけではないことを感じさせる。もう一人は服がぐちゃぐちゃで、ベルトが少しずれていた。がさつな性格なのだろう。しかし目が大きく、口角は常に上がっていた。子供をそのまま身長だけ伸ばしたような男だった。
幼い顔立ち男が話しかける。
「なあホール、本当に俺達こんなところ来る必要あったか?」
「あるだろ、グランの貧民の雑魚を狩りまくって憂さ晴らしっていうとても大切な必要が」
「言葉の使い方おかしいぞ」
そういって眼鏡の男は性別のわからない年寄りの受付に入道にあたっての諸注意を聞いた。
「おい、ホールも聞けよ」
「ええ、俺頭悪いからベッツが聞いてくれよ。あとで要点だけ教えてくれればいいから」
ベッツはため息をつき、登録をするべく名前を言おうとしたが、ここで止まった。
本名ってのはマズいか? さすがに貴族階級の名前を貧民が知るわけがないと思うんだが、もしかすればもしかするしな。偽名で登録できるなら登録するのが無難だろう。
「ホール・タルト」
「おい」
「なんだよ、うるさいなあ」
「もしかしたら俺達の名前を知ってるやつがいるかもしれないだろ」
「だとしても雑魚しかいねぇよ。行こうぜ」
老人が口を開いた。指一本ぐらいしか入らなそうだ。
「あの、お名前を...」
ベッツはため息をついた。
「まあいいか、ベッツ・トリュアセンだ」
脳の許容限界についてなんですが、持続魔法を同時に2つ発動した状態で単発魔法を発動するのはできませんが、単発魔法を発動した後に持続魔法を2つ発動することは可能という事です。あと特殊型にも特殊単発型、特殊持続型の二種類があります。この設定はそのうちだします。