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魔法世界  作者: あかさたな
プロローグ
4/24

アイス理論

 セクトに今日止まる宿屋を教えてもらった。多幸館というらしい。なんでも気のいいご老人二人が経営する宿屋らしい。どうでもいいが息子は引きこもりだそうだ。

 さて、今俺はその多幸館の目の前に立っているわけなのだが、なんというか、蔦がものすごい。とにかく覆いかぶさりまくっている。ダークウッドの壁が、さらに怪しさを醸し出している。周りの明るい色の建物のせいで、ここだけ光が当たっていないかのようだ。

 本当に営業しているのだろうか。看板があるが、読めない。なにしろ奴隷生活が長かったせいで、というか今も奴隷みたいなものなのだが、文字が読めない。さっきセクトに数字を教えてもらったばかりなのだからしょうがない。

 とりあえず中に入って営業してるかどうか聞いてみよう。そう考え、ドアを開いて中に入る。

「うわっ、なんだこれ」

 中には誰か知らないが女性の写真が散らばっていた。しかも全て同一人物だ。

 なんともいえない気持ち悪さを感じつつ、受付を探していると、一人の男が走ってきた。

「何!? 何の用!」

 急にものすごい声で怒鳴られた。まあ急に入ってきたのだからしょうがない。というか怒鳴らなければおかしいレベルなのかもしれない。とにかく常識といったものが自分には足りないと感じた。

「ああ、なんか泊まらせてくれるんだって?」

 俺がそういうと男は拍子抜けした顔になった。

「え? あ、そう...」

「で、泊まれるの?」

 そこまで言ったところで、男が訝しむような目をしてきた。

「とまれないよ。両親は去年二人とも病死した。だから今はやってない。よく間違えられるから看板置いといたんだけど...さ、どう考えても、文字が読めないってことはないよねぇ!!!」

 周囲のものが浮き上がり、俺に突撃してきた。木の破片が少し突き刺さり、痛い。

「てめぇ、なにすんだぁ!」

 叫んでみるも、動けないのでしょうがない。そのまま先ほどの女性の写真にまみれた部屋にぶち込まれた。壁の一部がなせか吹き飛んでいる。

 男が飛んできた。足の下には本がある。本を念動力で動かし、その上に乗ることで疑似的な飛行を実現したのだろう。

郷に入っては(ウェルカム・トゥー・) 郷に従え(マイ・ホーム)!」

 しかし何も起こらなかった。

「は?」

 男が何が起こったのかわからないといった顔をしている。俺もわかっていないのでおそろいだ。





 どういうことだ? なぜコイツには魔法がきかない?

 考えられるのは単純にマナが高い場合だ。だがこれは不可能。郷に入っては(ウェルカム・トゥー・) 郷に従え(マイ・ホーム)は特殊型。ある条件を満たすことでしか発動できない魔法。しかしそのため魔法発動に使うマナ以上の効果を得られる。

 僕の条件はマリーの部屋へと入ること。通常、場所によって満たす場合はそこまで魔法の効果が上がらないのだが、僕の場合はマリーの部屋を見られたくないという心情が特殊型としての効果を底上げしている。

 そしてその力は先の大戦の英雄、ドドド・ガガゴゴですら防げないレベルのはず。ならばコイツは魔法がきかない類の魔法を使う。非人の可能性は人口的な観点と、この社会において非人は迫害の対象になっていることから、ないとみていい。

 まあ文字が読めないような話しぶりだったので、頭の片隅にはおいておこう。

 逃げるか? いやコイツの魔法が何かわかっていない状態で魔法を使うのは自殺行為。魔法の勝負は情報で八割決まるといわれている。

 まだやつは俺の魔法を単純な念動力だと考えているだろう。それはおおむね正しいので、自宅魔法は効果が高くないと考えていい。

 しかしそれなら僕のもう一つの魔法が透明化であることから、ほぼ勝つことはできないと言える。どっちにしろあの忌まわしいマリーの部屋を破壊した男を殺せない。

 アルシフトを呼ぶか? いや無理だ。あいつはヤバい。僕のような凡人ですらわかる。あんな奴の怒りをかうなんてもってのほか。

 結局、逃げるしかない!

「君、ケガしてるけどいいの?」

「あ? お前がさせたんだろうが」

 まずい。時間を稼ごうとしたが、相手を挑発してしまった。今更だが、他人と全く話をしていなかったな。

 ここで...終わりか...

 マリー、葬式きてくれるかな...

 来てくれるよね、毎日僕マリーの家に通ったもんね...

 そう思い、目を閉じた。

 しかし何も起こらなかった。

 気がつけば、目を開けていた。

 あいつが何が起こったのかわからないといった顔をしている。というか何も起きていない。




 なぜかわからないが、奴隷(ミル)が来ている。奴隷に頼るというのは頼りないが、この絶望的な状況を挽回する方法が思いつかない。

 しかし来たところで何が変わるのか、それが問題だ。あのストーカーがミルを非人だと見抜けば、確実に終わり。俺はほぼマナが尽きているため、再生魔法は多くは使えない。俺とヂャブヂャは始末される。

 一応本部に多幸館に行く旨は伝えているため、俺たちが死んだことに気がつかないことはないだろうが、このストーカーに逃げる時間を与えてしまう。

 結局、祈るしかない。

 手が動いた。茶を飲む動作をする。ここでソファから立ち上がった。またトイレか? そう思っていたところ、思ってもいなかった言葉が自分の口から飛び出た。

「それじゃ、そろそろお暇させていただきます」

 来た! このまま時間が過ぎていけば俺はこの館から出られる!

 とにかくミルが時間を稼ぐことを祈るしかない。

 ヂャブヂャも立ち上がった。応接室から出ようとする。ここで立ち止まった。

「それじゃ、もうすこしだけ...」

 ふざけんなよぉぉぉぉぉ!





 さて、と。この状況、どう切り抜けたものか。俺が魔法を使えない非人だとこの男が分かれば、さっきの念動力を使って俺を倒しに来るだろう。それをしないということは、この男は俺が魔法を使えるやつだとまだ考えているということ。

 そこで思い出した。セクトに困ったときに開けろと言われていた、極小の虫篭を。

 開けるか? ここで? 開けて損はないが、大体こういうものはもらってしばらくして使うものだ。もらって一日後に使うってのは違うんじゃないだろうか。

「ねえ、君」

 男が話しかけてきた。

「なんだ?」

「これ、読める?」

 男が格納魔法で紙を取り出した。確かに何か書いてある。

「ああ、あれだろ」

「あれ?」

「宿屋、とか」

「これ古代の象形文字だよ」

「あ、そう...」

「君、もしかして文字読めない?」

 無理だわ開けよ。

 虫篭を開ける。中から虫が出てきたらしい。羽音がした。

 辺りの木の破片が飛びあがり、俺に突撃してくる。しかし破片は俺に届かなかった。ぶつかる前になくなったからだ。正確には、食べられたというべきか。シロアリが地面へと落ちた。

「それね、ただのシロアリじゃないんですよ。ちょっとばかし遺伝子を弄ることで木の中限定でテレポートできるんです。まあ射程が貧弱にもほどがあるんですが」

 いつの間にか男の後ろにセクトが立っている。写真を見て、嫌そうな顔をしていた。

 男がそのことに気づき、ぎょっとした。しかしすぐに状況を理解する。

郷に入っては(ウェルカム・トゥー・) 郷に従え(マイ・ホーム)!」

 セクトの姿が消えた。テレポートか?




 いつの間にか玄関にいる。あたりを確認したいが、できない。体が勝手に動いていく。動きを制限されているということか?

「お邪魔します」

 そう自分がいって、頭を下げた。

 なるほどね。そう思った。おそらく自分はこの家に招かれたものとして動く。魔法は?

 近くに虫がいるか探す。本棚の裏にゴキブリがいた。

 探せたということは、魔法は使える。問題はあの男がどこにいるかだ。私は虫を操るが、あくまでも本体は自分。敵の姿が見えなければ攻撃できない。

 となると...正面戦闘か。相手の魔法はおそらく念動力。他にあるとすれば、ストーカーであることと写真には風呂場の写真があったことから、透明化または認識阻害系統とみて間違いない。

 盗撮ができる魔法とかなら、戦闘には使えないので考慮の必要はない。

 私は虫魔法が虫に関しては万能に近い代わりに、他の魔法はほぼ使えない。小学校で真っ先にならう格納魔法ですら、まともに使えない。

 男の姿が見えない。後ろに回り込んでいる可能性を考えるが、玄関に来た時にダメージを負っていないことから、魔法によって玄関へとテレポートされた際のラグはないと考えていい。

 とりあえず虫を空中で飛ばす。その間に他の虫も辺りから呼び寄せる。虫が当たって、変な動きをすればそこにいると判断して攻撃すればいい。だがマズイのは認識阻害だった場合。そうだった場合は虫は当たっても、当たったという事が認識できない可能性がある。

 もしかすればその他の魔法の可能性、三つ以上の魔法が使える場合もあるが、正直これであの男の使用魔法を決め打っていいだろう。

 魔法の勝負は敵の使用魔法の考察によって六割が決まると言われている。その考察の中で大切なのは、何事も疑ってかかる思考と、ある程度のところで敵の魔法を決め打つという、相反することをやってのける必要がある。これはドドド・ガガゴゴが著書『魔法論』で書いていたことだ。

 そうだ。ミル君にも読んでもらおう。そう考えたところで、頭に鈍い痛みが走った。壺の破片が足元に落ちる。

 そこでセクトはミスに気付く。まて、あの男の使う魔法が念動力だけという保証がどこにある? 私の場合は虫魔法が一つの魔法の中で、多くのことをやれる、多岐魔法だ。虫限定の探知、テレポート、エトセトラ...

 これは私が使用できる対象を虫限定にしたため。あの男も同じだった場合、何かの制限の中で、多くの事をやってのけている可能性がある。そうなった場合、使用魔法を絞り込むのは不可能に近い。

 まて、玄関に壺なんてあったか? 多幸館は質素な旅館といった感じで、飾りつけなんて全くなかった。主人が老後に楽しく過ごすことを目的として、倹約に努めていたからだ。

 確か壺は部屋に飾り付けられていたぐらいのはず。

 となるとあの男はテレポートを使えると考えていいだろう。

 最も危険なのは多岐魔法で、テレポート、念動力、透明化が使えた場合が一番だ。だがこれらをどうやって縛る? いや、こんなこと考えても無駄だ。

 ミル君はどこだ? 彼に死なれるとマズイ。今までの苦労が水の泡になる。そう思うが、目すら動かさないため、ろくに探すことすらできない。こんなことなら虫と感覚共有できるようにしておくんだった。

 しかしミル君が危ないからといって、虫にしっちゃかめっちゃかに攻撃させるのは愚策。ミル君を巻き込んでしまう可能性がある。

 なるほど、郷に入っては(ウェルカム・トゥー・) 郷に従え(マイ・ホーム)、その本質。それは視界の制限。

 顔を好きな方を持っていけないから、必然的に仲間がいる場合は攻撃ができなくなる。面倒極まりない。

 まあいい、この状態にあった虫を持って来ればいいだけだ。





 セクトが消えてすぐ、男も消えた。テレポートだな。そう考え、セクトを探そうとするが、部屋を出ようとしたところで立ち止まる。

 俺がここで出ていく意味はあるのか? おれではあの男に確実に勝てない。とはいってもセクトが死ねば必然的に俺も死ぬことになる。

 まて、なぜ部屋が壊れていた? 床に写真が散らかっていたこと、もし壊れていたなら、大切なものあはしっかり直しておくはずだ。

 そしてあの男が理由もなく俺に襲い掛かってきた理由、看板を置いたからって間違えないという確証はなかったはずだ。ということは。

「誰かこの館にいるのか?」





 女の後頭部に、壺を当てた。当てたはずなのに、血液一滴すら流れてこない。あの女も強化タイプの魔法だろうか。

 確認するべく、女の後ろへテレポートする。見れば後ろ半身だけ黒光りしている。この光りかたは...虫か?

 おそらく虫の特性を体に付与する魔法だろう。そして先ほどのシロアリの遺伝子を弄ったという発言、おそらく僕と同じ多岐魔法とみていい。

 音を殺し、もう一度女から離れる。

「まずいな...」

 このままいけば部屋を壊した男が玄関から出てしまう。そうすれば郷に入っては(ウェルカム・トゥー・) 郷に従え(マイ・ホーム)の効力がなくなり、もう一度襲いかかってくるだろう。

 男たちの魔法が切れるまでは大体二分といったところ。ならばあの男を先に殺すのが得策だ。だがあの女は先ほどのやつらとは違い、自らの体を使わずに攻撃する方法があるとみていい。

 あの女が応接室に来るまでは約一分。急いで殺さなければならない。非人の方はほっておいていいだろう。






 ヂャブヂャが幻覚魔法で空中に文字を作った。

 内容はあと十分くらいで応援が駆けつけるという事、しかしこのままいけば十分どころか一分も持たない。

 なにやら女の声がしたが、一般人だろうか? とにかくこの状況が悪い。

「それじゃ、お邪魔しました。いえいえ本当にお構いなく」

 そういって立ち上がった。ついに出られるのだろうか。

 応接室のドアを開ける。そのまま外にでる。ここで女と出会った。

 なにやら右肩が盛り上がっており、赤い丸眼鏡をかけている。おそらく先ほどの声の主だろう。





 なんで、なんでダンバスタたちがここでいるの?

 そういいそうになった。魔法にかかっていなかったら実際に声にでただろう。

 これでマナヒルは使えなくなった。

 マナヒルはマナを吸い、そのマナで自分の体に養分を作り出すという虫だ。その特性上、ミル君にマナヒルが襲いかかる可能性がない。マナヒルが止まったり、急にテレポートすれば、また別の、攻撃力の高い虫と位置を入れ替えればいいと考えていたが、ダンバスタたちがいるため使えない。

 空中に文字が浮かび上がった。二人のなかの一人は幻覚系統の魔法を使うのだろう。

 私達はそろそろ出られる。それまで時間をかせげないか? とのことだ。

 それならなんとかできるかもしれない。そう思い、虫を入れ替えた。





 とにかくいくしかない。自宅魔法で燃やした木の破片を宙に浮かし、持っていく。今は眼鏡女と二人組が近くにいるが、離れれば燃やしに行けば...

 いやだめだ。あの男のマナの総量が読めない。郷に入っては(ウェルカム・トゥー・) 郷に従え(マイ・ホーム)に二度引っかかるようなヘマはしないだろう。

 ならば今、ここで殺るしかない。

 眼鏡女の5メートルほど後ろへテレポートし、木の破片男の体へぶち当てる。背の高い女の方にも当てたいが、魔法は自分の利になればなるほどマナを使う。背の高い女の体を再生するのに使うマナの量の方が少ない可能性は高い。

 男の体が燃え上がる。

 ここで彼は異変に気付いた。

「家が、傾いている?」

 見れば床や天井、柱のいたるところに穴が開きまくっていた。

 つまり、この眼鏡女は、自宅そのものをつぶそうとしているのだ。

 いや、まておかしい。気づけるはずがないんだ。確かにあの二人組にはいったが、あの女が知っている可能性は...

 あるか、幻覚系統の魔法で文字を作り出した可能性が十分に考えられる。

 ヘマをしてしまったというわけだ。

 家がつぶれても、郷に入っては(ウェルカム・トゥー・) 郷に従え(マイ・ホーム)は発動し続けるのか、それはわからない。

 ここで彼は気がついた。一人、何もしていない男の存在を。

 アルシフトだ! 家がつぶれるとなれば、あの男も動かざるをえない。

 勝てる。あの男が味方にいるのならば。





 アルシフトは目を覚ました。もと宿屋だが、一年も放置されていた部屋はほこりが凄まじい。アレルギーの仕組みは知らないがアレルギーになりそうだった。

 なにやら騒がしい。木が燃える音がした。火事だろうか。

 なんにせよ一応安全か確認しておくべきだろう。

 そう考え、ベットから体を起こし、立ち上がる。窓から外を見れば、真っ暗だ。時計の針は10を回っている。

 そろそろ晩飯も食べておこう。そう考えた。

 ドアを開く。たてつけが悪く、ギィギィいっている。あのダメ息子をもった親は大変だったろうな。ふとそう思った。まあ関係ない話なのだが。

 アルシフトは二階の部屋だった。階段を下りる。階段もギィギィいっていた。

 廊下にでると、そこには四人いた。

 一人は靴下だけで裸、なおかつ全身が炎につつまれている。

 女が二人、眼鏡と背が高い女だ。眼鏡のほうはなぜか右肩が盛り上がっている。

 そしてレストがなにやら考えている。アルシフトを見た途端、あからさまに表情が明るくなった。ピンチだったのだろう。

「アルシフト、助けてくれ。俺じゃあもう無理だ。あの燃えている男を倒してくれ」

 レストが懇願してきた。アルシフトはため息をつく。

「あのなあレスト、俺は今腹立ってるんだよ。たかだかその辺の一般人殺すのに使った魔法が、結構よかったからな」

 そういって、あの魔法に思いを馳せる。

 ただの爆破魔法だと思っていたが、まさかマナそのものを爆破するとは。あれなら相手の魔法そのものを爆破して防御にも使えただろう。

 レストが泣きそうな顔になった。

「ちゃんと仕事はしたぞ」

 そういって知ったこっちゃないので、踵を返そうとしたが、燃えている男が気になった。

 強いな。直感でそう感じた。レストの魔法は相性によるところが大きいため、ボロ負け、もしくはボロ勝ちの二種類しかない。おそらく相性が悪かったのだろう。それに自宅においてはレストは抜群に強い。

 アルシフトはここで考えた。この男を殺すか、またはほっておくか。

 俺が助力しなければレストは捕まる。しかし抵抗するからあの男くらいは殺せるかもしれない。

 殺すのは簡単だが、あまり魔法を連発できない俺にとって使うのは得策といえるだろうか?

 もしかすれば殺せない可能性だってある。俺の魔法のストックがなくなるのはつらい。ならばこいつらの魔法を見て、ストックだけためるのはどうだろう?

 いやだめだ。攻撃を受けたくない。回復系統の魔法は貴重なんだ。

 ならば逃げよう。そう考え、踵を返したその時、まったく知らない男が俺の目の前に立ちふさがった。






 誰だこいつは?

 目の前にはセクトやストーカーだけでなく、ダンバスタやヂャブヂャ、あと誰か知らない男。

 男は髪が長い。肩ほどまであったので、一瞬女かと思った。そして男は自信に満ち溢れていた。一つ一つの動作に力強さを感じる。

「お前は...」男が口を開いた。「誰だ?」

 それには答えず、男を素通りし、ストーカーに殴りかかろうとした。

 パニックになっていたというほかない。様々な可能性を考えて出てきたはずが、いつの間にか頭がまっさらになっていた。

「おい」

 男が後ろからミルの肩を掴んだ。反動でよろける。

「うっ」

「だから誰だっつってんだろが」

 ミルの真っ白の頭がさらに白くなった。威圧感が圧倒的というほかない。対人経験が少なすぎるとはいえ、蛇に睨まれるカエルというのはこういう事なのか、なんてことを考えていた。

 しかし、男の腕が肩から落ちた。木が落ちてきたのだ。

「お?」

 男が上を向いた。白い縄のようなものが至る所に張り巡らされている。

 いや、違う。さっきのシロアリだ。しかしこんなに多かったか?

 ミルはすぐに体制を立て直し、男の右頬におもいっきり拳を叩き込んだ。男がよろける。しかし浅い。すぐに体制を持ち直す。それにしても拳が痛い。

「てめえ」

 男が殴りかかってきた。腹にうまく入り、呼吸ができない。

「あれ?」

 男が訝しんだような声を出した。おそらく魔法を使ったのだろう。

 なんとか立ち上がろうとするが、できない。さらに横腹を足で蹴られる。靴の先端が体に食い込み、壁へと激突した。

「ぐああ」

 立ち上がろうとしたが、目の前に靴の先が飛び込んできた。

 マズイ。マズイマズイマズイ。

 しかし靴はミルの顔にめり込まなかった。代わりに背中に壁がのしかかる。

「ちっ」

 男が舌打ちをした。

 こっちはもっと舌打ちをしたい。

 それにしても呼吸ができない。肺が押しつぶされそうだ。

 骨が折れて肉が切れなかった。あんまうまくねえな。





 館が壊れたおかげなのか、動ける。ダンバスタはすぐにアルシフトの方へと走った。

 あの男はヤバい。そう感じた。アルシフトは必ずパラサリーの敵となる。いや、もしかすればそれ以上の可能性だってあるんだ。

 ダンバスタはレストを思いっきり殴った。強化しているので速度が違う。レストは反応できずに殴られ、瓦礫の山に倒れた。

 アルシフトは壊れた館から這い出てきた。ダンバスタは体をひねり、強化魔法の準備をする。

「倍拳!」

 思いっきり振りぬいたが、拳圧はアルシフトまで届くことはなかった。見えない壁が二人の間にあった。

 結界系統の魔法と見当をつけたダンバスタは、足を強化し、飛び上がる。大体こういうのは上方向に弱い。

 男が上を見上げた。笑っていた。

「強化かあ、ありきたりだなあ」

 そういって男は消えた。

 ヂャブヂャが走ってくる。

「あの男は?」

「ダメだった」

 ヂャブヂャが残念そうな顔をした。

「早くあの女性を助けましょう」

「そうだな」


 女性はセクトといい、虫について研究しているらしい。

 今日は住宅街にいる虫をさがしていたそうだ。

 なぜ自宅からはなれたところで調査しているのか聞くと、「近所で変な噂が広まると嫌なので」と答えた。

 なるほど、その通りだ。

 セクトは物音がしたので様子を見ようと思い、ドアを叩いたが反応がなかったので入ってきたらしい。正直、ドアが叩いた音は聞こえなかったのだが、まあ別にいいだろう。ここで嘘をついても徳はないだろうし。


 ヂャブヂャが近寄ってきた。どうやら他の防衛騎士もきたらしい。

「アルシフトの腕、見ましたか?」

「ああ」

 アルシフトの右腕には二本の傷が入っていた。

「グラン、それも貧民側の男だ。あそこから抜け出せるのだから、貴族の隠し子かそれとも突然変異か」

「しかし貧民側なら...」

「ああ、行くか。タイマンロード」


 タイマンロードはおよそ200年前の大戦でパラサリーとグランとの戦争で荒地になった場所にできた一つの大きな通りだ。

 国境に近づくほど大きく豪華な家、パラサリーの中心部に近いほど小さく、ぼろくなる。一番ひどいのはゴザのみだったか。まあうわさに過ぎないが。

 そこではタイマンの強さが全て、勝てば一つ奪い、負ければ一つ奪われる。たとえどこであろうと、疲れていようと、相手が強かろうと、タイマンを申し込まれれば断れない。

 というのは言われているだけだ。実態は仲間を作り、連戦で敵のマナを減らし、勝つという連続組というやつらが豪華な家は独占しているらしい。

 そんなタイマンロードの最大の利点は凶悪な犯罪者や戦闘狂がそこに集まるという点。存在は悪なのだが、利点しかないので放置されている。

 グランからぬけだした貧民はそこに集まる。パラサリーとグランとの同盟で貧民は見つかれば問答無用でグランへと逆戻り、だから貧民たちはタイマンロードに集まる。彼らは勝てず、性格の悪い者に嬲られる。しかしそこに残り続けるのは、よほどグランでの生活が辛いのだろう。

「グランに報告しますか」

「俺じゃなくもっと偉い人に聞けよ」

 ダンバスタはそういったが、どうぜ報告はしないだろうと考えていた。

 パラサリーとグランは同盟は結んでいるが、仲がいいというわけではない。この前だって少し揉めたそうだ。貴族たちが対応したのでダンバスタは参加しなかったのだが。






 なんと俺の体に異常はなかったらしい。セクトが医者を紹介してくれた。骨一本折れていなかった。

 ガーゼやらを貼ってもらって、宿屋をまたセクトに教えてもらった。

 多幸館を教えたことをセクトは謝りっぱなしだった。

 しかしそんなことはどうでもいい。ミルは典型的な寝れば忘れるタイプだった。

 今日はセクトに鉱山へと連れて行ってもらう。なにやらダンバスタはまた忙しいらしく、明日の五時に集合に変更だそうだ。

 今日の正午に潰れた多幸館で集合になった。なんか不謹慎だなと思ったが、気にしないことにした。

 時計は五時を指していた。鉱山時代の癖なのか、早く起きすぎてしまったらしい。

 八時までセクトにもらった本で文字の勉強をした。単語は覚えられるが、接続詞が難しい。なんか文字とかは幼いころが大切だそうだ。理由は知らない。

 九時になったので外にでる。なにか食べようと思い、外にでる。小さな男の子がアイスクリーム片手に走り回っていた。

 昨日セクトにお詫びに買ってもらったアイスクリームを思い出した。確か他の味もあったはずなので、食べてみようかと考えていた時、走り回っていた男の子がこけ、アイスクリームが地面へとたたきつけられた。心の中で、あちゃーと言った。

 男の子は泣きそうな顔をして、地面にうずくまっている。

 そこに一人の女が駆け寄ってきた。なんというか、怖い。目が鋭く、釣り目だ。特筆すべきは、なんといっても額にある角だろう。ハンターみたいだな、と勝手に思った。

 しかしその印象は一瞬で変わった。

「僕、大丈夫?」

 とても柔らかい声だった。表情も柔らかい。先ほどの鋭利な雰囲気はどこへやら、聖母といわれてもいわかんがない。

「ぼっ、僕のアイスがぁぁあ」

 そういって泣き止み始めていたのに、言語化することによってまた泣きじゃくり始めた。

 女の顔が一層優しくなった。

「ほら、泣かないで、私がまた買ってあげるから」

 女の言葉を聞いて、男の子が泣き止んだ。

「ほ、本当?」

「本当だよ、どれがいい?」

「さっきと、同じの...」

「わかった」

 にこやかに笑うと、女はアイスクリーム屋に小走りで言った。

 それを見た男の子の顔が明るくなっている。現金だなあ。

「すみません、これください」

 店主のおじさんは、表情を変えずアイスを取り出した。

 女がそれを受け取り、また小走りで男の子のところへ向かおうとしたところ、思いっきりつまづいて転んだ。アイスが男の子の目の前でべちゃりと落ちた。

「あっ、ごめんね」そういってまた財布を開こうとしたが、女の顔が曇る。

「ごめん、もうお金ないや...」

 それを聞いた男の子はまた泣きじゃくり始めた。

 流石にいづらくなったのか、「ごめんね」といって男の子から離れていった。

 しかし今のは気のせいだろうか、今あの女がわざとこけたように見えたのだが。

 気になったので走って追いかけた。男の子が見えないところで女が爆笑していた。表情は恍惚とかいうやつだろうか。

 しかしこれで確信した。この女はわざとこけた。

「おい、なんでこけたんだよ」

 気がつけばそういっていた。そんなこというんだったらアイス買ってやれよという意見は聞き入れない。お金がないのである。

 女はミルの方を見た。笑うのをやめ、こういった。

「人って不思議だよね」

「なにがだ?」

 本心からそういった。

「さげてあげるってあるじゃない、受験の結果で最初は暗い感じにして、受かったって満面の笑みでいうことによって喜びが倍増するみたいな。今回の場合はあげてさげてあげた上でさげたんだけどさ」

「わかりづれえな」

「そんなことはいいじゃない。たとえばさ、アイス買ってもらって、機嫌が10あがったとするでしょ、でもアイス落としたら実害は0なのに、機嫌が下がるんだよ。なんでだと思う?」

 女は右手を地面と水平にし、上げ下げする。

「知らねえよ」

「10上がった機嫌を基準とするからだよ。だからアイスを落として10機嫌が下がれば、負の感情になる。今回はそれからさらにもう 1段階加えて、もらったら絶対にプラスになるから、マイナス10から、プラス10に、この時点で振れ幅が20になってるんだよ。そこからさらに下がる。これでマイナス20となる。二倍だよ、二倍。キツイだろうね。人は悪いことばっかり覚えてるし」

「だとして、それをやってお前になんの得があるんだ? 金を無駄にするだけじゃないか」

「だって小さな男の子が悲しんでるのって、見てて楽しくない?」

「お前ペド野郎じゃねえか」

「ペドは良くないよ、ロリコンとかならまだいいけど」

 女が心外そうな顔をしていった。それにしてもなぜこういう人種はペド呼ばわりが嫌いなのか。

「じゃあロリ野郎か?」

 女がため息をついた。

「それはただの小さな男の子だよ…」

 なぜ俺の方がため息をつかれなければならないのか。

 もうこれ以上は時間の無駄だな。そう考え、女から離れようとする。

「私、クリーム・チャーム。あなたは?」

「ミル・ドネストレイン」

「また話そ」

 別に教える必要はなかったなと思いつつ、アイスクリーム屋に並ぶ。先ほどの男の子は親にまた買ってもらったらしい。飛び跳ねていた。

 しかし、とミルは思った。

 彼にとって角を見るのは初めてだった。角があるのは珍しいのだろう。あたりの人々には角なんてなかった。

 ミルはクリームのいたところを振り返る。もういなかった。

 クリームの角は、アイスのコーンに形が似ていた。

「コーンをつけたやつが、アイスを落としたんだな」

 そう呟いた。全然上手くなかったし、カワ爺に身体的特徴を馬鹿にするのはクソ野郎だと言われたのを思い出し、反省した。

加筆修正しました。

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