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8.神殿に連れてこられました

 言葉を失い、しばし呆然と立ち尽くす。

 足元には魔方陣、開けた視界に燦々と光が射し込む。真っ白でデカい柱。ピカピカに磨き上げられた大理石でできた(っぽい)床。どうやらわたしは今、歴史の教科書で見た何たら宮殿とか、何たら神殿的な建物の中に居るらしい。



「いやぁ、上手くいきましたねぇ」



 隣から聞こえてくる上機嫌な声音。イラッとしつつ視線を遣れば、神官様の満面の笑みが目に入る。

 背後には自称天才魔法使いのサイリック。二人はわたしを間に挟み、意味ありげな視線を交わしている。


 なるほど、理解した。

 状況から鑑みるに、わたしは神官様が拠点としている神殿へと連れてこられてしまったようだ。



「上手くいきましたねぇ、じゃないわ!」



 この男、一発ぐらい殴ってやらないと気が済まない。勢いに任せ、手を振り上げようとするも、思ったように動かない。

 背筋が凍る。

 何故か。


 視線を落とすと、わたしの手のひらは、この腹立たしい男に握られてしまっていた。



「ちょっと、何してるんですか!」


「え? そんなの、見たら分かるでしょう?」



 不敵な笑み。頭に血が上り、最早爆発寸前だった。



「分かりません! そもそも見たくありません! さっさと手を放してください!」


「ええ? 良いじゃありませんか。減るもんじゃないし」



 怒髪天を衝くって多分こういうことを言うんだと思う。背筋がビリビリ震えるし、腸が煮えくり返りそうだ。



「あなたのその自信は一体何処から来るんですか!? 世の中にはあなたを嫌う女性も居るってことを知るべきだと思います!」



 顔が良かったら何をしても許されるなんて、とんだ勘違いだ。こんなことばかりしていたら、いつか女に刺されるんだからね。もしかしたらその相手はわたしかもしれないけど。



「ジャンヌ殿は私が嫌いなんですか?」


「はい。嫌いです」



 考えるまでもない。即答すれば、彼は悲し気に眉を曲げる。



「本当に? 嫌い嫌いと言いつつ、本当は好きなんでしょう?」


「馬鹿なんですか!? 本当に。この世に生を受けて以降、あなたが一番嫌いです」



 一体どういう神経してるんだろう? 図太すぎるでしょう。

 この男がわたし以外の女の子達にどれぐらいチヤホヤされているのか、拝んでみたいもんだ。いや、もう一秒たりとも一緒に居たくないんだけど。

 無理やり手を振り払い、撫で擦る。さっさと家に帰って手を洗いたい――――そう思ったその時だった。



「わぁっ! すごい、すごい! 本当にジャンヌさんがいる!」



 少し舌足らずのあどけない声音が聞こえ、思わず振り返る。



「ジャンヌさん!」


「マリア……」



 そこには聖女に選ばれたわたしの養女、マリアが居た。

 腰のあたりをギュッと強く抱き締められ、すりすりと顔を擦りつけられる。ふわりと香る幼子の匂い。何故かは分からないけど、鼻の奥がツンと痛む。



「会いたかったぁ!」



 マリアが言う。久方ぶりに見る無邪気な笑顔だ。


 こういう時、普通の人なら『わたしも』って返すんだと思う。

 だって相手は子どもだし。無償の愛情を約束されている存在なんだし。そういう言葉が自然に口を衝いて然るべき何だと思う。


 だけどわたしは、マリアに何も言えなかった。抱き返すことも出来ず、ただ呆然と佇むだけ。


 それなのに、マリアは未だ、嬉しそうにわたしのことを見つめている。この子は本当にわたしに会いたかったんだろうって、そう思わされる。



(馬鹿マリア)



 折角聖女に選ばれて、良い生活が出来るようになったんでしょう? わたしのことなんて忘れてしまえば良いのに。


 世話も碌にしなかった上、人並みの愛情も与えられなかったわたしに、この子は何を求めているんだろう?



「ありがとう、セドリック! あたしのお願い、本当に叶えてくれたのね!」



 戸惑うわたしを余所に、マリアは上機嫌に神官様へと微笑みかける。



「もちろん。マリア様の大事な願い事ですからね」



 神官様はそう言って、マリアの前に跪く。普段チャラけている癖に、無駄に真剣な表情だ。



(普通は逆でしょう)



 子ども相手に真面目に接してどうするのさ。

 そりゃ、この子は選ばれし聖女なのかもしれないけど、わたしにとってはただのマリアだし。やっぱりこの男、腐っても神官ってことなんだろうか。



(疲れた……)



 ため息が漏れる。腹ペコの状態で、普段使わない頭を使うのは自殺行為に近い。

 家に帰りたい――――だけど、マリアの様子を見るに、すぐには帰してもらえそうにない。



「さあさあジャンヌ殿、どうぞこちらへ。お部屋にご案内いたします」



 神官様がそう言って微笑む。

 普段と違う、邪気のない表情で。



「その顔止めてください」



 寧ろ腹が立つから。

 もう一度ため息を吐きつつ、わたしは彼の後に続いた。

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