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6.神出鬼没

 めんどくさいが口癖で、気づけば日がな一日眠ってばかりのわたしでも、度が過ぎれば限界は来る。



(お腹空いた……)



 ベッドの中で寝返りを打ちつつ、己の身体から鳴り響く切ない音にため息を吐く。

 胃の中が完全に空っぽだ。喉も渇いたけど、生憎と冷蔵庫(擬き)の中には、腐ったチーズぐらいしか入っていない。

 これまでは安全に飲める水や食べ物を数日おきに確保していた。だけど、マリアが居なくなってからは、最低限生命が維持できたら良いと思って、買い物も在庫管理も適当だった。サボった分のツケが来てしまった形だ。



(まずったなぁ。すぐに手配しないと)



 事は緊急を要する。わたしは急いで紙片を用意し、欲しいものを書き連ね、綺麗に小さく折りたたむ。それから杖で一叩きすると、紙片はすぐに目の前から消えてなくなった。


 これでよし。今頃は街にある馴染みの問屋に届いていることだろう。


 手紙のやり取りがネット――――前世並の速さで出来るのは、魔女や魔法使いだけの特権だ。ついでに、前処理さえ終わっていれば、手紙だけじゃなく、物品や人だって転移できる。ネットスーパーや宅配、出前みたいなものだけど、人力で運ぶより余程早い。自分で買いに行かない分、手数料が掛かるけど、それでも体力が温存できるし、好きなだけ家に引きこもれるのが有難い。



 さて、起き上がる体力も残っていないわたしは、ベッドでゴロゴロしながら配達を待つ。売り手側はプロだから、わたしがベッドで寝転んでようが、いつもにこやかに応対してくれるし問題ない。



(あっ、来たみたい)



 ジジ、ジジッと電子機器から漏れ聞こえる電磁波みたいな音が鳴り響き、家の中央に描かれた魔方陣が光を放つ。わたしの空腹具合を察してか、いつもよりもやけに早い到着だ。

 期待に胸を膨らませながら、布団の中から魔方陣を見つめる。


 取り敢えず先ずは水を飲もう。それから剝かずに食べられるフルーツを齧って、体力が戻ってきたら久々にご飯を作ろう。十五分で作れるぐらいの簡単なもの。お腹がこなれて来たらもう一度寝る。それが良い。


 だけど次の瞬間、わたしは愕然と目を見開いた。

 目の前に居るのは、いつもの問屋のおじさんじゃない。無駄に暑苦しい笑みを浮かべた別の男だ。



「こんにちは、ジャンヌ殿」


「帰ってください」



 思いがけずエンカウントしたキラキラしい怪物に胸焼けがする。

 神官様だ。

 神出鬼没とはまさにこのこと。布団を頭から被ってなお、鬱陶しい程の存在感を放っている。



「やだなぁ、まだ来たばかりじゃありませんか」


「帰ってください。いや、帰れ」



 折角食欲がわいてきたっていうのに最悪。なんて間の悪い奴。もうすぐ商品が届くはずだったのに!



「っていうか、ちょっと待って。あなた、なんで勝手に家の中に入ってるんですか」


「へ?」



 キョトンと目を丸くし、神官様が首を傾げる。イラッとして投げ飛ばした枕を、神官様は朗らかにキャッチした。「いい球ですね」なんて返されて、余計に腹が立ってくる。



「あーーもう! へ? じゃありません! 不法侵入! 普通に犯罪ですから!」


「違いますよ。ちゃんとジャンヌ殿自ら招き入れてくれたじゃありませんか」


「わたしが? そんな馬鹿な」



 布団から顔を出し、玄関の鍵を確認する。



「嘘ばっかり。鍵なんて開けてませんよ」



 大体、この男が来るときはいつも、森の動物たちが迷惑がるほど、大声でわたしの名前を叫ばれる。うるさくて堪らないから、仕方なく――――仕方なく! 鍵を開けているのだ。

 だけど、今日は絶対、そんなやり取りをしていない。この男はいきなり我が家にやってきやがった。全くもって迷惑極まりない。



「ほらほらジャンヌ殿、ご注文の品ですよ」



 そう言って神官様は、大きなバスケットを三つ、わたしに向かって差し出す。中には、先程わたしが注文したばかりの品々が詰め込まれていた。プラスアルファで、自分では絶対に買わない高そうな肉とか、茶菓子とか、茶葉なんかが一緒に入っている。



「こちら、私からのサービスです」


「聞いてません、頼んでません。

っていうか、どうしてあなたがわたしの注文した物を持ってるんですか!」



 くそう。頭が痛くなってきた。完全にこの男のせいだ。

 水の入ったボトルに手を伸ばし、コップに注いで一口飲む。それだけで、生き返ったような心地がする。

 神官様はふふ、と笑うと、ベッドの端に腰掛けた。



「いえね。マリア様に『これまでどうやって買い物をしていたんですか?』って尋ねたところ、魔法でデリバリーを受けていたって仰るじゃありませんか! とても興味があったので、早速馴染みだという問屋に足を運んでみたんです。そしたらタイミングの良いことに、ジャンヌ殿から注文が入ったと聞きましてね。こうしてご注文の品をお届けに上がったんですよ」


「…………すみません。もう何処からツッコんだら良いか分かりません」



 力が抜ける。もう、この男にはなにを言っても無駄かもしれない。

 つまりこの男は、問屋のおっちゃんの代わりに、わたしの商品をデリバリーに来たってことらしい。魔方陣から現れたのだから、玄関の鍵が掛かったままなのは当たり前だ。

 理由は分かれど理解はしない。したくない。



「っていうか、マリアの奴……人の個人情報をペラペラと」


「良いじゃありませんか。マリア様はそれだけ、ジャンヌ殿のことが大好きなのですよ。いつも嬉しそうにジャンヌ殿のことを話していますし」


「ははっ! どうだか」



 そのせいでこんな面倒な男を送り込まれるんじゃ、迷惑以外のなにものでもない。っていうか寧ろ、嫌われてるんじゃなかろうか。



「ほらほらジャンヌ殿、お腹が空いているのでしょう?」



 そう言って神官様は、ブドウみたいな瑞々しい果物をバスケットから取り出す。自分で注文していないから、この男が言う所のサービス品なのだろう。

 空っぽのお腹がぐぅと勢いよく鳴り響く。物凄く悔しいが、めちゃくちゃ美味しそうだ。



「はい、あーーん」


「………………前から思ってましたけど、神官様って馬鹿なんですか?」



 わたし、幼児じゃありませんけど。

 百歩譲って恋人同士ならばあり得る(かもしれない)けど、何故わたしがこの男の手ずから物を食わなければならないんだ。



「まさか! そんなわけないじゃありませんかぁ」



 そう言いつつ、神官様はわたしの唇に果物をグイグイと押し付けてくる。いつも以上にキラキラした笑顔が怖い。



(さすがに馬鹿は言い過ぎだった!?)



 怒らせてしまったのだろうか。果物で唇を抉じ開けられ、凄まじい圧を感じる。



(いやいや、何これ。もしかして食べるまで終わらないパターン? 嘘でしょう? 本気で勘弁してほしいんだけど!)



 首を横に振れば、神官様は更にずいと身を乗り出す。傍から見ればベッドに押し倒された形だ。だけど、色気なんて皆無で、気分はライオンに捕食されるナマケモノって感じだけれども。



「さあさあ、ジャンヌ殿。私と一緒に食事をしましょう」



 ニコリと、神官様が満面の笑みを浮かべる。

 恐ろしい。彼の美しさ、神々しさは、わたしにとって寧ろ邪悪だ。


 万事休す――――そう思ったその時、部屋の隅からガシャーン! と大きな音が鳴り響いた。



「何事!?」



 飛び上がり、神官様の腕からすり抜けたわたしは、ぎょっと目を丸くする。何かの焦げるような嫌な匂い。モクモクと上がる煙。



(火事!?)



 慌てて魔法を掛けようとしたその瞬間、わたしの指先から杖がスルリと飛び上がった。



「まあまあ、そう慌てないで」



 初めて耳にする、少し高めの男の人の声。ビクリと肩を震わせたら、背後にはいつの間にか神官様が立っていて、支えるように抱き留められる。



「初めまして、ジャンヌ殿」



 煙の中から男が一人現れる。

 神官様とよく似た、暑苦しい笑みを浮かべて。



(勘弁してよ)



 すきっ腹にどデカいボディーブローを喰らった気分だった。

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