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5.神官様は誑しのようです

 それから、男は三日と開けず、我が家を訪れるようになった。



「なに? 神官様って暇なんですか?」



 歯に衣着せずそう言えば、彼は機嫌よさげにニコニコと微笑む。



「そんなまさか! 人々から寄付を得るための活動も必要ですし、朝夕のお祈りも欠かせません。神殿をピカピカに磨き上げる必要がございますし、マリア様のお世話も担当させていただいています。かなり忙しい生活を送っていますよ?」


「だったら、こんな所で油を売っていないで、早く神殿にお帰り下さい。あなたが来るたびに食事を抜くから、こっちは迷惑しているんです」



 ハッキリ『迷惑』と言葉にすれば、彼はキョトンと目を丸くした。



「迷惑?」


「ええ」


「この私が?」


「そう言っています」



 これまで女に邪険にされた経験が無かったのだろう。男の表情は、信じられないものを見るかのように見開かれていた。



「これでも神殿の稼ぎ頭なんですがねぇ……」


「稼ぎ頭?」



 神に仕えている身の癖に『稼ぐ』とは何事だ。大体神官って言うのは国に雇われている公務員でしょう? 公務員って言うのは市民全体の奉仕者として、金稼ぎなんて考えちゃいけないって相場が決まっているでしょうに。

 眉間に皺を寄せれば、彼はふふ、と微笑んだ。



「一日に二十万ウェル」


「……はあ?」


「毎朝ね、神殿で人々のお祈り、願い事を聞くのですよ。まあ、どの神官を選ぶかは任意ですし、神殿ですから当然、無料でお祈りは可能です。

だけど、私が微笑むだけで、乙女たちが金品を恵んでくれるわけですよ。『神殿のためにどうぞお役立てください』ってね。まあ、自分で自由にできるお金じゃありませんけど」


「ああ、さいですか……」



 なるほど。この男をアイドルみたいだと感じたのは、どうやら間違っていなかったらしい。

 やっていることは前世でいう『会いに行けるアイドル』そのもの。娯楽に飢えた現代の乙女たちは、こぞってこの暑苦しい男に会いに行っているらしい。



「それで? 手を握って名前でも呼んでやるんですか?」


「そうそう。そうすると、すごく喜んでくれるんですよ」



 神官が微笑む。

 嫌な奴。まあ、相手も分かっていて金を出しているんだから、ウィンウィンなんだろうけど。



「残念ですが、あなたが一日に20万稼げるとかそういうことは関係ないです。わたしにとっては迷惑なんで、ここに来るのはご遠慮ください」


「うーーん、でも私はここに来たいから、遠慮は出来ないですねぇ」


「……言い方を間違えました。金輪際ここには来ないでください」



 この男はどこまで人を苛立たせる気だろう? 揚げ足を取るとか、神官のすることじゃないでしょうに!

 大体、前回も前々回も、来訪の目的が何なのか、ちっとも理解できなかった。勝手に茶を淹れて、部屋の中をぐるりと見て回って、変な時間に帰っていくんだもの。



「まあまあ、そう言わないで。今日はマリア様からお手紙をお預かりしているのですよ?」


「マリアから?」



 言いながら、チラシぐらいの大きさの紙片を手渡される。中を開けば、そこには絵が描かれていた。

 ピンクの髪の小さな女の子と、金髪の女性。恐らくはわたしとマリアを描いたのだろう。絵に沿う様に、文字らしきものが書かれている。わたしは教えていないから、神官や侍女から教わったのだろう。



「上手でしょう?」


「……どうなんでしょうね?」



 こういう時、何て言えば良いかなんて分からない。


 わたしはあの子の母親じゃない。死なない程度にご飯を与えて、この男に引き渡すまで側に居ただけの存在だ。

 あの子がどうしてこんな手紙を書いたのか、どんな反応をするのが正解なのか、正直言って謎すぎる。



「……手紙なんて他の人間に託すか、魔法で飛ばせば良いでしょう? あなたの神殿には魔方陣を操ることの出来る人間も居ないんですか?」


「いますよ? いますけど、手紙は直接手渡ししてこそでしょう? 相手の反応を見たいが故に書いているようなものなのですから」


「いやいや、違いますって。直接会いに行けないから手紙を送るんです。第一、これはあなたじゃなくてマリアからの手紙で――――」


「それに、本当はマリア様はご自分で渡したがっていたのですよ? だけど、聖女就任の儀式が終わるまでの間、彼女は神殿を出ることが出来ません。あなたに神殿に来て欲しいと行った所で動きはしないでしょうし」


「当然です」



 なんでわたしが街に出ないといけないの、と唇を尖らせれば、彼はふふ、と小さく笑った。



「ですから、マリア様にあなたの反応を伝えるために、わざわざこうして出向いたんです。喜んでいただけたようで安心しました」


「はあ? これのどこが喜んでるって言うのよ」


「口元、さっきからずっとニヤけてますよ」



 神官はそう言って、わたしの口元を指でツンと弾く。思わぬことに、頬が一気に紅く染まった。



「バッカじゃないの! 全然、ニヤけてなんかないし」


「はいはい。そういうことにしておきます。ジャンヌ殿は本当に素直じゃありませんね。可愛いです」


「息を吸うみたいに可愛いとか言うな! この、誑し神官!」



 胸のあたりが怒りでモヤモヤしている。それなのに、この男はわたしとは正反対、物凄く楽しそうだ。

 何なんだこの男。Мなの? 変態なの? 普段チヤホヤされ過ぎて、頭がおかしくなったんじゃなかろうか。この世界の男は普通、言い返されて喜ばないでしょうに。



「ねえ、ジャンヌ殿。一体いつになったら私のことを『セドリック』って名前を呼んでくれるんですか?」


「呼びません。覚える気だってありません」


「いやいや、さすがにもう覚えましたよね? 毎回お教えしてるんですから」



 そう言って神官は、わたしの両手をギュッと握る。無駄にキラキラした眼差しだ。背筋がゾワゾワ震え、胸焼けがする。気づいたらわたしは神官の脛を蹴とばしていた。



「……っ、痛いですねぇ」


「そうでしょうねぇ」


「痛いですねぇ」


「言っとくけど、わたしは謝りませんよ」



 大きなため息を吐けば、彼は諦めたように小さく笑う。



「また来ます」


「もう来なくて良いです。いえ、来ないでください」


「また来ます」



 言い返してたらキリがない。口を噤めば、一体なにを想ったのだろう。わたしの指先に、神官がチュッと口づけた。



「……!? は!? ちょ、何やってんの!」


「また来ますね、ジャンヌ殿」



 ウットリと瞳を細め、神官はわたしの頭を優しく撫でる。



(何!? 何なの、この男!)



 わたしは幼児じゃないっつーの!

 っていうか、これじゃアイドルじゃなくて、質の悪いホストじゃない!

 そんなことされても嫌なだけ。前世の――――幸せだった頃の思い出がフラッシュバックして、辛くなるだけだっていうのに。


 それでも、去り行く男の姿から、わたしは目が離せなかった。


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