【番外編⑥】どうしようもないわたしたちの話をします
「マリアにお願いごとがあります」
真剣な表情でセドリックがマリアと膝を突き合わせる。マリアは「お願いごと?」と首を傾げた。
「なになに? お母さんのことだよね?」
「そうです。実は、ジャンヌに内緒で結婚式の準備をしたいと思ってまして」
「結婚式!?」
マリアが瞳を輝かせ、ピョンと大きく飛び上がる。セドリックはそんなマリアを見つめつつ、そっと瞳を細めた。
「素敵素敵! 絶対やろう! お母さんは素直じゃないもんね。『やろう』ってお願いしても全力で断るもんね」
「そうなんです。友達もほとんどいないし、わざわざお金をかけて式を挙げる必要はないと言われてしまいまして」
ジャンヌが意地っ張りなのは今にはじまったことではないし、彼女の言うことも一理ある。セドリックもジャンヌも友人はほとんどおらず、招待すべき親族などもごく少数だ。だが――
「ですが、私はなんとしてもジャンヌのウェディングドレス姿が見たいんです!」
「あたしも!」
二人は手を取り合い互いを見つめ合うと、コクリと大きくうなずいた。
「それで? お父さん、あたしはなにをしたらいい?」
「ジャンヌの好みはマリアが一番よく知っていると思いますので、ドレスやアクセサリー、ウェディングフラワー選びなどを手伝っていただきたいんです」
「任せて! あたしが絶対お母さんに似合うドレスを選ぶね!」
マリアは満面の笑みを浮かべながら両手をあげる。セドリックはマリアをよしよしと撫でてから、ガッツポーズを浮かべた。
「それでは、もっとメンバーを集めましょう! 作戦会議です」
***
(セドリックめ、なにか企んでるな……)
思わずため息が漏れてしまう。
ここ三ヶ月ほど、セドリックとマリアが二人揃ってお祈りの時間にいないことが多い。理由を尋ねると「登城が必要」と話すばかりで、城でなにをしているのかは教えてもらえないのだから怪しさ満点だ。
(あいつのことだから、きっと碌でもないことだ)
セドリックの行動はいつも突拍子がない。プロポーズが成功する前からマリアとわたしと三人で暮らすための豪邸を建てるぐらいだから、もう大抵のことでは驚かない自信がある。だけど、だからといって気にならないというわけではない。
(他の人に迷惑をかけてなきゃいいけど……)
いや、それも無理な気がする。だって、わたしも散々セドリックに迷惑をかけられてきたんだもん。
とはいえ、そんなセドリックと結婚をしたのはまぎれもないわたしなんだけど。思わずふっと笑ってしまう自分に驚きつつ、わたしはお祈り会場から神殿内の自室へと戻る。
「お母さん!」
と、マリアがわたしに飛びついてきた。まったく、正式に聖女になっても、七歳になろうと子どもは子どもだ。可愛いったらありゃしない。
わたしはマリアを撫でてやりつつ「そんなに急いでどうしたの?」と尋ねた。
「あのね! こっち! こっちに来てほしいの!」
瞳をキラキラ輝かせ、マリアがわたしの手を引っ張る。連れて行かれた先はセドリックの部屋だった。マリアはノックもせずに中に入ると「お母さんを連れてきたよ!」と声を弾ませる。
「ありがとうございます、マリア」
と、出迎えてくれたセドリックを見た途端わたしは思わず目を見開いた。
セドリックが着ているのはいつもの神官服とは違う白いタキシード。赤や黄緑の差し色が入っているけど、ひと目見て明らかに婚礼衣装だとわかった。
「セドリック、あなた……」
「エヘヘ」
セドリックがわたしを抱きしめる。「エヘヘじゃない!」って罵ってやろうと思ったのに、言葉のかわりになぜだか涙が滲んできた。しかも、子どもみたいに背中をポンポンされて、それが無性に嬉しくて、胸がじわりと温かくなる。
「さあ、ジャンヌも早く着替えてください。マリアが一生懸命ドレスを選んでくれたんですよ」
セドリックから促されて部屋に入ると、侍女たちがわたしを待っていた。三人とも何故かボロボロ泣いているし、そのくせものすごく嬉しそうな表情を浮かべている。
「世界で一番美しい私の花嫁をよろしくお願いしますね」
「お任せください!」
そんな会話が交わされつつ、わたしはマリアに連れられ部屋の奥へと向かう。
そこには美しいウェディングドレスがわたしを待っていた。
「もう……!」
「気に入った? そうだよね? だってあたしが選んだんだもん! 絶対お母さんが好きなドレスにしたんだよ」
マリアがエッヘンと胸を張る。堪えていた涙がポロポロこぼれ落ちた。
「マリアのバカ! なんで内緒にしていたの?」
「そんなの、お母さんが一番よくわかってるでしょう?」
マリアはそう言ってわたしのことを抱きしめてくれた。まったく、どっちが子どもなんだかわからない。
「ありがとう。本当に、すごくすごく素敵だよ」
「うん」
結婚式なんてしたくないって言ったのに。いらないって思っていたはずなのに。わたしはどこまでも、どうしようもないほど意地っ張りらしい。
「さあ、このあとも予定が詰まっていますから、準備を進めますよ」
侍女たちがやってきてわたしを取り囲む。
着替えと入念なお化粧を済ませてから、わたしは神殿内の小さなチャペルに連れて行かれた。
(もしも参拝客たちの前に引きずり出されたらどうしようって思っていたけど)
さすがはセドリックとマリア。わたしが本当に嫌なことは熟知しているらしい。
「ジャンヌちゃん!」
「お父さん」
チャペルの扉の前にはお父さんが待っていた。お父さんはわたしを見るなり号泣し、ハンカチで自分の顔を覆う。
「おめでとう! 本当におめでとう! ああ、お母さんにも見せてあげたかった……!」
「……もう、なんでそんなこと言うのよ。せっかく綺麗にお化粧してもらったのに。剥げちゃうじゃない」
わたしが言うと、隣りにいたマリアがニコニコと笑った。
「――でも、ありがとう。お母さんもきっと、喜んでくれてると思う」
多分、きっと。いつだってわたしの幸せを願ってくれてた人だから。お父さんは「そうだね」って目を細めた。
それから、わたしはお父さんに手を引かれてチャペルに入場した。
沿道には陛下や他の神官、わたしやセドリックの数少ない友人が並んでいて、拍手でわたしを迎えてくれる。マリアは後ろからベールを持って付いてきてくれた。
教壇の前にはセドリックが。
今にも泣き出しそうな表情でわたしを待っている。
(なによ)
嬉しそうな顔しちゃって。自分で仕掛けたくせに、そんな表情をするなんて反則でしょう?
「おめでとう!」
沿道からそんな声が上がる。セドリックと結婚をしたのなんて、もう何ヶ月も前なのに。
だけど、なぜだか「本当に結婚したんだな」って時間がわいてきた。
「まったく、どうしようもないんだから」
到着するなり悪態をつくわたしをセドリックが思い切り抱きしめる。
「そんな私と――そんなあなたとで、未来永劫愛し合いたいんです」
教壇の向こうに、神官は誰もいなかった。まあ、わたしたちはどちらも神官だし、誓いを立てるのに別の誰かはいらないってことなのだろう。
「うん――いいよ」
どうしようもないわたしだから。どうしようもないセドリックだから。わたしは自分の気持ちに素直になれる。それが本当に幸せだと思う。
「あたしも! あたしも一緒だよ!」
マリアがこちらに向かってピョンピョン跳ねる。わたしたちは顔を見合わせてから、マリアのことを抱きしめた。
「そうですね。これから先も家族三人で愛し合いましょう」
「だね」
「違うよ、四人だよ!」
「「え?」」
マリアがニコリと笑ってそう言うと、会場が一気にざわめく。わたしはというと、驚きと感心で思わず息を呑んでしまった。
(聖女ってすごいな)
わたし自身「もしかしたらできたかも?」ぐらいに思っていたというのに。マリアが言うなら間違いないのだろう。
セドリックはポカンと口を開けて、わたしとマリアをじっと見ている。
「――らしいよ、セドリック」
わたしが笑うと、セドリックが顔をクシャクシャにして涙を流す。
ああ、幸せだなぁって、そう思った。




