【番外編⑤】マリアのお誕生日をお祝いしようと思います(後編)
それから数日後、いよいよマリアの誕生日がやってきた。
「お母さん見て見て! 今日のお洋服、とっても可愛いでしょう? 街に出かけるからって侍女たちが着せてくれたんだよ!」
「よかったね、マリア。うん……本当にすごく可愛い」
マリアが着ているドレスは実は王室――王太子からマリアへの誕生日プレゼントだ。レースやフリルがふんだんにあしらわれていて、すごくマリアに似合っている。
マリアの誕生日パーティーにも招待をしたのだけど、王族が出席すると主役が変わりかねないということで、謹んで辞退をされてしまった。
『今度、別の機会にしっかりとお祝いをさせていただきますね』
マリアを思いやる王太子の気持ちがとても嬉しい。彼の温かなほほえみを思い返しつつ、わたしは思わず目を細めた。
「ねえねえ、本当に今日はお休みしていいの? 騎士たちが街に連れて行ってくれるって言うんだけど、そんなことして神様に怒られない?」
もじもじしながらも、瞳を期待で輝かせるマリアは大層愛らしい。わたしは彼女の頭をポンポンと撫でながら「大丈夫だよ」と口にした。
「毎日とっても頑張っているんだもん。たまにはお休みだって必要だよ。神様もマリアにゆっくりしてほしいって望んでいると思うな。それに、マリアの分までお母さんや他の神官が頑張るから」
「本当? それじゃあ、お母さんとセドリックにお土産たくさん買ってくるね! 楽しみにしていてね! ね!」
マリアはそう言ってわたしにギュッと抱きついてくる。胸がぽかぽかと温かい。わたしはマリアを思い切り抱き返した。
***
さて、マリアが街に出かけてからは大急ぎでパーティーの準備を進めていった。
神殿のあちこちを色紙や魔法でカラフルに飾り付け、ピンクのリボンを巻きつける。パーティー会場にはそれに加え、美しい花々やパステルカラーの風船をたくさん準備した。
セッティングをある程度見守ったあとは、マリアが好きなカレーライスやパスタ、プリンやケーキをシェフたちの協力の元で作っていく。
特別な日だし手の込んだ料理のほうが……って思ったけど、あの子が本当に喜ぶのは、わたしと二人で暮らしていたときに食べていた料理だろうなぁって。だから、簡単な分だけしっかりと愛情を込めて準備をした。
お昼を過ぎた頃には、神殿に続々と招待客たちが集まってきた。
「久しぶりだね、ジャンヌちゃん」
先陣を切ったのはわたしの父親――ブルックリン伯爵だ。後ろには使用人たちが立ち並び、一人ひとりが大きなプレゼントを抱えている。
「お父さん……またそんなに大量にプレゼントを……」
一体いくら注ぎ込んだんだろう? シャーリーが知ったら絶対に怒ると思うんだけど。
「いいじゃないか! ようやくマリアちゃんにきちんと『お誕生日おめでとう』を言えるんだよ? これぐらいのことはさせてほしい。……というか、ジャンヌちゃんだって、本当は同じ気持ちなんだろう?」
父はそう言ってわたしの頭をポンと撫でる。
(うぅ……)
セドリックの影響だろうか? 最近、わたしの本音が色んな人にバレてしまっている気がする。
ためらいつつも「ありがとう」って伝えたら、父はとても嬉しそうに笑ってくれた。
他にも、マリアに関連深い人々が神殿へと集まってくる。
聖女として正式に就任して以降は同年代の友達もできた。声をかけたら『是非お祝いをしたい』と言ってくれたので、親としてありがたく思ったものだ。
(少しずつ、少しずつ、マリアの世界が広がっている)
ずっとずっと、ふたりきりで生きてきた。深い森の中でわたしと暮らしてきたマリアが、こうして聖女として――普通の女の子として、たくさんの人に愛されている事実が、わたしはたまらなく嬉しい。
「――ジャンヌ、マリアがもう間もなくこちらに到着するそうです」
と、セドリックに話しかけられる。わたしは集まったみんなに声をかけ、会場の照明を暗く落とした。
「お母さん? セドリック? あれぇ……この部屋にいるって聞いたのに……」
「――マリア、お誕生日おめでとう!」
部屋が一気に明るくなり、パンパンとクラッカーの音が鳴り響く。会場の人々がお祝いの言葉を投げかけると、マリアは瞳を輝かせ「うわぁああ!」と声を上げた。
「お母さん、これ……!」
「おめでとう、マリア。今日はあなたの七歳の誕生日だよ」
押し倒さんばかりの勢いで突進してきたマリアを抱きとめながら、わたしはそう説明する。すると、マリアは大きな瞳をうるうると潤ませ、嬉しそうに笑った。
「びっくりしたーー! そんなこと、あたしにはひと言も言ってなかったのに!」
「言ったらサプライズにならないでしょう? ……驚かせたかったんだもん」
わたしの言葉にマリアはキャーーと叫び、わたしの周りをピョンピョンと跳ねてまわる。
「お母さん、会場を見て回ってもいい? いいよね?」
「もちろん。行っておいで、マリア」
「うん!」
飾りつけやお料理に歓喜し、父や友人たちと言葉を交わしながら瞳を輝かせるマリアが見られて、わたしは心底安心してしまう。
(あとはプレゼントを渡すだけ……)
だけど、そんなふうに思った途端、胸がドキドキと騒ぎ出す。
本当に喜んでもらえるだろうか? ……がっかりさせてしまわないだろうか?
「それじゃあ、まずは私からのプレゼントをお渡ししますね」
セドリックにはじまり、集まったみんながマリアにプレゼントを渡していく。マリアは中身を見るたび、とても嬉しそうに笑っていた。
「すごいすごい! おもちゃやドレスがいっぱい! だけど、こんなにたくさんあったら、お部屋に入り切らないね」
「大丈夫。新しいお家のマリアのお部屋はとっても広いんですよ? このぐらいへっちゃらです」
「本当? よかった〜〜! 安心しちゃった」
無邪気に笑うマリアとセドリック。段々とわたしの出番が近づいていく。
そうして最後の一人――わたしの番が来てしまった。
「えっとね……わたしからのプレゼントなんだけど」
「うん!」
期待に満ちたマリアの瞳。緊張で足がすくんでしまう。
『大丈夫』
セドリックにポンと肩を叩かれ、わたしはゆっくりと深呼吸をする。それから一冊の分厚い本をマリアの前に差し出した。
「わぁ〜〜〜〜! 新しい絵本だ! あたし、お母さんの描いた絵本、好き! 世界で一番大好き! すっごく嬉しい!」
マリアはそう言ってピョンピョンと嬉しそうに飛び跳ねる。紅潮した頬。ひとまずは喜んでもらえたみたいでよかった。
だけど、本当にこれでよかったのだろうか?
「ねえ、お母さん読んで!」
「え? 今、ここで?」
「うん! 早く読みたい! ……ダメ? お願い!」
心に訴えかける表情。わたしはゴクリとつばを飲みつつ、マリアの側にしゃがみ、本を開いた。
「――昔々、あるところに、心優しく美しい少女が居ました。少女は神がこの世に遣わした聖女で、数々の奇跡を起こすことが出来ました。聖女は人々の傷を癒し、飢えを満たし、深い慈愛の心で精神に安らぎを与え、幸せを届けることが出来ます」
「あれ? このお話、前にも……」
マリアがそっと首を傾げる。
「――聖女は特別な存在です。ですが、彼女は他の人となんら変わらない普通の女の子でもあるのです」
「え? ……あっ! これ……!」
ページを開いてすぐ、飛び込んできたのは生まれたばかりの小さな小さなマリアだ。
「聖女はとても可愛い赤ん坊でした。ふっくらと丸いほっぺたに、空色の綺麗な瞳、夜泣きもほとんどしないお利口さんで、毎日たくさんミルクを飲みます。花のような笑顔、小さな手のひらには希望がたくさん詰まっていて、見ているものを幸せな気持ちにしてくれます」
「ええ!? これ、全部マリアなの? すごーーい! 小さくて可愛いっ」
――わたしが絵本に詰め込んだのは、生まれてから今日までのマリアの記録だった。
この世界に写真なんて代物はない。だけどわたしは、魔法を使って似たようなものを作り、記録しておいた。それをサイリック様にお願いして、写真とほぼ同じ形で現像してもらうことに成功したのだ。
「見てみて、セドリック! これ、マリアなんだって! 可愛いよね? ね?」
マリアは瞳を輝かせつつ、セドリックや侍女たちを自分の周りに呼び寄せる。
寝返りやハイハイをしているマリア、つかまり立ちをしているマリア、転んで泣いているマリアに、ご飯で口元を汚しているマリア。本を読んだり、森で動物と遊んでみたり、ボールを追いかけ回している写真もある。
それは他人から見ればなんでもない日常――けれど、わたしにとってかけがえのない宝物だった。マリアと出会って過ごしてきた七年間は、毎日キラキラと光り輝いていた。
「――時が経ち、聖女はとても優しい女の子に成長しました。いつでも他人の気持ちを一番に考えて行動する、素晴らしい女の子になってくれました。だからこそ、神様は彼女を聖女としてお選びになったのでしょう。きっとみんなを幸せにしてくれるから、と。
けれど――お母さんは誰よりも何よりもあなたのことが大切だから……」
だから、聖女だからと気負わず、自分を一番に考えてほしい。この世で一番幸せになってほしいし、いつだって笑っていてほしい。聖女である以前に、マリアはわたしにとって一番大切で特別な存在なんだから。
聖女に就任したマリアの写真のその先には、まっさらな紙が何枚も続く。
「ここから先のお話はまだないんだ。だから、お母さんやセドリックと一緒に作っていこう。……三人で色んなところに行って、たくさん素敵な思い出を作ろう」
パタンと本を閉じてから、わたしはゆっくりとマリアのほうを見た。彼女はなにも言わないまま、まじまじと本を見つめている。
(……やっぱりガッカリさせちゃったかな?)
相手はまだ幼い子ども。ぬいぐるみやドレスみたいな派手さはないし、お伽話みたいな爽快感もなかったものね。
「……なーんて、お母さんのプレゼントはこれだけじゃないんだよ。他にも色々と準備して――」
と、わたしの言葉を遮り、マリアがギュッと抱きついてくる。
「ありがとう、お母さん! お母さんからもらったプレゼントが一番嬉しかった! 本当に、とっても嬉しかった!」
ボロボロと涙を流すマリア。わたしは思わず目を見開く。
「……ううん。もらったのはむしろわたしのほうだよ」
抱えきれないほどの幸せを、希望を、わたしはすでにマリアからもらっている。
「改めて、お誕生日おめでとう、マリア。生まれてきてくれて……わたしの娘になってくれてありがとう」
普段は素直になれない分、ありったけの想いを――七年分の愛情と祝福を言葉にする。そしたらマリアはわたしのことを力いっぱい抱きしめて、とても嬉しそうに笑うのだった。