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【番外編④】マリアのお誕生日をお祝いしようと思います(前編)

「マリアのお誕生日?」


「ええ。……正確にはわたしがマリアを拾った日が迫ってるんです。だけど、マリアは自分の誕生日を知りません。わたしが教えていないんです」



 毎年この時期になると、わたしは憂鬱になる。マリアの誕生日――それはすなわち、あの子が本当の親に捨てられた日を意味していた。



「なるほど……そうでしたか」


「だけど、今年からはきちんとお祝いをしてあげたくて。それでセドリックに相談をしたかったんです」



 マリアに悲しい想いをさせたくない……だからわたしは、なんの日か黙ったまま、毎年こっそりあの子の誕生日をお祝いをしていた。いつもよりちょっぴり豪華な食事に、ささやかなケーキ、それから毎年手作りの絵本を用意して。



「事情はわかりました。でしたら、今年は盛大にお祝いしてあげましょう。きっと喜びます」


「……うん。そうだったらいいなって思ってる」



 マリアがわたしのことを本当の母親だって思ってくれているってわかったから。誕生日を悲しむことはきっとない。お祝いしたら喜んでくれるって、素直にそう思えるようになった。



(ちゃんとおめでとうって言ってあげたい)



 生まれてきてくれてありがとうって。あなたのことが大好きだよって言葉にして、マリアのことを抱きしめてあげたい。あの子が本当にほしがるものをプレゼントを用意して、喜んでいる顔が見たい。七年分の愛情を、きちんとあの子に示してあげたい。


 そのためには、わたし一人が頑張っても駄目だ。


 だって、あの子が生まれてきたことを喜んでいる人がたくさんいるんだってことを教えてあげたいんだもの。とびきりの誕生日にしてあげたいって思うじゃない?



「一緒に準備しましょう。可愛いマリアのために」


「うん……ありがと」



 セドリックはわたしのことを抱き寄せつつ、触れるだけのキスをした。



***



「わぁ、マリア様のお誕生日ですか? それは気合を入れてお祝いの準備をしなければいけませんね!」



 マリアの誕生日パーティーを開くため、わたしは早速神殿のみんなに話をした。セドリック以外の神官も、侍女も護衛騎士も料理人たちも、みんながわたしの提案に賛同してくれて、各々準備を申し出てくれている。



 驚かせるため、準備中は護衛騎士たちにマリアを街へ連れ出してもらうことになった。あの子が喜びそうなお料理やケーキの考案も進んでいる。


 それに、神官や侍女たちは各々プレゼントを準備してくれるって。



(さて、わたしからのプレゼントはどうしよう?)



 考えながらうーんと大きく頭をひねる。



 わたしからマリアへのプレゼントは毎年、手作りの絵本と決まっていた。


 はじめての誕生日には桃太郎を。その次の誕生日にはかぐや姫を。三歳のときにはシンデレラを……といった具合だ。


 贈り物に絵本を選んだのは、別にケチったからってわけじゃない。あの子に自分の誕生日を悟られないもので、なおかつ適当だと思ったからだ。


 本当の親はいなくても、幸せになれる。今は辛くともいつかきっと幸せになれるって、そんな希望を持ってほしかった。マリアはわたしの手作りの絵本を、とても喜んでくれたしね。


 だけど、今年はさすがに手作り絵本を贈るわけにはいかない。なんといっても、大手を振ってお祝いできるはじめての誕生日なんだもん。とびきり喜んでもらえるものを贈らなきゃだ。



 だけど、そんなふうに思えば思うほど、なにをあげればいいかがわからなくなってしまう。



「マリア様のお誕生日プレゼント、もう準備した?」

「もちろん! 私は新しいリボンを贈るの」

「あたしはぬいぐるみを準備しました」

「ドレスを」

「靴を」

「アクセサリーを」

「クレヨンを」



 神殿のみんながウキウキと話しているのを聞きながら、気持ちがどんどん急いていく。



(どうしよう……なにをプレゼントしたらいいんだろう?)



 きっとあの子はなにをあげても喜んでくれる。『ありがとう、お母さん!』って笑ってくれるんだろう。

 だけど……。



「まったく……悩みがあるときは相談してくださいって言ったのに」



 と、後ろからふわりと抱きしめられる。見ればセドリックが苦笑を浮かべ、こちらをじっと見つめていた。



「マリアの誕生日プレゼントが決まらないんでしょう?」


「……うん」



 どうしてセドリックにはいつもわたしの考えがバレてしまうのだろう? ムッと唇を尖らせると、彼はクスクスと笑い声をあげた。



「わかりますよ。あなたがそういう顔をするのは、マリアのことを考えているときですから」



 ポンポンと頭を撫でられ、目頭がじわりと熱くなる。彼はギュッと腕に力を込め、わたしのことを抱きしめ直した。



「大丈夫。ジャンヌの気持ちは絶対にマリアに伝わります」


「……そうかな?」


「そうですよ。私が保証してあげますから、どうか自信を持って。そもそも、こうして誕生日パーティーの準備をしたり、ケーキやお料理の考案をしていること自体が、マリアにとっては素敵な誕生日プレゼントなのですから」


「…………うん」



 言いながら、涙がこぼれ落ちる。そんなわたしを見つめながら、セドリックは小さく笑った。



「ジャンヌは泣き虫ですね」


「一体誰のせいで。現世ではほとんど泣いたことがなかったのに」



 純粋で素直だった前世のわたしとは異なり、ジャンヌとして涙を流したのは両手の指で数えられる程度。そのほとんどがセドリックと出会って以降の出来事なのだから、彼のせいとしか考えられないでしょう?



「ありがとうございます。それって最高の褒め言葉ですよ」



 セドリックはそう言って、額や頬に口付けを落とす。



「別に、褒めてないのに」



 憎まれ口を叩いたものの、嬉しそうな表情というのは伝染してしまうもので。わたしはそっと目を細めた。


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