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【番外編③】ジャンヌ様の話をします〜Side 侍女娘〜

 マリア様が正式に聖女に就任なさってから一カ月。神殿には慌ただしくも平和な日々が流れていました。



「こちらが聖女マリア様のお部屋、そのお隣が母親であるジャンヌ様のお部屋よ。一応部屋は別れているけど、マリア様はジャンヌ様のお部屋でお過ごしになることが多いの。お部屋は常にピカピカに掃除して、お二人が過ごしやすい環境を整えるようにね」


「なるほど……わかりました」



 マリア様とジャンヌ様、神官の数が一気に二人も増えたこともあり、神殿には新しい侍女が迎えられていました。



「だけど、お二人はそのうちお引越しをなさるんですよね? たしか、主任神官のセドリック様が新しいお屋敷を用意しているって聞きました」


「ええ、そうよ。だけど、お二人の部屋はこのまま大事に残しておく予定なの。日中はずっと神殿の中にいらっしゃるし、この部屋はジャンヌ様にとって絶対必要な場所なんだから」



 説明をしながら、私はついついジャンヌ様にお会いしたばかりのことを思い出してしまいます。


 実は、実際にお会いするまでは一体どんなひどい魔女なんだろうって思っていました。だって、マリア様があんなに会いたがっているのに、自分からは神殿に足を運ぼうとなさらなかったんですもの。


 だけど、ジャンヌ様については知れば知るほど、情が深くて愛らしい方だなぁと思うようになっていったのです。



***



『あのさ……神官って普通、どんな勉強をしたらなれるものなの? 他にも、神聖力ってどうやったら身につくか知ってたら教えてほしいんだけど』


『え?』



 それは、ジャンヌ様がはじめて神官として人々の前に立った日のこと。セドリック様のいらっしゃらない隙を見計らって、ジャンヌ様はそんなことを尋ねてきました。



『えぇと……ジャンヌ様は神官になるためのお勉強をなさりたいのですか?』


『……したいというか、今のままじゃあまりに申し訳ないじゃない? みんな、願い事を叶えたくて神殿に来てくれてるのに、わたしじゃなんの力にもなれないし』


『いやぁ……それはどうでしょう?』



 正直なところ、神官に祈っただけで願い事が叶うなんて本気で信じている人間は、あの握手会にはいないと思います。神殿に来た時点でご利益はありますし、願い事が叶わなかったからといって文句を言う人もいません。今日ジャンヌ様が担当なさった方々も話を聞いてもらえてとても喜んでいましたし、目の保養目的で来ている方が九割なのでは……?



(だけど)



 ジャンヌ様は見るからにシュンとした表情でうつむいています。なんだかとっても可愛いし、こんな顔をされたら『なんとかしてあげなきゃ』って気持ちになってしまうじゃないですか。



『わかりました。セドリック様にはバレないように、教本を調達してきますね』



 私がそう請け負ったら、ジャンヌ様はパッと瞳を輝かせて『ありがとう』と言ってくださいました。あのときの笑顔! とっても可愛かったです。



 それからジャンヌ様はお勤めの合間をぬって、お勉強をするようになりました。神官様たちから集めてきた教本のほか、神殿内にある図書館に足繁く通い、歴史や法律、神の教えについて熱心に調べていらっしゃいます。


 しかも、セドリック様やマリア様がお部屋にいらっしゃった際にはササッと教本を隠すんですよ。お二人にはご自分が努力をしている様子をあまり見せたくないみたいです。まあ、セドリック様にはバレバレだったんですけどね。



『――かなり根を詰めている様子なので、頃合いを見計らってお茶とケーキを運んであげてくれますか? マリア様と一緒のほうが息抜きができると思いますので、二人分お願いします』


『はい、セドリック様』



 セドリック様は指示を出したのが自分だとはわからないように、私たち侍女にあれこれとお願い事をなさっていました。こうして程よいタイミングでお茶を準備したり、神殿で着る可愛いドレスを何枚も準備したり、といった具合です。



『ねえ、よかったらなんだけど……もっと地味な色合いの服はないの?』


『そうですねぇ……神殿ですからねぇ』



 ジャンヌ様は毎朝手渡されたドレスを眺めながら、居心地の悪そうな表情を浮かべていらっしゃいます。神殿だから白い服を着なきゃいけないなんて決まり、本当はありません。完全にセドリック様の趣味です。



『どれも高そうな服ばかりだし。フリルとかレースとか、柄じゃないっていうか……ちょっと恥ずかしいなぁって』


『そんなまさか、とってもお似合いですよ』



 可愛い人には可愛い洋服を着てほしい(眼福)。このときばかりは、私たちも全面的にセドリック様の味方をさせていただきました。



『あっ、そうだ。参拝者の皆様はジャンヌ様の美しさを拝みに来ている側面もありますからね。せっかく神官修行をなさるなら、そういった側面も磨いてはいかがでしょう?』


『えっ? そういう側面って……』


『ジャンヌ様の美貌のことですよ。私常々、お肌や髪のお手入れをもっと入念にさせていただきたいなぁって思っていたんです。ジャンヌ様が嫌がるからあまり長時間は拘束できませんでしたが、それだけお勉強を頑張っていらっしゃるのですし、もっと違うアプローチを検討なさるべきだと思うんです。だってジャンヌ様は人々に喜んでほしいのでしょう?』



 本当は『美しさを拝みに来ている側面もある』のではなく『美しさを拝みに来ている』が正しいんだけど、ジャンヌ様の努力を意味のないものだとは思いません。勉強を頑張ることによって、ジャンヌ様は参拝者たちの前に自信を持って立てるようになるのでしょう。だからこそ、侍女としては彼女の想いをきちんと実らせてあげたいと思うわけで。



『……それじゃあ、お願いできる?』


『はい、喜んで!』



 ――セドリック様からお褒めの言葉をいただいたことは言うまでもありません。




 それから数日後、ジャンヌ様は神殿内のお掃除をしたり、熱心にお祈りをなさるようになりました。そうすることで、ご自分の神聖力を少しでも高めたいと考えられたようです。



(面倒なことはお嫌いだってお話だったのに)



 おそらくジャンヌ様は根がとっても真面目なのでしょう。やるからにはちゃんとやりたい(だからこそ、基本的には手を出さない)というスタンスなのだと思います。


 参拝者たちの名前や顔、お話の内容も記録して毎日読み返していらっしゃいますし、相談事について助言ができるように調べごともしています。本当に勤勉なことです。


 正直、そこまできちんとしている神官はここにはいな――いえいえ、皆様真面目にお勤めをしていらっしゃいますけれども! ジャンヌ様は特に熱心だなぁと感心してしまいます。




『ねえ、今度街に出かけたいんだけど……どんな服装をしていくのがいいと思う? 最近はどんなドレスが流行りなの? お化粧とか、髪型とか、わたしにはよくわからなくて……』


『ええ、街ですか?』



 それはジャンヌ様が神殿にいらっしゃってから数週間後のこと、なにやら頬を赤らめ、もじもじと尋ねられてしまいました。



『もしかして、セドリック様とデートですか?』


『えっ? えっと……』



 女の勘を馬鹿にしてはいけません。すぐにピンと来てしまいました。

 ジャンヌ様はゆでダコみたいに真っ赤になりながら『うん』と返事をなさいます。



(可愛い〜〜!)



 私は他の侍女たちとこっそり悶絶してしまいました。

 ジャンヌ様は本当に素直じゃない女性です。だけど、仕草から表情から、本当の気持ちが簡単に読み取れますので、一周回ってむしろ素直だとも思います。


 あれだけ可愛いのだから、ほんの少し甘えたらみんなが言うことを聞いてくれるだろうに、決してそうはなさらない。だからこそ、セドリック様は構いまくって甘やかしたくなるんだろうなあって思います。

 かくいう私もその一人。強がっていらっしゃるのが面白くて、いつもほほえましく見守ってしまうのです。



***



「そういうわけですから、このお部屋はこれからもここに残さなきゃいけないの」



 ジャンヌ様は結婚後も神官を続けてくださるそうです。あんなに嫌がっていたのに……なんてちょっぴり意地悪なことを言ってしまいたくなりますが、私はジャンヌ様らしい選択だなぁって思います。


 マリア様が神殿から出られるようになったこともあって時間はこれまでよりも減ってしまうとは思いますが、これからもこの部屋で神官としての勉強をしたり、参拝者たちの願い事に思いを馳せたり、マリア様と一緒にお茶を楽しんだりするのでしょう。


 私はそんなジャンヌ様のことを、これからも陰ながら支えていきたいなぁって思うのです。



「ジャンヌ様〜〜、お茶をお持ちしましたよ!」


「うん。……いつもありがとう」



 照れて赤くなったジャンヌ様の顔を見つめつつ、私は満面の笑みを浮かべてしまうのでした。


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