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【番外編①】セドリックの話をします(前編)〜Side サイリック〜



「ジャンヌ殿、こちらは……」


「サイリック様に作っていただきたい品物のリストです」



 返事を聞きながら、ボクはメガネを軽く上げる。

 向かいのソファに座っているのは、つい最近結婚の決まった友人――セドリックとジャンヌ殿。そして、彼らに手渡された分厚い紙の束には、見たことのない形をした発明品と、その使い道、構造についての説明がギッシリ書き込まれていた。



「洗濯機にエアコン、パソコンにプリンター、テレビにカメラ、電話、車に鉄道……?」



 ペラペラと紙をめくりつつ、ボクは思わず息を呑む。



「どうでしょう? 再現できそうですか?」


「そりゃあ、見た目も用途もこれだけ具体的に書かれていますから、可能だとは思います。だけど、一体どうやってこんなにたくさんの発明を?」


「ジャンヌには前世の記憶があるんですよ」



 と、返事をしたのはセドリックだった。彼はジャンヌ殿をそっと抱き寄せつつ、穏やかな笑みを浮かべている。



「前世の記憶? けれど、今より前にこんなものがあったという記録は……」


「前世では、この世界じゃなく別の世界で生きていたんです。前世の世界では魔法がないかわりに文明が発展していて、電気やガスが……って、こんなことを言ってもなかなか信じてもらえないと思うんですけど」



 ジャンヌ殿はそう言いつつ、若干ばつが悪そうだ。

 たしかに、にわかには信じがたい話ではある。だけど、手元の分厚い紙束を見るに、嘘を言っているとも思えない。



(そういえば、以前発明品を見せてもらったときも『自分で考えたものではない』と主張をしていたっけ)



 なるほど、ジャンヌ殿の話は終始一貫しているし、発明品の魔法がこんがらがっていたのも『自分で考えついたものでないから』というなら説明がつく。



「信じますよ。いやぁ、世の中には面白いことがあるもんですね」



 そう言ってちらりと顔を上げたら、ジャンヌ殿はほんの少しだけ目を見開き、とても嬉しそうに微笑んだ。そんな彼女を見つめながら、セドリックが目を細めている。



(なるほど、本当に面白いな……)



 ジャンヌ殿の転生の話よりも、親友の反応のほうがよほど……。ボクは口元をほころばせつつ、二人のほうへと向き直った。



「しかし、どれも便利そうなグッズですね」


「そうなんです。なくても生活はできるけど、あるとものすごく便利なものばかりで……! もちろん、作るのは大変だってわかってますし、魔力を持たない人にどうやって使ってもらうかっていう課題はあるんですけど。それでも、人々の生活が少しでも豊かになったらいいなぁって。そしたら聖女であるマリアの負担も減ると思うから」


「なるほど、そういうことでしたか」



 人に頼るのが下手くそそうなこの女性がどんな心境の変化だろうと思っていたけど、愛娘のためだというなら理解できる。



「やりましょう。もちろん、全部をすぐにとはいきませんし色々と課題はあるでしょう。けれど、王宮にはつてがありますし、きっと良い策が見つかるはずです。というか、人々の生活云々を抜きにしても興味深い。すごく面白そうなので作ってみたいです」


「本当ですか……! ありがとうございます、サイリック様」



 ジャンヌ殿は瞳を輝かせつつ、深々と頭を下げた。



「それでは、詳しく話を聞かせてください。まずは、どれを優先して作っていくか決めましょうか……」


「そうですね。えぇと……」


「ジャンヌ、あなたはここでサイリックと話を進めておいてください。私は魔術師団のおエライさんに挨拶をしてきます。今回の依頼は陛下を通じて簡単に頭出しをしていますが、さすがになにもなしというわけにはいきませんから」



 セドリックがそう言って立ち上がる。

 今回の件はジャンヌ殿個人からの依頼ではなく、神殿――国からの要請、事業ということになるらしい。費用だって当然国がもつ。うまくいけば人々の生活が劇的に変わるのだから、妥当な判断だろう。



「わかりました。堅苦しい挨拶は苦手ですし、そのほうが助か……」



 と、彼はジャンヌ殿の言葉を聞き終わる前に、額にキスを落とした。



「なっ! なにしてるんですか、人前で!」


「え〜〜、いいじゃありませんか! サイリックは友人ですし……」


「よくありません! まったく、恥ずかしい。よくもこんな……」



 ジャンヌ殿は顔を真っ赤にしてセドリックに抗議をしている。



(可愛い人だなあ)



 本当はまんざらでもなくせに。……なんて、そんなことを言ったら烈火のごとく怒るんだろうけど。ボクは必死で口をつぐみつつ、目の前でいちゃつくカップルを生温かい目で見守る。



「でもでも、結婚式のときにはたくさんの人に私たちのキスシーンを見られるわけですし、今のうちにサイリックで練習をしたほうがいいと思いませんか?」


「思いません! というか、結婚式はしなくていいって言ってるのに」


「駄目ですよ。最高に可愛い私の花嫁をみんなに見せびらかしたいんです。ウェディングドレスを着たジャンヌは女神のように美しいでしょうし、絶対に見逃せません。それに、マリアがフラワーガールを務めてくれたら最高だと思いませんか?」


「それは……見てみたい気もするけど」



 セドリックは心底楽しそうな表情を浮かべながら、ジャンヌ殿の頭を撫でていた。ムッと唇を尖らせるジャンヌ殿はいじらしくて、セドリックがからかいたくなるのも無理はない。


 それじゃ行ってきます、と口にして、セドリックは部屋をあとにした。ジャンヌ殿はセドリックの後ろ姿を見送りつつ、ふぅと息をつく。



「いやぁ面白い。長い付き合いですが、セドリックは本当に驚くほど変わりましたね」


「そうなんですか?」


「ええ。ここだけの話、セドリックって感情表現が乏しいというか……なんとも面白みのない男だったんですよね」



 しみじみとそうこたえれば、ジャンヌ殿は「そういえば」と顔を上げる。



「以前、参拝者の方もおっしゃっていました。幼い頃のセドリックは、ちっとも笑わない冷たい対応だったって」


「そうそう。ひどいもんでしたよ。せっかくあいつのためにお客さんが色々持ってきてくれてるのに、『ああ』とか『どうも』みたいな返事しかしないし。笑っているところなんてちっとも見たことがありませんでした。それに、ボクが話しかけてもシカトばかりされてましたからね」


「え? サイリック様に対してもそんな感じだったんですか?」



 ジャンヌ殿はそう言って目を大きく見開く。食い気味に「ええ」と返事をすると、彼女は左右に目を泳がせつつそっと身を乗り出した。



「あの……」


「知りたいですか? 昔のセドリックのこと」



 ボクの問いかけに、ジャンヌ殿は弾かれたように姿勢を正す。しばらく迷ったのち、彼女はコクリとうなずいた。



「セドリックと出会ったのは十二年前、ボクたちが十歳の頃の話です」


 本話含め番外編を5話、毎日更新させていただきます。最後までよろしくお願いいたします!

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