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39.断食魔女と肉食神官と

 マリアの実母が現れて二週間が過ぎた。



 大きな窓から燦々と降り注ぐ美しい朝日。風に揺れるレースのカーテンに新緑の匂い。

 湯浴みの後の爽やかな石鹸の香りに、いつもよりも凛と張り詰めたどこか厳かな雰囲気。


 真っ白なシルクのドレスに、白いレースベール、神秘的な宝石が埋め込まれたヘッドティカを額に着けて、マリアがくるりとターンをした。



「どう、お母さん? 似合う? 似合う?」


「うん、すごく似合ってるよ。絵本の中のお姫様よりずっと可愛い」


「やったーー!」



 こんな雰囲気の中でも無邪気な顔をしてマリアは笑う。わたしは思わず唇を綻ばせた。



 あの日以降、わたしたちは母娘として生活をしている。

 はじめは少しぐらいぎこちなくなるかなぁと思っていたんだけど、全くそんなことはなく。寧ろ、これまで互いに遠慮していた部分を思う存分ぶつけあって、すごくしっくりきている。そう感じているのはわたしだけじゃなく、マリアも同じ気持ちだろう。



「マリア様の準備は整いましたか?」



 その時、他の神官たちとともに、セドリックがわたしたちの部屋にやってきた。

 真新しい神官服に身を包み、いつもよりもどこか近寄りがたい、神聖な雰囲気だ。



「おまたせ。今終わったところ」


「それは良かった。

――――それではマリア様、参りましょうか」


「はい」



 そう返事をしたマリアはもう、普通の六歳児の表情ではなくなっていた。



 ――――今日、マリアはこの国の聖女として、正式に就任する。



 国王や王太子、大臣や貴族、神殿関係者たちが見守る中、聖女としての任務を与えられ、その身と心を人々のために尽くすことを宣誓する。



 正直言って『これで本当に良いのかな?』って気持ちは、今でもゼロになったわけじゃない。


 だけど、これがマリアのやりたいことだって言うんだもの。親としては応援してあげなきゃいけない、サポートしてやらなきゃいけないって思うのだ。



『あたしね、色んなところに行って、たくさんの人に会って、幸せになってもらうの! それから卵焼きや味噌汁、カレーライスの良さを知ってもらいたいんだ! そしたら、お母さんがたくさん頑張らなくても、材料が簡単に手に入るようになるでしょう?』



 マリアはそう言ってニコリと笑う。

 最初は『なにそれ?』って思ったんだけど、この国で生まれて、この国で育ったマリアが、和食の普及に燃える様子は見ていてとても微笑ましい。わたしの前世も案外捨てたもんじゃないって、素直にそう思えるから。



 だけど、今は良くても、いつかマリアにとって聖女の役目が重くなったり、嫌になったその時のために、わたしはわたしにできることをしていきたい。



 幸い、わたしにはセドリックが居て、わたしの理想(という名の前世の記憶)を再現してくれる人や、手伝ってくれる人がたくさん居る。



 聖女はあくまで平和と幸せの象徴――――ただそこに存在し、笑っていたらそれで良い――――そんな国にできるように、頑張ってみようと思っている。マリアが宣誓をするのに合わせて、わたしは密かにそう誓った。




「――――一緒に暮らしませんか?」


「は?」



 改めて、聖女としてマリアが広間に集まった民衆に拍手で迎えられたその時、セドリックが小さな声でそう囁いた。彼はわたしの手を握り、そっと瞳を細めている。



「……一緒に暮らすも何も、今も同じ神殿に住んでいるじゃありませんか」



 だから、改めて提案されるようなことはなにもない。

 そう言外に伝えたのだけれど――――。



「実は、郊外に家を建てているところなんです」


「家を建てている?」



 ついつい大きな声を出しそうになり、わたしは慌てて声を潜めた。



「ええ、現在進行系で。大きすぎず小さすぎない、良い感じの家を。ジャンヌとマリア様と一緒にそこに住もうと思いまして」


「……一体いつからそんなことを?」


「一ヶ月ほど前からですね。完成まではあと三ヶ月ほど、といったところでしょうか?

貴女が嫌がると思って、大豪邸は避けたのですが、マリア様に安心して住んでいただくために、造りはとてもしっかりしていて、建築費用もそこそこかかっているので、断られたくないなぁというのが本音です」


「ちょっ……その言い方はズルいです」



 そんな内情を伝えられたら、本気で断りづらいじゃない?

 本当、セドリックは神官のくせに性格が良いとは言い難いんだから。



「家事があまり好きじゃない貴女のために、きちんと侍女を雇います。シェフは貴女好みの食事を作れる人間を用意しますが、時々はジャンヌにもキッチンに立っていただけると嬉しいです。面倒くさいと言いながら、私とマリア様が大好きな温かい料理を作ってください。私と、マリア様と、三人で一緒に料理を作りましょう。

それから、警備の面はご安心ください。マリア様のために腕の立つ護衛を複数用意します。けれど、神殿のように仰々しくなく――――それでいて温かな家庭の雰囲気を大事にしたいと思っています」



 セドリックはそう言って、わたしの指にダイヤモンドの指輪をはめる。前世でもらったものよりも、何倍も大きくて美しい宝石だ。

 別に、比べるようなことじゃないんだけど。

 それでも以前には得られなかった幸せが、手の届くところに――――すぐ目の前に存在する。そう思うと、涙が自然とこみ上げてきた。



「ついこの間『現在を積み重ねていく』って言ったばかりなのに……」



 だけど、一度結婚を約束して、それが破談になったわたしとしては、簡単に頷くわけにはいかない。もう少し、互いを見定めるための時間を持つべきじゃないか――――そう言い訳したくなる。



「ええ、ジャンヌの仰るとおりです。

けれど、どうせ同じことをするならば、その関係は恋人でも夫婦でも構わない――――そうは思いませんか?」



 セドリックは言葉巧みに、わたしの同意を引き出していく。うっと口をつぐんだわたしに、彼はなおも畳み掛けた。



「私は貴女と家族になりたいんです」


「……身分的な問題は?」


「ございません。元々私達は似たような身分ですし、既に陛下には話を通しました。どんな反応をされるか少しだけ怖かったのですが、陛下は私がマリア様の正式な保護者になることを、とても喜んでくれましたよ。

歴代の聖女は孤児が多かったので神殿で暮らしてもらっていたのですが、もしも温かい家庭の中で過ごせるのなら、それが一番だろうと言ってくれました。マリア様はまだ六歳ですしね。

それから、貴女のお父様にも結婚の許しを得ました。あとは貴女に頷いていただくだけです」



 新しい聖女の誕生を祝って沸き起こる大歓声の中、セドリックはわたしとマリアを交互に見つめる。



「私をジャンヌと、マリア様の家族にしてください。

私は貴女を愛し、愛される夫になりたい。マリア様を慈しみ、育てる父親になりたい。

貴女の側で、笑ったり泣いたり、怒ったりしながら、生きている悦びを噛み締めたい。

ジャンヌ、そんな私の願いを、どうか叶えていただけませんか――――?」


明日(R5.2.8)の朝7時に最終話を投稿します。

最後まで、よろしくお願いいたします!

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