34.マリアと同じ顔の女の子を見つけました
セドリックと街に出かけてから二週間が経った。
「最近のジャンヌさんは、なんだかとっても元気だねぇ」
朝食の席で、マリアがおもむろにそんなことを口にする。
「元気? わたしが?」
「うん! 前みたいに『起きたくない』『ご飯食べるの面倒くさい』って言わないし、お勤めも嫌って言わなくなったし。元気だなぁって」
その途端、わたしはウッと言葉をつまらせてしまった。
マリアが言ってることは全て純然たる事実だ。嫌味を言っているつもりはなくて、単純にわたしが元気に見えるのが嬉しいのだろう。
だけど、他人の口から自分のだらしなさを聞かされると、ものすごく心臓に悪い。スミマセン、っていう気持ちになる。
(ほんと、スミマセン……)
心のなかで誰ともなしに謝罪しつつ、わたしはコホン、と咳払いをした。
「一応ね……子供のマリアが頑張ってるんだし、わたしも少しは頑張らなきゃなぁと思ったんだよ」
そう言ってグシャグシャと頭を撫でれば、マリアは「そっか〜〜」と満面の笑みを浮かべた。
「だけど、マリア様の仰る通り、最近のジャンヌは本当に活き活きしていますし、よく頑張ってます。参拝客も喜んでいますし、神官一同、感心していますよ」
今度はセドリックがわたしを撫でる。
「別に。そんなことないし」
恥ずかしさのあまり憎まれ口をたたき、ふいと顔を背けたら、セドリックは満足そうに笑った。
「わぁ! 良いなぁ、ジャンヌさん! あたしもセドリックに頭撫でてほしいなぁ! いっぱい褒めてほしいなぁ!」
ちょうどそのとき、マリアが瞳を輝かせ、とても羨ましそうな表情を浮かべた。
(ホント、わたしと大違い。びっくりするぐらい素直な子だなぁ)
一体誰に似たんだろう? わたしは思わず苦笑を漏らす。
「ええ、もちろん! マリア様もとってもよく頑張っていらっしゃいますよ」
セドリックはそう言って、マリアのことを優しく撫でた。
マリアはわたしに褒められるときと同じぐらい――――いや、もっと嬉しそうに見える。
(無理もないか)
付き合いは短いけれど、マリアにとってセドリックは、兄みたいに身近な存在だ。
毎日食事を共にしているし(これはセドリックが勝手に同席をはじめただけだけど)、身の回りの世話や聖女としての教育などなど、セドリックが絡む場面がとても多いもの。
「あっ、そうだ! あのね、あたしね、ダンスを頑張ったご褒美を何にするかようやく決まったんだ!」
「ご褒美? ……ああ」
そういえばセドリックが、マリアとそんな約束をしていたっけ。わたしの問いかけに、マリアはゆっくりと頷きながら、嬉しそうに唇を綻ばせた。
「何が良いの?」
「えっとねぇ……今はまだ内緒! もう少ししたら教えてあげる!」
「えぇ? すぐに教えてくれたって良いじゃない?」
「ダメなの! こういうのはタイミングが大事なんだから!」
へへ、と思わせぶりな笑みを浮かべ、マリアは食事を口に運ぶ。
(気になる……)
まさかとは思うけど、とてつもない無理難題を言い出すつもりじゃなかろうか……じとっとマリアを見つめていたら、セドリックが「大丈夫ですよ」と言って瞳を細めた。
***
朝食を終えたら気を取り直し、三人揃って参拝客の話を聞く。
笑うことも、話を聞くことも、握手をすることすらも、今では抵抗がなくなってきた。
もちろん、猫をかぶることは疲れるけれど、給料をもらって仕事をしている以上、わたしはプロだ。仕事の間ぐらいは、きちんとした自分を演じている。参拝客も喜んでくれるし、単調だった日々にメリハリができたし、案外性に合っているのかもしれない。
(このままずっと、こんな日々が続いていくのかな)
マリアと、セドリックと一緒に笑い合いながら。
そうだったら良いな――――そんなことを思ったそのときだった。
「ねえ、ママ! 新しい聖女様ってどんな子かなぁ?」
参拝客の列の中から、舌足らずな幼い声が聞こえてきた。マリアの列の方角だ。
「さぁねぇ? ママにもまだよく見えないわ。だけど、新しい聖女様はあなたと同じぐらいの子供なんですって。お話するのがとっても楽しみねぇ。マリア様っていうお名前だそうよ」
次いで、母親らしき女性の声が聞こえてくる。なんとなく、声の聞こえてきた方角に視線をやったその瞬間、わたしは驚愕に目を見開いた。
「え? マリア……?」
桃色の髪、タレ目がちな大きな瞳、目鼻立ちに至るまで、その女性はマリアとそっくりよく似ている。まるで大人になったマリアを見ているかのようだった。
それだけじゃない。
思わず視線を下向ければ、その女性の隣には、マリアと背格好まで全く同じ――――そっくり同じ顔をした女の子が居る。
(そんな……! 嘘でしょう⁉)
あの女性は―――
女の子は――――
間違いない。
マリアの本当の母親と、双子の姉か妹だ。
このまま列に並ばれては、マリアが自分を捨てた母親と出会ってしまう。
しかも、彼女と一緒に生まれてきた子供は捨てられることなく、今も母親に育てられているという最悪の事実を知ることになってしまう。
「ダメよ、そんなの」
世の中、知らなくて良いことは絶対にある。
まだ六歳のマリアに、こんな苦しみを味わわせて良いはずがない。絶対にない。
「ジャンヌ?」
わたしのただならぬ様子に気づいたのだろう。セドリックがわたしの視線の先を追い――――それから大きく息を呑んだ。
「本日は都合により、マリア様の参拝客受け入れはここまでとさせていただきます! マリア様の列にお並びの皆様につきましては、すぐに別の列に誘導させていただきますので、この場で今しばらくお待ち下さい!」
セドリックの発表に「えーーっ」と大きなどよめきが湧き起こる。なんで? という疑問の声が、方々から聞こえてきた。
(関係のない人には申し訳ない。本当に、心から申し訳ない。だけど、今日だけは……! マリアのためにどうか許して)
心のなかで必死に謝罪をしつつ、わたしは急いでマリアのもとに向かった。
「ジャンヌさん、どうしたの? さっきセドリックがもう終わりって言ってたけど、あたしまだやれるよ?」
「良いから。騎士たちと一緒に神殿の中に入って。急いで!」
説明する時間が惜しくて、わたしは騎士たちにマリアを押し付ける。
だけど、タイミングがあまりにも悪かった。
「え……?」
一目聖女の姿を拝みたい――――おそらくはそう思ったのだろう。ぐっと背伸びをしたマリアの本当の母親が、大きく目を見開いている。
(しまった……!)
おそらく彼女には、マリアの顔が見えてしまったに違いない。
忌々しさに顔を歪めながら、わたしはマリアを神殿の中へと押し込んだ。




