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31.血の繋がりのない祖父と孫、血の繋がっている父と娘

 お祈りの時間が終わり、急いで自室に戻ったら、父は優雅にお茶を楽しんでいた。



「おじいちゃん、ただいま!」


「マリアちゃん、おかえり! 待っていたよ!」



 二人は本当の爺孫のように、ギュッと互いを抱きしめ合う。傍から見たら微笑ましい場面で、侍女や神官たちも嬉しそうに眺めているけど、わたしの心は複雑だった。



(おじいちゃん、か)



 わたしはマリアに『お母さん』と呼ばせたことはない。

 血の繋がりがないし、わたしはあの子を拾っただけで、大したことをしていないからだ。


 それなのに、わたしの父親というだけで、あの二人は全く違和感なく祖父と孫として存在している。


 これまでは何とも思わなかったのに、何でだろう? 

 とても気にかかってしまうのだ。



「あんなに小さかったマリアちゃんが聖女になったのかぁ。すごいねぇ」



 まるで、目の中に入れても痛くないといった様子で、父がマリアの頭を撫でる。

 マリアはマリアで父の膝の上に座り、ガッツリ甘えまくっていた。



「うん! あのね、マリア聖女頑張ってるの! 怪我とか風邪ぐらいなら治せるようになったし、お腹ペコペコなのも治せるんだよ」


「へーー、すごいね! そんなことができるんだ」



 ほんの二ヶ月前まで普通の女の子だったマリアは今や、いろんな技術を身につけている。

 治癒能力をはじめとし、結界を張ったり、飢えを満たしたり……といった能力だ。


 現世は魔女として生まれてきたわたしにも、そんな芸当はできない。マリアだけに与えられた特別な能力である。



(でもなぁ)



 果たしてマリアは、本当に聖女として存在すべきなのだろうか。


 というのも、マリアが授かった能力っていうのは、時間やお金、頭を使えば、いくらでも叶えられるものだからだ。



 だって、そうでしょう?


 前世では医者に、看護師、薬剤師がいて。それから、医療や薬学を研究している人がいて。

 長い時間と努力の果てに得られた知識と技術、それから思いやりで、人々を救っていたんだもの。マリアが一人で頑張る必要なんてありゃしない。



 国を守ることだってそう。

 前世では自衛隊とか軍とか、各国が有事に備えていたし、国連だとか条約だとか国境だとか、色んな制度や法律を整えて、皆が争わずに済む方法を模索していた。もちろん、戦争はゼロにはならなかったけど、マリア一人が生物兵器として存在する必要はない。



 貧困問題なんて論外。話題にすることすら馬鹿らしい。

 ああいうのは国が取り組むべき問題だ。

 食べずに腹を満たせても、単にそのとき生命が維持できたというだけで、何の意味もない。継続的に食えなければ、人は簡単に死んでしまう。それを小さな子供一人に託そうというのは馬鹿げている。



 しかも、前世とは違い、現世では人口の5%もの人間が魔法を使えるのだ。


 科学にできて魔法にできないことはない。

 少なくとも、わたしはそう確信している。


 現に、理数系がてんでだめなわたしでも、家電製品もどきをたくさん作れたんだもの。

 もっと工夫をして、沢山の人が力を合わせたら、今よりずっといい国が作れるはずなのに――――。



「あたしね、神殿の外に出られるようになったら、色んなところに行ってみたいんだ! 外には困っている人が沢山いるって聞いたの。王都に来れない人に、マリアのほうから会いにいくんだ」


「……!」



 だけど、わたしの気持ちとは裏腹に、マリアのほうはやる気満々だ。

 まあ、教育係もついてて、そう教えられているのだから、仕方がないのかもしれないけど。



「ジャンヌさんも一緒に行こうね! 美味しいもの、あたしと一緒にたくさん食べよう?」


「え? あぁ…………うん、考えておく」



 そう返事はしたものの、わたしは大いに迷っていた。



(どうしたら良いんだろう?)



 幼いマリアが聖女としてこき使われるのを、このまま黙って見ていて良いのだろうか?



 そもそも、わたしはこれまで親らしいことをなにもしていないわけで。そんなわたしが今更口を出すのも、よろしくない気がするし――――。



「ほらほら、ひとりで考え込まない」



 その時、セドリックがわたしの肩をポンと叩いた。



「悩みごとがあるなら、私に相談してください。そのための恋人、でしょう?」


「あ……うん、そうだね。そうさせてもらおうかな……」



 わたし一人で悩んでいても、解決するどころか変にこじらせてしまいそうだ。ことはわたし自身じゃなくマリアのことだし、セドリックに相談するのが一番なのかもしれない。



「恋人!? ジャンヌちゃんに、恋人!?」



 だけど、父の素っ頓狂な声音が、わたしを現実に引き戻した。

 彼はワナワナと唇を震わせつつ、驚きに目を見開き、こちらに少しずつ近づいてくる。



「あぁ……」



 しまった。父がいるのを忘れていた。マリアと仲良く戯れていたし、こちらには意識が向いていないものと思っていたのだけど。



「ジャンヌちゃん、君、一生恋人は作らないって……結婚もしないって言っていたよね?」


「……うん」



 本当に、つい昨日まではそのつもりだったのだ。

 わたしの人間不信っぷりは父も知っているから、反応はさもありなんって感じだけど。



「セドリック主任神官が恋人? ジャンヌちゃんの?」


「はい、お義父様。昨日からお付き合いをさせていただいております。もちろん、真剣に将来を考えていますよ」



 セドリックはそう言って、とても丁寧に頭を下げる。それは営業用の胡散臭い笑顔じゃなく、とても真摯な表情だった。

 父は面食らったように目を見開き、わたしとセドリックを交互に見遣る。



「ジャンヌちゃん……!」


「お父さん……わたし、その…………」

「良かったねぇ!」


「……え?」



 想定外の反応に、わたしは思わず首を傾げる。父はわたしを抱きしめながら、オイオイと声を上げて泣きはじめた。



(嘘。絶対、反対されると思っていたのに)



 どうやらそうではないらしい。今度はわたしが面食らってしまう番だった。



「私はこのまま、君が一人きりで生きていくつもりなんじゃないかと心配していたんだ。マリアちゃんに対しても、大事にしている割に、ずっと一線を引いているようだったからね。

だけど、そうか……! ジャンヌちゃんにもようやくいい人が……甘えられる人ができたんだね!」


「お父さん……」



 なんだろう。こんなふうに喜ばれると思っていなかったせいか、ものすごくこそばゆい。反対されるほうがまだマシだったかもしれない。っていうか、今すぐここから逃げ出したいぐらい、本気で恥ずかしいんですけど。


 そんなわたしの気持ちを見越してか、セドリックがわたしの両肩を優しく押さえる。それから彼はニコリと朗らかに微笑んだ。



「お義父様、私はジャンヌが安心して本音を出せる相手でありたいと思っています。本当に、ものすごい意地っ張りですからね……そこがまたジャンヌの可愛いところなのですが、中々他人には理解してもらいづらいと思いますし。ジャンヌは一度殻にこもってしまうと、中々外に出ようとしませんから」


「そうなんだよ! ジャンヌちゃんは意地っ張りで……けれど根は優しい子なんだ! これまで、私がどれだけ勧めても、決してあの家から出ようとしなかったのだけれど――――そうか、君がジャンヌちゃんの心を解放してくれたんだね。いや、本当に良かった」


「ちょっ、二人揃ってそういうこと言わないでよ! 本気で恥ずかしいんだから!」



 頭上で繰り広げられる男たちのやり取りを聞きつつ、わたしは頬が熱くなる。逃げようにもセドリックのせいで動けないし。



「っていうか、お父さん。わたし、もういい大人なんだし、そんなふうに心配しなくてもいいじゃない?」



 今朝会ったときにも言ったけど、わたしはこれでも二十二歳で。

 自立した大人で。

 それなのに、恋人ができたぐらいでこんなに喜ばれるほど、頼りないんだろうか?



「――――私はこれでも君の父親だからね。親というのはいくつになっても子供のことが心配だし、誰よりも大事に思っているし、幸せになって欲しいと心から願うものなんだよ。たとえおせっかいだとしてもね」



 お父さんはそう言って、わたしの頭をそっと撫でた。

 これまで必死になって避けていたけど、何でだろう。今なら父の気持ちも、少しだけ分かる気がする。



「今まで大して父親らしいことができなくて、申し訳なかったね。けれど、ジャンヌがあの家から飛び出して、こうして楽しそうに生活しているのを知ることができて、私は今、本当に嬉しいんだ」


「……別に、父親らしいことを拒否してきたのはわたしの方だし。お父さんが気にする必要はないんだけど」



 我ながら本当に素直じゃない。

 だけど、お父さんは嬉しそうに笑いながら、わたしをギュッと抱きしめてくれた。



「たまには私にも手紙を書いておくれ。困ったことがあったら、いつでも力になるからね」


「……うん、ありがとう」



 ぶっきら棒に返事をする。

 そんなわたしのことをセドリックとマリアが微笑みながら見つめていた。


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