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30.父親がやってきました。子供扱いされました。

 セドリックと一緒に神殿に戻り、マリアとカレーライスを作って食べた翌日のこと。

 朝の参拝客受け入れの時間に事件は起こった。



「ジャンヌちゃん!」



 参拝者たちの最前列で声を張り上げる一人の壮年男性の姿に、わたしは目眩を起こしかけた。


 上品になでつけられた金の髪に、鮮やかな緑の瞳。上等な黒の外套を纏った、紳士然とした男性だ。

 性別は違えども、目鼻立ちがわたしとシャーリーにそっくりよく似ている。



 それもその筈。

 彼は現世のわたしの父親、ブルックリン伯爵だ。



「……シャーリーに見つかった時点で、来るだろうなぁとは思っていたけど」



 まさかこんなに早いとは。

 父は今にも泣き出しそうな表情でわたしの手を握ると、ああ、と大きくため息を吐いた。



「当然だよ! 愛娘がいつの間にか王都に越していたことを、ずっと知らずにいたんだからね。実は、昨日もここに来たんだが、ジャンヌちゃんは休みだと言われて会えなかったんだ」


「え、昨日も来てたの?」



 相変わらず、貴族の割にフットワークが軽い。半ば感心、半ば呆れながら、わたしは目を丸くした。



「最近様子を見に行く時間が取れなくてすまなかったね。まさか、王都に移り住んでいるとは、夢にも思わなかったんだよ」


「いや別に。わたし、もういい大人だし。親に面倒をみてもらうような年齢じゃないんだから」



 あと、ちゃん付けで呼ぶのはいい加減に止めてほしい。ガラじゃないし。周りの神官たちも気になるみたいで、こっちをチラチラ見ているから。っていうか、普通に恥ずかしいから。



「そんな悲しいことを言わないでくれ! 私がどれほど君のことを心配していたか、ジャンヌちゃんなら知っているだろう?」


「そりゃあ知ってるけど」



 父と母は結婚こそしなかったものの、深く愛し合っていた。そして、二人の娘であるわたしもまた、彼に溺愛されていた。


 家や土地を用意してくれたのも父で、これまで周囲からの干渉を受けずに済んでいたのも、あの辺一帯が伯爵の持ち物だからという事情があったりする。

 それだけしっかりと恩恵を受けていたんだもの。もう十分。これ以上面倒をかけなようにって思うのは当然でしょう?



「ほらほらお父さん、お祈りは一人五分まで。大体、お父さんにはお祈りしたいことなんてないんでしょう? 事業も領地経営も順調だって聞いてるし。早く次の人に代わってあげてよ」


「五分!? そんな殺生な! せっかくジャンヌちゃんに会えたのに! 神殿で暮らすようになった経緯とか、今の暮らしぶりとか、色々と聞きたいんだよ、私は。

もしかして、お金に困っているのかい? それとも、あの家に何かあったのかい? 一体全体、どうして神殿に? 何かとんでもないことが君たちに起こったんじゃ……」


「違う違う、そうじゃなくって! マリアが聖女に選ばれたんだよ」



 妄想が爆発している父を宥めつつ、わたしは小さく息を吐いた。



 当然ながら、父はマリアのことを知っている。

 わたしが彼女を拾った当初は、それはそれは心配し『マリアとともに伯爵家で生活すべきだ』と主張していたほどだ。


 もちろん、シャーリーは間違いなく反対するし、伯爵夫人も良い気はしないだろうし、わたし自身絶対に嫌だったから、丁重にお断りしたけど。



「え? マリアちゃんが聖女に?」



 キョトンと目を丸くした父親の顔を無理やり横向ければ、マリアが「おじいちゃん!」と呼びかけてくれた。



「マリアちゃん!」



 父はマリアのことを本当の孫のように思っており、わたしと同じかそれ以上に溺愛している。

 頼んでもいないのに、定期的にバカ高そうな玩具や洋服を贈ってくるものだから、あんまり関わらせないようにしているのだけど。



「なるほど、シャーリーはマリアちゃんのことを知らないからな。全く事情が見えなかったけれど、そういうことだったのか」


「うん。正式な聖女就任式まで、マリアは神殿を出られないらしくってさ。一応わたしはこれまでマリアを育ててきたんだし、本人も望んでいるからってことで、就任式までの間、ここで暮らすことになったってわけ」



 就任式さえ終わってしまえば、マリアは自由に外出ができるようになる。


 以降、どうするかは具体的には決まっていないけど、二人で森の家に帰って、神殿に通うのも悪くないかなぁなんてことを、こっそり思っていたりする。まあ、警護の問題とか、色々と課題はあるんだけど。



「そうか、そうか。事情がわかって、少しだけホッとしたよ。君が大変な目にあっているのに、何も知らずにいたのかもしれないと、不安に思っていたんだ」



 ポンと優しく頭を撫でられ、わたしは思わず唇を尖らせた。



「なにそれ? わたしって、そんなに信用ないの?」



 もう二十二歳なんですけど。

 前世で換算すれば、大学を卒業して社会人になって、親元から離れている年頃ですけど。もしかして、あまり会っていないせいで、小学生みたいに思われているんだろうか?



「いや、ジャンヌはよく頑張ってるよ。早くに母さんを亡くして、寂しかっただろうに、泣き言一つ言わなかったからね。

けれど、時々妙に強がっているように見えるというか、人に頼ったり、甘えることが下手なのが気になってね」


「…………そう、かな?」



 そんなことない――――とはとても言えない。

 前世で元婚約者から『お前なら大丈夫だろう?』って言われて以降、強くならなきゃいけない、誰にも頼っちゃいけないって自分に言い聞かせて生きてきたから。



(全く! セドリックといい、お父さんといい、わたしを甘やかし過ぎじゃない?)



 周りにたくさん人がいるっていうのに、目頭が少しだけ熱くなってしまう。



「ジャンヌ、せっかく来ていただいたのですし、伯爵には神殿の中でお待ちいただいたらいかがでしょう? 積もる話もあるでしょうし、ここではゆっくり話ができませんから」



 その時、ふと背後から声がかけられた。

 セドリックだ。


 父も彼のことは知っていたらしく、微笑みながら挨拶を交わしている。



「宜しいのですか、主任神官様」


「ええ、もちろん。せっかくですし、昼食をご一緒しましょう。私も伯爵とお話したいことがありますし、是非」



 なんだか分からないけど、お父さんとセドリックの間で、勝手に話が進んでいる。



(まあ、いっか)



 久々の再会なんだし。

 ため息を吐きつつ、わたしは少しだけ微笑んだ。

 


今日から最終章です。ここから先は、毎日更新をさせていただきます!

最後までよろしくお願いいたします!

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