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3.神官様に家を物色されました

「騒々しい。一体何の用です?」



 取り繕うのも煩わしい。ベッドの上に腰掛けたままそう尋ねると、神官は軽く目を見開いた。



「まさか、まだ眠っていらっしゃったのですか? ……こんな時間まで?」


「そうですよ。安眠妨害もいいとこです。こちとりゃ折角朝寝坊できるようになったんですから」



 神官っていう生き物は、さぞや規則正しい生活を送っているのだろう。彼等の周りも、品行方正な人間で固められているのだろう。

 だけど、わたしがどんな生活を送ろうともこの男には関係ない。誰にも迷惑かけてないんだし。まあ、わたしに育てられたマリアには拷問みたいな環境かもしれないけど。



「ああ、非難するつもりはないんです。単純に羨ましいなぁと」


(嘘吐け)



 毎日一分のズレすらなく、同じ時間に起床してそうな顔している癖に。どこをどう取ったら、わたしみたいな生活を羨むというのさ。そんなんじゃ完璧なイケメンが霞んじゃうでしょう?

 

 大体この男、どうして昨日の今日でここにやって来たのだろう? 予定外のこととか嫌いそうなのに。



「……ああ。もしかして、マリアの服でも取りに来たんですか? すみませんね、昨日渡してなくて。だけど、残念ながら碌な服はありませんよ。殆どがわたしのお下がりですから。あの子はこれから聖女として国のために働くんでしょう? 服ぐらい新しいものを買い揃えてやっても――――」


「実は、マリア様がお食事をなさらないのです」



 神妙な面持ちを浮かべ、神官はそんなことを言う。



「昨夜、神殿に到着してからお食事をお出ししたのですが、一口も手を付けておりません。朝食も……」


「……そんな深刻にならんでも。まだ初日でしょう? 一食二食抜いた所で、人間死にゃしませんって」


「そうかもしれません。ですが、マリア様はジャンヌ殿の料理が食べたい、それ以外は食べないと仰るのです」


「はぁ?」



 嘘でしょう? ワガママ娘め。そんな風に育てた覚え、わたしには無いぞ。

 大体、これまであの子がわたしの料理を食べたがったことだって一度もないんですけど。上品な料理が口に合わなかったってことだろうか?



「……カレーかシチューかグラタンかパスタ的なものを作ってやったら、それで良いと思います」



 わたしのレパートリーなんてそのぐらい。簡単、時短。安くて美味くて腹いっぱいになるもの作っときゃ、マリアもそれで満足するでしょ? まあ、材料は前世と全く同じものは手に入らないんだけど。



「カレー? シチュー? なんですか、その料理は? 一体どうやって作るのです?」


「えっ? あぁ……」



 そう言えばここでは前世の常識は通用しないんだっけ。現世の母親はポヤポヤした魔女で、ツッコミも何も無かったから忘れていた。似たような料理はこの世界にもあるけど、わたしの料理が食べたいって話だもの。それじゃダメかもしれない。



「ようは煮込み料理です。パスタとグラタンは所謂麵を使った料理のこと。レシピを用意しますよ。それで何とかなるでしょう?」



 面倒だけど仕方がない。紙とペンを魔法で運び、ベッドの中でレシピを書く。ずぼらだから調味料やら野菜の量なんて、計って作ったことが無い。料理人が適当に配分してくれると良いんだけど。



「……! そのペン、一体どういうカラクリなのですか? どうしてインクに浸していないのに書き続けることが出来るのですか?」


「え? これ?」



 淀みなくペンを走らせるのが物珍しかったらしい。神官はずいと身を乗り出した。



「便利ですね。私にも見せてください」


「ああ――――――魔法ですよ、魔法。あなたには扱えませんって」



 本当はただのボールペンだけど。中身の細かい部品とか、構造とかはよく分かんないから、そこだけ魔法で適当に仕組みを作った。

 魔法っていうのは使い続けるととても疲れる。だから、先に道具を作ってしまい、魔力の消費を抑えた方がずっと楽だ。

 だけどそんなこと、一から十まで説明するのは面倒じゃない? ボールペンだってきっと、その内誰かが発明してくれるって。魔法が無くても余裕で作れる(らしい)代物だし。


 ため息を吐きつつペンを走らせ、出来上がったレシピを神官に渡す。



「ありがとうございます、ジャンヌ殿」


「別に、大したことじゃありませんから」



 答えつつ、さすがにお腹が空いてきた。朝から向こう、何も食べてないし飲んでない。杖をちょいと振り、冷蔵庫で冷やしておいた水を運ぶ。


 思うに魔法って、ずぼらな人間にとって最高で最適なツールだ。ベッドから一歩も出ることなく色んなことが出来るんだもん。転生時に魔力を授けてくれた神様には心から感謝しないといけない。まあ、信仰心なんてわたしには皆無だけど。



「……何なのですか、これは?」



 そう言って、イケメン神官は冷蔵庫へ向かう。ドアを何度も開け閉めし、中から出てくる冷気を手に当て、目をキラキラと輝かせる。



「ちょっと、勝手に開けないでください。開けると冷気が漏れるんですから」



 文系女子のわたしには、電気や回路の知識なんて存在しない。予め魔力を込め、箱の中身を冷やしているだけだ。だからこれは、なんちゃって冷蔵庫。実態は、クーラーボックスに近い。庫内の冷気が減ったら、もう一度魔力を込めなおさなきゃいけないんだから。



「こんな道具、これまで見たことがありません。一体何なのですか?」


「ですから、魔法ですよ、魔法。神官様には扱えない代物で――――」


「魔女や魔法使いは数いれど、こんな道具を持っている人は見たことがありません!」



 瞳をキラキラ輝かせ、神官はわたしの元へとやって来る。



(うわぁ……面倒くさい男)



 わたしは大きくため息を吐いた。

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