表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/45

29.信じなくてもいい、と言われました

(なんで? どうして神官様がここに居るの?)



 ――――いや、本人が『迎えに来た』って言ってるんだけど! それにしたって、意味がわからない。


 今はちょうど、お昼の鐘が鳴った頃。

 神殿からこの家まで、どのくらい掛かるかは知らないけど、朝イチ――――なんなら日が昇らぬうちから神殿を出なきゃ、ここには辿り着けないはずだ。



「早くここを開けてください?」



 神官様の声が聞こえる。扉にピッタリ張り付いているのか、やたらめったら声が近い。同じく扉に張り付いていたわたしは、ビクッと反応してしまった。



(ダメだ。イケると思ったのに)



 無理そう。

 心臓が暴れまわって、全然だめっぽい。


 だって、神殿に帰ればマリアをはじめ、色んな人が居るし。めったに二人きりになる機会がないから、大丈夫だって思ったんだもん。ていうか、ここまで迎えに来るなんて想像もしていなかったし。



「どうしてここに居るんですか? わたし、今から神殿に帰るところだったのに」



 散々悩んだ挙げ句、わたしはそんなことを口にした。


 今から神殿に向かおうとしていたのは事実だし。我ながらガキっぽいけど、憎まれ口を叩いてないとやってられないもの。



「当然ですよ。朝起きたら、ジャンヌが居なくなっていたのですから。

きっと恥ずかしさに耐えかねて逃げたのだろうと。ならば極限まで恥ずかしがらせてあげようと思いまして」


「なっ!」



 なんていう性格の悪さ!

 わたしは思わず言葉を失ってしまった。



「私は貴女を逃がすつもりは有りません。ジャンヌがなかったことにしようとしているアレコレを、ここでしっかりと、確かなものにしたいと思っています。

事実、こうして私が迎えに来たことで、貴女の心は揺らいだでしょう? 私に顔を見せられない――――上手く誤魔化せないほどに」



 扉の向こう側で、神官様が微笑んだ気配がする。

 わたしの考えを分かっている癖に、こうも正反対の動きをするんだもの。ホント、最高に性格が悪い。そんなこと、こっちはちっとも望んでいないのに。



「さあさあ、マリア様がお待ちかねですよ? 夜ご飯はカレーを作ってくださるのでしょう?」


「……っ! だから、今から帰るところだったって言ってるじゃありませんか!」


「ならば、早くこの扉を開けてください? 私にあなたを抱きしめさせて?」


「お断りします!」



 昨日の湿っぽい雰囲気よりはマシだけど、こういう意地の悪いやり取りも嫌いだ。

 実際のところ、神官様が何を考えているのか、ちっとも分からないから。



「私は本気ですよ」



 だけどその時、神官様は思わぬことを口にした。すぐに言い返そうとして、思い直して唾を飲む。



(本気って……なにが?)



 本当は、そう尋ねようと思った。だけど、やぶ蛇になりそうで、すんでのところで止めた。


 聞きたい。

 聞きたくない。

 相反する想いが、胸の中で蠢いているから。



「昨日のこと、なかったことにしないでください」



 神官様がそう囁く。懇願にも似た声音に、わたしの胸は打ち震えた。


 だけど、このまま神官様に言われっぱなしになっているわけにはいかない。事態がさらに悪化してしまう。

 わたしは意を決して口を開いた。



「べ……別に、なかったことにしようとは思ってませんけど。あのぐらい、大人なら当たり前のことですし、特段気にすることじゃないって分かってますし――――」


「当たり前――――そんなふうに思ってほしくもないです。

私は貴女が好きだから抱きしめた。愛しているから口づけた。それは特別なことです。

言ったでしょう? 本気なんです」



 神官様の言葉に、目頭がぐっと熱くなる。


 わたしのことを愛していると言てくれる人が現れるなんて――――そんなこと、もう二度とないと思っていた。本当なら、喜ぶべきことだろうに、残念ながら、今のわたしはそうは思えない。

 苦しい。逃げ出してしまいたいと思うほど、とても。



「ごめんなさい。わたしは貴方を――――わたし自身を、信じられません」



 前世で婚約者に捨てられてから思い知ったこと。

 人の心は変わる。

 どれほど愛していると思っても、簡単に裏切り、裏切られる。関係はいとも容易く壊れる。



 わたしは神官様を信じることができない。

 わたし自身を信じることができない。



 誰かを疑いながら生きていくのは辛い。

 心を預けて、信じ切って、あとになって裏切られるのが怖い。嫌われるのが怖い。


 他に好きな人ができたって言われてしまうぐらいなら、最初からなかったことにしてほしい。そしたら、苦しまないで済むもの。



「だったら、信じなくてもいいですよ」



 神官様がポツリと呟く。何故だろう。ズキンと胸が痛んだ。



(自分で突き放したくせに、バカだな)



 心のどこかで、粘ってほしいと思っていたんだろうか。説得してほしいと思っていたんだろうか。


 頑なに閉ざしていた扉をこじ開けてほしいって。

 もう一度誰かを信じてみたい。信じさせてほしい。


 愛されてみたい――――愛してみたいって。



 だけど、良かった。

 神官様の今のひとことで完全に頭が冷めた。



 愚かな自分をあざ笑いつつ、わたしは扉の鍵を開ける。

 だけど、チラリと目があったその刹那、神官様はわたしをギュッと抱きしめた。



「なっ……え?」


「ようやく扉を開けてくれましたね」



 神官様が耳元で笑う。わたしは目頭が熱くなった。



「何してるんですか、貴方」


「何って……先ほど宣言したとおり、ジャンヌを抱きしめているんですよ」



 腕に力を込めながら、神官様が首を傾げる。さも当然といった口ぶりだ。



「だけど……だけど! さっき『信じなくてもいい』って言ったじゃないですか!」



 それはつまり、わたしを諦めたということで。

 過去の恋愛を引きずって、人間不信から抜け出せないわたしに呆れたっていうことでしょう? 違うの?



「ええ、先ほど申し上げた通り、ジャンヌは私を信じなくてもいいですよ。

その代わりに、私は私自身を信じます。それから、二人でゆっくりと事実を積み重ねていきましょう」


「え?」



 事実を積み重ねていく? 一体、どういう意味だろう?

 困惑したわたしを見つめ、神官様は優しく目を細めた。



「ジャンヌが私の気持ちを信じられないのは、いつか変わることを恐れているからでしょう?」


「――――はい、そのとおりです。信じて、裏切られてしまうことが、一番イヤです」


「でしょうね。その気持ちは私にもよく分かります。

ですから、貴女は私の気持ちを信じなくても良い。ただ、それでも私はジャンヌを愛します。愛し続けます」



 神官様がそう言って、わたしの頬をそっと撫でる。心臓がドキッと大きく跳ねた。



「そんな日々が今日、明日、一ヶ月後、半年後、一年後、十年後と続いていけば、その間ジャンヌがどれだけ信じられなかったとしても、それは純然たる事実になります。

もちろん、それから先の未来のことは誰にも分かりません。けれど、未来とは、現在の積み重ねから成り立っています。わだちというものは、通った道の後にしかできませんから」



 先のことは分からない――――神官様がそんなふうに言ってくれるなんて、思ってもみなかった。根拠もなしに永遠を約束するタイプに見えるし、普通は自分を信じてくれない女なんか嫌だろう。信じてほしいって、そう言われると思っていたから。



「それから、貴女自身を信じられないという部分については、私が頑張れば良いことです。心変わりをさせないよう、毎日愛を囁き続けますし、大事にします。そちらも、日々を重ねていった先にしか結果は見えませんが」


「――――それって、ものすごく気の遠くなるような……先の長い話ですね」



 すべての結果がわかるのは、一体いつになるんだろう?


 だけど――――そんなふうに思うあたり、わたしは結構、神官様のことが好きなのだろう。

 だって、彼と一緒にシワシワのおじいちゃん、おばあちゃんになる未来が見えるんだもの。



(わたしは、神官様を信じられないままでいい。それに、わたし自身のことも、信じなくていいんだ)



 たったそれだけのことだけど、心がとても楽になった気がする。

 仮にこの先なにか起こったとしても、『信じていなかったから』と言い訳ができるし、そうすると前世ほどには傷つかないもの。


 神官様が言う通り、未来のことは誰にもわからない。

 けれど、積み重ねた現在は過去に、事実に変わっていく。


 それは単純に『信じてほしい』と言われるよりも余程誠実で、信頼できる気がした。



「セドリック」



 自分を変えること、踏み出すことはやっぱり怖い。

 失敗したくないし、傷つきたくないし、できない自分にガッカリしたくないから。


 だけどそれでも、ほんの少しだけ勇気を出して、わたしは神官様――――セドリックに向かって手を伸ばす。



 セドリックは微笑みながら、わたしの頬に、唇に、触れるだけのキスをした。

 くすぐったくて身を捩ると、ギュッと強く抱きしめられて、そのまま深く口付けられる。



(うん――――悪くない)



 人とは少し違うかもしれない。

 だけど、こんな恋愛の形があっても良いのかもしれない。


 とても嬉しそうなセドリックの笑顔を見ながら、わたしは瞳を細めるのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ