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27.言い訳をします。言い訳を重ねます。

 神官様はわたしをバルコニーに連れ出した。

 神殿の人間しか立ち入れない場所。おそらく誰も来ないだろう。


 さっきまで賑やかな場所に居たせいか、静寂が妙に際立って感じる。ソワソワとして、とても落ち着かない。



(こういう雰囲気は苦手だ)



 咳払いを一つ、わたしは無理矢理話題を切り出した。



「神官様、あの……やっぱり会場に戻りません? よく考えたら、そろそろマリアを部屋に返さないと。もう遅いし、疲れただろうから」



 元々マリアのことは、頃合いを見て部屋に帰すつもりだった。ダンスも終わったことだし、退出したところで誰も文句は言わないだろう。

 もちろん、私の一番の目的は、それを口実にこの場を去ることだけれど。



「ああ、その点はどうぞご心配なく。先程護衛騎士に、頃合いを見計らってマリア様を会場から連れ出すよう、指示を出しておきましたから。私達が会場を出たタイミングで、マリア様もお部屋に戻られている筈です」


「はぁ……!?」



 なにそれって言い返そうとして、わたしはグッと言葉を飲み込んだ。



「へーー、そうなんですね。そりゃあ良かった。安心しました」



 あんまり色々言うと、わたしが意識しているのがバレてしまう。

 いや、意識しているっていうか、身構えてるっていうか。


 一瞬だけ、用意周到だなって――――言い訳を封殺されてしまったって思ったけど、そんなことはない。

 断じてない。



 だって、神官様はただ話がしたいだけだもの。


 それは別に普通の、一般の、日常生活の延長線上のことであって。まったく特別なことじゃない。

 わたしはいつもどおりに神官様のわけがわからない主張を聞いて、いつもどおりにツッコミを入れる。

 ただ、それだけのための場なんだから。



「……もしかして、緊張してます?」


「いいえ、別に? 緊張なんてするはずがありませんよ。だって、ただ話がしたいだけでしょう?」



 さあどうぞ! というわたしの言葉に、神官様が目を丸くし、やがて肩を震わせる。それから、堪えきれなくなってしまったのか、彼はお腹を抱えて笑いだした。



「ああ……ジャンヌ殿は本当に、素直じゃない人ですね」



 清々しいほどの満面の笑み。笑いすぎて目尻にたまった涙を、神官様がそっと拭う。



「素直じゃなくて、とても可愛い。本当に愛しくてたまりません」


「なっ!」



 わたしが素直じゃないのは認めるけど、可愛い、はないでしょう。

 ムカつく。

 すごいムカつく。


 だけど、言い返すことができなくて、わたしはムッと唇を尖らせた。



「貴女と一緒にいると、私は毎日がとても楽しいのです」



 神官様はそう言って、わたしのことを抱きしめた。



「意地らしくて、もどかしくて。まるで自分を見ているような心地がするんです」



 悲しげな淋しげな、それでいて嬉しそうな、何とも形容しがたい声音。わたしは黙って、神官様の言葉に耳を澄ませた。



「私は十歳の時に城を追い出されました。兄が結婚をして、子供が生まれて――――政争の火種に成りうる私は危険視されてしまった。そこで、王室の支配下に置かれている神殿に送られることが決まったんです」



 神官様の腕に力がこもる。正直今はコルセットもしているし、息苦しい。だけど、とても口を挟む気になれなくて、わたしは少しだけ頷いた。



「私はね――――要らないと言われている気がしました。存在自体が罪だと。生まれてこなければよかったのに、と。

寂しかった。苦しかった。

辛くて悲しくて、この世の全てが恨めしくて。色んなことがどうでも良くて。

参拝者からどれほど慕われても、全く嬉しいとは思えなくて。惨めで情けなくて、さっさと消えてしまいたいと思っていました。

事実、兄は私を嫌っているようでしたし、母は気を病んで早くに亡くなってしまいました。もしかしたら、私を産んでしまったことを後悔していたのかもしれません」


「なっ……それは違います!」



 胸が引き裂かれるように苦しくて、気づいたらわたしは叫びだしていた。



「神官様のお母様は――――きっと、貴方を産みたかったんです。後悔なんてしていない筈です」



 本当は、『絶対』って言ってあげられたら良かった。

 けれど、現実はとても残酷だ。


 マリアは生後間もなく捨てられてしまった。

 前世でも、虐待のニュースが絶えなかった。


 全ての子供が望まれて生まれてくるなんて、わたしには思えない。無条件に愛情を与えられるなんて、そんな無責任なことは言えやしない。


 でも――――



「神官様はお母様に愛されていた筈です! だって、そうじゃなかったら、わたしは今、ここに居ない! マリアとも二度と会うこと無く、一人で森に引きこもっていた筈です!」



 愛を知っているからこそ、神官様はわたしに手を伸ばした。


 わたしのことが見ていられなくて。

 まるで自分自身を見ているようで。


 だからこそ、どれだけ邪険にされても声を掛け続けたし、わたしを一人ぼっちにしないよう、気を揉んでくれたんだと思う。


 わたしを救うために。

 それから、神官様自身を救うために。



「そうですね。最近になってようやく、私もそう思えるようになってきました。ジャンヌ殿に出会えたから」



 額に押し当てられる柔らかな感触。心臓がドクンと大きく鳴って、わたしは首を横に振った。



「神官様、あの……」


「ジャンヌ殿、どうか私の名前を呼んでくれませんか?」



 間近に迫る神官様の顔。切実な声音。

 わたしはゴクリと唾を飲んだ。



「――――――セドリック」



 言われたとおりに名前を呼ぶ。彼はゆっくりと、噛みしめるように頷いた。

 


「貴女が私の行動を迷惑だと思っていることは、きちんと分かっていました。それでも私は、貴女を一人にしたくなかった。

ジャンヌ殿を笑わせたかったし、素直な気持ちを聞きたかった。生きることに希望を見出してほしくて、毎日を楽しいと思ってほしくて――――そうこうしているうちに、私のほうが楽しくなっていました。心から笑えるようになっていました。次はどんなことを話そうかと考えるだけで楽しくて、明日が来るのが待ち遠しくて」



 神官様が微笑む。穏やかで優しい、温かい表情で。


 はじめて神官様の笑顔を見た時、暑苦しい、胡散臭いって思った。

 それは多分、彼が心から笑っていないって薄々感じ取っていたからなのだろう。


 あの時と今じゃ、神官様の表情は全く違う。

 今の彼の言葉には、嘘も偽りも存在しない。


 それぐらいは分かっている。

 分かっているのだけど――――



 わたしには無理だと、そう口にしようとして、言葉ごと唇を塞がれてしまった。


 流されちゃいけないって思っているのに、唇が、指先が、身体が言うことを聞かない。



「ジャンヌ――――」



 口づけの合間に名前を呼ばれ、身体がビックリするほど熱くなる。神官様の瞳を見たらおかしくなりそうで、わたしは必死に目を瞑った。

 だけど、見なくても分かるほど、彼の眼差しは熱くて、強い。



(今夜だけ)



 自分にそう言い訳をしながら、神官様の口づけを受け入れる。


 息をするのも忘れて。

 唇が腫れてしまうほどに。


 わたしはひたすら、神官様の情熱を受け入れた。


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