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24.ソウルフードが食べたくなりました

 ――――神官様の生い立ちが分かった。


 だからといって、何が変わるわけでもない。


 神官様は神官様で。

 王族だからといって、対応を変えるつもりも、詳細を追及するつもりもないから。



 人混みを避けるようにして、わたしたちは料理がたくさん並べられたエリアへと向かった。食欲をそそる美味しそうな香りに、盛り付けが面倒くさそうな――――見ているだけで惚れ惚れする美しいプレートたち。

 マリアは瞳を輝かせ、くるりとわたしの方を振り返った。



「ジャンヌさん、あたしお腹空いちゃった!」


「ああ……そうだろうね。頑張ったし、良いんじゃない? 食べてきたら?」


「うん、そうする〜〜!」



 こういう場でのお料理は、殆ど手を付けられずに捨てられてしまうものらしい。社交に来ている貴族は忙しいから仕方のない部分もあるだろう。


 だけど、わたし達には知り合いが少ないし、マリアはまだ子供だし。

 そもそも食べ物を粗末にしちゃいけないからね。



(マナー違反だって後ろ指を指す人間はさすがにおらんだろう)



 給仕担当に食べたいものをオーダーしながら、マリアはとても楽しそうだ。



「ジャンヌ殿も如何ですか? 城のシェフが作っただけあって、どれも美味しそうですよ?」



 神官様はそう言って、さり気なくわたしを誘導する。

 さっきまでは違和感バリバリだったけど、段々エスコートに慣れてきてる感じがする。

 まあ、そんなことはさておき。



「確かに美味しそうですけど……あんまりお腹空いてないんですよね。コルセット締めてますし、元々少食な方ですから」


「なるほど……貴女が少食なのは存じ上げておりますが、本当に後悔しませんか? お城のお料理ですよ? お肉もお魚も野菜も果物も、素材からして一級品ですよ?」



 さすが、神官様は押しが強い。

 彼は数種類の料理を皿に盛り付けてもらって、それをわたしに差し出してきた。



「私が食べさせてあげても良いんですが――――」


「謹んでお断りします」



 絶対、言うと思った。

 神官様から皿とカトラリーを奪い取り、わたしは自分で食事をする。



「どうです? やっぱりジャンヌ殿には脂がきついですか?」


「…………いいえ。神殿のお料理ほどコテコテしてないです」



 そこはやっぱり素材の差だろうか。良いものを使っている分だけ、味がまろやかで優しいし、脂も控えめだ。もちろん、料理人の腕の違いも有るんだろうけど。



「どれどれ……うん、美味しいです。

だけど私は、ジャンヌ殿が作って下さる食事が一番好きですね」


「は?」



 わたしはともかく、いつの間に神官様の味覚は変わってしまったんだろう? そもそも、言うほどレパートリーを披露してないんですけど。



「こんなところで気を使わなくて大丈夫です。あんな手抜き料理と一緒にされたら、シェフが気の毒ですよ」



 こちとらおかず一品にかける時間は三十分でも長いと感じるぐらい面倒くさがりなわけで。調理法は煮るか焼くかの二択しかないし、とにかく効率重視なんだから。



「料理っていうのはお金や手間暇をかければ良いってもんじゃないでしょう? 調理時間五分の料理が、数日間掛けて作ったソースに勝ることだって普通にありますし」


「……言いたいことは分かりますけど」



 正直わたしはインスタント食品もファストフードも大好きだった。

 添加物の味なんて気にならなかったし。

 料理に時間をかけるよりも、他のことに使いたいっていうタイプだ。


 しかし、マヨネーズにケチャップ、ホワイトソースにデミグラスソース……。これらは現世では全部、自分で作らなきゃ手に入らない。今更ながら、各種食品メーカー様の企業努力を心から称賛してしまう。


 神官様が言うような五分で作れるお料理は、現世では皆無に等しい。カップラーメンも卵かけご飯も、手間暇なしには味わえないのだ。



「私はジャンヌ殿が朝食に出して下さるおにぎりと味噌汁が好きです」


「え? ああ――――ありゃあ一億云全万人のソウルフードですから当然です」



 何百年(多分そのぐらい)もの時間をかけて、無駄なくシンプルに仕上げられた料理だもの。歴史の浅いオシャレフードが勝てるわきゃない。


 まあ、味噌はバラエティ番組で培った知識を元に、魔法で似たものを作り上げただけの紛い物なんだけど。



「それから、卵をケーキみたいに焼いたもの。あれも美味しかったです」


「あれもソウルフードってやつです。

でも、別に普段食べてるスクランブルエッグや目玉焼きと大差ないでしょう?」



 卵焼きについては無駄に手間がかかるけど、時々無性に食べたくなる。やっぱり魂に染み付いているんだろうなぁ。

 味付けについては甘かったりしょっぱかったり、わたしの気分に合わせて変わっているんだけど、神官様はそんなんでいいんだろうか?



「私はね、『面倒くさい面倒くさい』と言いながら作り上げられたお料理に、とてつもない愛情を感じるんですよ」


「それはまた――――とてつもない勘違いですね」



 本気にするだけ馬鹿らしい。

 怒る気力もなくなって、わたしはアハハと声を上げて笑ってしまった。



「神官様が和食の話ばかりするからかな。なんだかカレーが食べたくなってきました」


「カレー……ああ、以前マリア様のためにレシピを書いてくださったお料理ですね!」


「そう、それ。カレーもわたしのソウルフードですから」



 給食で月に一回、家庭でも月に一回は食べていたんだもん。当然ながら魂に刻みこまれている。


 それに今、お上品なごちそうを食べたばかりだし。お正月明けにカレーライスを食べたくなる心理的な。なんだか今、無性にカレーの口になっている。



「わぁ! マリアもカレー食べたい! ジャンヌさん、作って作って!」



 一体いつから聞いていたんだろう? マリアが唐突に割って入ってくる。



「はいはい、明日ね。マリアも手伝うんだよ?」


「うん! あたし、お手伝いちゃんとするよ! 楽しみ!」



 そんなことを話していたら、珍しくお腹が空いてきた。

 綺麗に盛り付けられた料理を口に運び、ゆっくり、しっかりと咀嚼する。



「うん――――美味しい」



 素直にそう思えたことが、なんだかとても嬉しかった。

  

 


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