23.王族は思いの外キラキラしておりません
「先程はお見苦しいところをお見せしました」
神官様はそう言って微笑む。
いつも自信満々なくせに、今はどこか弱々しい。わたしは思わず首を横に振った。
「別に。見苦しいとは思いませんけど……悪いのはわたしの妹ですし」
あの後、シャーリーはフラフラになりながら、会場のどこかへ消えてしまった。さすがに今夜、再チャレンジするだけの気力は残っていないだろう。寧ろ、無事に屋敷に帰れるか心配になるレベルである。
(気の毒だし、馬車に乗り込むところまでは確認してやろう)
あっちは認めてないけど、一応わたしは、あの子の姉なんだし。変なことになったら寝覚めが悪いもんね。
「普段はもう少し上手くやれるんです。
今夜はつい……ムキになってしまいました」
神官様はそう言って、広間の入口の方をそっと見遣った。
(ムキに、ねぇ)
確かに、神官様はいつも飄々としていて、身分問題が逆鱗に触れるとは思ってなかったもん。まあ、時々すごい怒るし怖いけど。
ちょうどその時、王族御一行が到着したらしい。恭しく口上が述べられ、ファンファーレが鳴り響いた。
その場に居る全員が、一斉に深いお辞儀をする。わたしも見様見真似で頭を下げた。
(マリアはちゃんと出来てるかな?)
ふと気になって、頭を下げたままマリアの気配を探ってみる。
すると、マリアはちゃんと周りの人と同じように、恭しく頭を下げていた。
「偉いな、あいつ」
大人のわたしよりも余程堂々としているし、しっかりと空気を読めている。
わたしの呟きに、神官様はクックッと笑いながら、「マリア様のところに行きましょう」と口にした。
「あっ、ジャンヌさん! セドリックも! 来てくれてよかったぁ!」
マリアは嬉しそうに微笑みながら、わたしに向かって抱きついてくる。平然としているように見えて、多少は緊張していたらしい。
「ねえ、セドリック。あたしちゃんとできてた? 大丈夫だった?」
「ええ! お辞儀も立ち居振る舞いもバッチリでしたよ! 立派なレディーにしか見えませんでした」
「本当? 良かった! 安心しちゃった」
マリアはそう言って朗らかに笑う。
わたしはなんだか泣けてきてしまった。
(良いんだよ、マリア。もっとゆっくり大人になって良い)
大人の顔色を伺いながら生きていても、良いことなんて一つもないんだから。純粋無垢で、感情のままに笑ったり泣いたりするのが子供ってものだ。完璧なところなんて一つもなくて、失敗だらけが当たり前。寧ろ順風満帆な生活を送っていると、後でつまずいた時に苦労するんだから。
(でも、マリアは今日のために頑張ってきたんだもんね)
いくらわたしが親代わりとしてダメダメでも、少しぐらいは褒めてやらないといけないだろう。
ぶっきら棒に頭を撫でたら、マリアは顔をクシャクシャにして笑った。
「それではマリア様、お待ちかねの王子様に会いに行ってみましょうか?」
「うん! セドリック似の王子様! 会えるのずっと楽しみにしてたの!」
見るからにワクワクしているマリアを引き連れ、わたし達は広間の一角――――王族御一行のところへ向かった。
(ふーーん、これが王族かぁ)
三十代ぐらいの男性と女性が国王と王妃で、十代の若者が今夜マリアと引き合わせようとしている王太子――――未来の夫(予定)だ。
王太子については確かに神官様に似てなくもないけど、見た感じ普通……というか、他と比べてさして派手ではない。容姿も普通に美男美女っていうか。そこだけ無駄にキラキラしているかっていうと、そういうわけでもなく。
(どちらかというと、神官様にはじめて会ったときのほうがすごかったなぁ)
直視に耐えないぐらい神々しいし。胸やけがして、しばらくご飯が食べれなかったぐらいだし。
まあ、わたしの場合は前世があるから、テレビや雑誌で目が肥えてるっていう事情もあるかもしれないけど。
高位貴族のものらしい挨拶の列を尻目に、神官様が秘書っぽい人に直接声をかける。
「聖女・マリア様をお連れしました」
なんといっても今夜の主役はマリア。
秘書官は心得顔で国王夫妻に耳打ちをした。
神官様が礼をするのにあわせて、わたしとマリアも事前に教えてもらった通りの礼をする。この体勢、膝がプルプル震えて地味に辛い。わたしに堅苦しいのは性に合わないんだなぁってことを思い知った。
「聖女マリアと、その養母ジャンヌ――――だったね」
どうやら顔を上げて良いようだ。
わたしはマリアに寄り添いながら、ゆっくりと顔を上げた。
「はじめまして、マリアです。これから聖女としてがんばります。よろしくお願いいたします」
マリアはスカートの両端をつまみ、いと愛らしい挨拶をした。周囲の貴族たちまで、ほぅと感嘆の息を呑む。
(よしよし、掴みは上々って感じ)
マリアに自由に生きていく道がないなら、せめてその道は平坦で穏やかなものの方が良い。わたしと違って素直な子だし、貴族を含め、皆から愛されると良いなぁと心から願う。
と、国王やら神官様の視線がわたしの方に集まっている。挨拶をしろってことらしい。面倒だけど、これもマリアのためだ。
「マリアの養母、ジャンヌでございます。マリアのこと、よろしくお願いいたします」
言外に『わたしはよろしくするつもりがない』ことを伝えつつ、わたしはしっかりと頭を下げる。マリアのときと同様のほぅという声が聞こえて、わたしは思わず顔をしかめた。
「顔を上げなさい。君は十六歳の時、生まれたばかりのマリアを保護したと聞いたよ。誰にでもできることじゃない。素晴らしい行いをしたね。おかげで我が国の聖女が守られた」
そう口にしたのは国王だった。
「いえ……」
神殿に連れてったけど、相手にされなかったから面倒見たってだけです――――本当はそう言えたら良いのに、今がそのタイミングじゃないことぐらいはさすがのわたしにも分かる。まあ、経緯はどうあれ結果は言われたとおりだから、別に良いんだけど。
「しかし、噂には聞いていたが、随分と美しいお嬢さんだ。優秀な魔女だと聞いたが」
「いえいえ、そんなことは……」
まずい。あまり長居するとボロが出てしまう。
マリアは王太子と和やかに歓談しているみたいだけど、わたしの場合はそうはいかないんだって。
口悪いし、短気だし。何話して良いかわかんないもん。
上司の自慢話にひたすら相槌を打ちまくってやり過ごす前世の飲み会とは格が違うってことぐらい、わたしにだって分かるんだから。
「陛下、そろそろ。皆様陛下にご挨拶できるのをお待ちですから」
助け舟を出してくれたのは神官様だった。彼はにこやかに微笑みつつ、わたしを一歩下がらせてくれる。
「もう少し良いだろう、セドリック。まだお前の近況も聞けていないことだし」
「そうよ。陛下も弟である貴方のことをいつも気にかけていらっしゃるのよ。
それに、貴方だって王族なんだから、こちら側で私達と一緒に挨拶をしてくれても良いじゃない?」
(え……?)
国王の弟。
王族。
神官様が。
あの、神官様が。
信じられない――――っていうわけじゃなく、寧ろ色々納得というか。さっきのシャーリーとのやり取りが色々と腑に落ちてきた。
「ねえ、セドリックは王子様なの?」
このタイミングで打ち込まれるマリアだからこそ許される質問。
神官様は穏やかに微笑みつつ、小さく首を横に振った。
「いいえ、マリア様。今の私はあくまで神官の一人に過ぎません。私は陛下や王太子殿下とは全く異なる立ち場なのですよ」
どこか寂しげな笑顔。
なるほど……事情は中々に複雑なようだ。
わたしはため息を一つ、神官様の腕を取る。
「神官様、そろそろ行きましょうか。わたしに夜会を満喫させてくれるって約束だったでしょう?」
礼儀がなっていない若い魔女。
わたしの評価なんてそれで良い。
今は早くこの場から離れないと、だ。
(マリアには悪いけど……)
そんなふうに思っていたら、マリアはとても嬉しそうな表情で、わたしと神官様の腕に飛びついてきた。
マリアがふふっと声を上げて笑う。
神官様が苦笑する。
なんでだろう――――わたしもつられて笑ってしまった。