22.異世界にも鬼門は存在するようです
豪奢なドレスを着た女性が、わたしのことをキッと睨みつけている。
まるで親の仇を見るような目つきだ。
(まあ、当たらずも遠からずってところだけど)
それにしても酷い嫌われっぷりである。
ため息を吐いていたら、神官様がわたしたちの間に割って入り、よそ行きの笑みを浮かべた。
「これはこれはシャーリー嬢……お久しぶりです。ジャンヌ殿とお知り合いなのですか?」
シャーリーと呼ばれた令嬢は、眉間にグッとシワを寄せ、先程よりもさらに不機嫌な表情になった。きっと、わたしが神官様に名前を呼ばれたことが気に食わないのだろう。
柔らかな金の髪に、緑色の瞳。
まるで鏡を見ているみたい。
容姿だけはわたしとよく似ている。
まあ、半分血が繋がっているんだもの。
当然といえば当然だ。
彼女はわたしの異母妹であるシャーリー・ブルックリン。
由緒正しき伯爵令嬢というやつである。
「神官様、実はシャーリーはわたしの――――」
「口を慎みなさい、ジャンヌ。
セドリック様。この人はわたくしとは何の関係もございません。卑しい血の平民ですもの。単に名前を知っていたというだけです」
シャーリーはわたしの発言を遮り、気位の高そうな笑みを浮かべた。
(卑しい血、ねぇ……)
前世で平等な世界を経験し、理科を勉強しているわたしからすれば、平民と貴族で血液の成分が変わらないなんて当たり前のこと。親が貴族に生まれたから、子も貴いなんて馬鹿げている。実にナンセンスだ。
だって、平民にも優秀な人間は腐るほどいるじゃない? 寧ろ甘ったるい環境で育てられてない分、強くて逞しいし、悪知恵だってある。
大体、馬鹿な王族、貴族が大量発生している時点でお察し案件。
血が云々、生まれが云々っていうのは幻想でしかないし、そんなおかしな伝統にしがみついているから政治がおかしなことになる。いずれナポレオンみたいな人が出てきて、下手すりゃ革命だって起こるかもね。歴史は繰り返すって言うし。異世界でもきっと同じでしょ?
(まあ、言わないし、何もしないけどね……)
正直言って今のわたしにとってはどうでも良い。
国を良くしたいとか、身分制度をなんとかしたいとか、そういうことは思わないもの。
シャーリーに馬鹿にされたところで腹も立たないし。
けれど、神官様はそうは思わなかったらしい。彼は眉間にシワを寄せ、シャーリーの前に躍り出た。
「そういう言い方は如何なものかと思いますよ、シャーリー嬢。訂正し、ジャンヌ殿にきちんと謝罪をしてください」
「なっ……」
神官様の反応が意外だったのだろう。シャーリーは目を見開き、頬を真っ赤に染めた。
「そんな、謝罪なんて嫌です。わたくしは思ったままを申し上げただけですわ」
如何にも不服そうな声音。わたしは思わず笑ってしまった。
(そうそう。シャーリーに悪気はない)
元々そういう価値観の世界だし。あの子がそう思うのも普通というか。気にしたところで無駄だって分かっているもの。
「良いですよ、神官様。その子は決して謝りません。わたしも謝ってほしいとは思いませんし」
「ほらね、セドリック様。本人がこう言っているんです。わたくしは何も悪くないでしょう?」
己の非をどうしても認めたくない彼シャーリーは、鼻息も荒く、神官様へと詰め寄っていく。
「そうですか。――――でしたら、シャーリー嬢は、私のことも卑しいと――――そんなふうに思われていたのですね?」
その瞬間、周囲の空気が俄にピリついた。
神官様らしくない発言。
神官様らしくない雰囲気。
そのあまりの冷たさに、憎悪の対象でないわたしまでシャーリーと一緒に震え上がってしまう。
「そっ、そんな! わたくしがセドリック様に対してそんなことを思うだなんて、ありえませんわ!」
「え? けれど私は、貴女の言うところの『卑しい血』が混ざっておりますよ? それについてはどう思われますか?」
「そ、れは……」
シャーリーは見るからに狼狽えている。彼女は顔を真っ青に染め、視線を左右に彷徨わせていた。
(なるほどね……只者じゃないだろうとは思っていたけど)
『混ざっている』ということは、神官様は実はわたしと似たような立場の人――――貴族と平民の間に生まれた子どもなのだろう。
だからこそ、幼い頃に神殿に預けられたんだろうか? その辺の事情は、貴族制度に疎いわたしにはよく分からないけど。
「そっ……そうですわ! その者の母親はわたくしの父をたぶらかしましたの! 伯爵家の財産を目当てに、子供まで作ったのですわ。ですから、決して平民の血が混ざっていることが問題ではなくてですね……」
「けれど、ジャンヌ殿の方が貴女よりも年上でしょう?」
神官様はシャーリーではなく、わたしに向かって直接尋ねてくる。
「――――そうですね。形式上はわたしの方が姉ってことになります」
わたしの返事に、神官様がニヤリと笑う。
やばい。その顔はやばい。
相当怒っているに違いない。
めちゃくちゃ逃げ出したくなったわたしの腕を、神官様がグイッと掴んだ。
「では、たぶらかしたも何も、伯爵様がジャンヌ殿のお母様を見初めたのは、貴女の母君と結婚する前ということになりますね。
貴女のお母様と婚約をなさったのは、結婚の直前だったと記憶していますし、シャーリー嬢にとやかく言われる理由はない筈です」
「ですが! そもそも身分が違いますし、ジャンヌの母親が父を惑わせたのは確かで――――」
「私の母も身分違いで……しかも既婚で、既に子供までいる父に見初められて私を身ごもったのですが、それが何か?」
ヒッ! とシャーリーが息を呑む。わたしは大きなため息を吐いた。
(諦めなよ。わたしだって神官様に勝てる見込みはないんだから)
息が詰まりそうなほどの沈黙が横たわる。
シャーリーは青褪めた顔で、何度も神官様とわたしを見遣りつつ、口を大きく開閉している。
それからたっぷり数十秒。
ようやく蚊の泣くような「申し訳ございませんでした」の言葉が聞こえてきて、神官様はニコリと笑った。