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21.勘違いなんてしません、しておりません

 時間が経つにつれ、広間にたくさんの人が集まってきた。

 どれも知らない顔だから、王室側からの招待者なのだろう。身なりや立ち振る舞いを見るに、如何にも『貴族様』という感じだ。



「————前から思っていたのですが、ジャンヌ殿は隠遁生活を送っていた割に、所作が美しいですよね」



 何を思ったのか、神官様がそんな話題を切り出す。



「隠遁生活を送っていた割に……ってのはあまり関係ないと思いますし、自分じゃよく分かりませんけど」



 っていうか、単に『所作が美しい』で良いじゃない。わたしは思わず顔をしかめた。



「いえいえ。立ち居振る舞いというのは教育や環境がものを言いますから。貴女のそれはどこか洗練されていて、見ていて惚れ惚れしますよ」


「そういうもんですかねぇ……」



 神官様に倣って、わたしもぐるりとあたりを見回す。


 確かに、わたしの場合は、これが最初の人生じゃない。前世では学校である程度の礼儀作法を習ったし、短いながら社会人経験だってある。TPO的なものは実地で学んできたと言っていい。

 引きこもりをしているのは現世に限った話だし、神官様の言うことは一理あるのかもしれない。



「母がちゃんとしていたんですよ。わたしと違って社交的な人でしたし、その影響じゃありませんか?」



 とはいえ、前世がどうだ、生まれ変わりがどうだって話したところで、信じてもらえはしないだろう。わたしは無難な返事をする。



「ジャンヌ殿のお母様ということは、魔女でいらっしゃるのですよね? 今はどちらに?」


「数年前に亡くなりました。母は身体が弱かったんですよ」


「それは……スミマセン。辛いことを思い出させましたね」


「いえ、別に。人間誰しもいつかは死ぬものですから」



 現世の母親は、わたしには似ても似つかない明るい人で、天真爛漫、春の陽だまりのような人だった。

 わたしが憎まれ口をたたいても『あらそう?』っていつもニコニコしていて、その度に毒気を抜かれたものだ。


 騙されやすく、ほだされやすい。詐欺なんかにすぐ引っかかるタイプだから、娘のわたしは気が気じゃなかった。



「……お母様のこと、大好きだったのですね」


「どうしてそう思うんですか?」


「ジャンヌ殿の顔を見れば分かります。温かくて、優しい顔をしていらっしゃいますよ」



 神官様がわたしの頭をポンと撫でる。

 ダメだ———今は嘘が吐けそうにない。



「ええ……わたしは母が好きでした」



 捻くれ者のわたしに対しても愛情をたっぷり注いでくれた優しい人。

 あの人が母親だったからこそ、前世で失恋してずたぼろの精神を引きずっていても、わたしは命を投げ出してこなかったし、今も生きているんだと思う。



「良かった。貴女にもちゃんと、甘えられる人がいたんですね」



 蕩けるような甘い笑みを浮かべ、神官様が言う。



「いますよ。過去形ですけどね」



 亡くなった人は戻ってこない。そうと分かっていても、やっぱりわたしは悲しかった。



「大丈夫。今は私がいます。マリア様もいます。そうでしょう?」


「……あなたはまた、そういうことを言う。そういうこと、誰にでもホイホイ言うもんじゃありませんよ」



 神官様といるとペースが乱れる。最近涙もろくなってしまったし、自分が自分じゃなくなったみたいですごく嫌だ。



「またまた! ジャンヌ殿も知ってるでしょう? 私、塩対応ってことで結構有名なんですよ! こんなこと、ジャンヌ殿にしか言ってません」


「塩対応……物は言いようですね」



 そういえば、神殿に来てから分かったことが一つ有る。

 わたしに対してはこんなにも無遠慮で無神経な神官様が、参拝に来ている人たちとは一線どころか十線ぐらい画していることだ。


 本人は神がかっていて近寄りづらい聖職者(塩対応)を演じているという感じなんだろうけど、本性を知っているわたしとしては違和感バリバリ。

 普段の胡散臭い笑顔を貼り付けて、軽薄過ぎて何度も聞き返したくなるような発言をした方が、余程人気が出るだろうに。



「そういうわけで、これはジャンヌ殿の勘違いでもなんでも有りませんから!」


「は? 勘違い?」



 その単語、どっから出てきた?



「わたしは何も勘違いしてませんけど」


「またまた〜〜。ジャンヌ殿だってそろそろ『実は神官様って、本気でわたしのことを……⁉』ぐらいのこと、考えているでしょう?」


「は⁉」



 何を言い出すかと思えば! 本当に救いようがない程の自惚れ屋だ。


 

「馬っ鹿じゃありません⁉ 全く、どこから来るんですか、その自信は!」


「え? 自信というか……ジャンヌ殿にそう思っていただけるように、こちらは日々頑張って口説いているわけで……」


「わたしが本気にするわけ無いでしょう⁉」


「――――ですから、本気にしてほしいと言っているんですよ」



 神官様はそう言って、わたしのことを引き寄せた。


 言葉も行動も、不意打ちがすぎる。

 こんなこと、さすがのわたしも想定していない。



 チラリと顔を上げてみたら、神官様はすごく熱い眼差しでわたしのことを見つめていた。

 心臓が早鐘を打つ。


 今すぐ逃げたい。

 逃げ出したい。


 だけど、身体がびくともしない。



(誰か、この場をなんとかしてくれる人はいないの⁉ マリア、早く帰ってきて!)



 わたしが心からそう願ったそのときだった。



「ご無沙汰しております、セドリック様!」



 キャピキャピした若い女の声が、神官様を呼んだ。

 これ幸いとばかりに神官様を押しのければ、彼は渋い顔をしてこちらを見遣る。



(良かった、助かった)



 誰かは知らないけど、マジでグッジョブ!

 心からの称賛を送ろうと振り向いたその時だった。



「後で続きを話しましょうね、ジャンヌ殿」



 神官様が耳元でそう囁く。



(こっ、こっ、この男は〜〜〜〜!)



 折角空気が変わったと思ったのに! 全然切り替えさせてくれないじゃない。

 


(くそっ)



 気を取り直し、声を掛けてきた女性の方を向く。失礼にならないよう、会釈だけしてこの場を去ろう――――そう思っていたのだけど。



「まさか……嘘でしょう⁉ ジャンヌ⁉」


「げっ!」



 そこに立っていたのは本当に思いもよらない人物で。

 わたしはゲンナリしてしまった。


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