20.神官様にトラウマを刺激されそうです
夜会会場はいつも過ごしている神殿内の一番大きな広間だった。
(普段は礼拝のために使われている厳かな場所だというのに、俗なパーティーのために使うなんて、罰当たりな)
考えが顔に出ていたのだろう。神官様が苦笑した。
「我が国の国王は『神の子孫』ということになっていますからね。王の意向は絶対。俗なイベントもバンバン開こう、という方針なんですよ」
「あぁ……まぁ、そうですよね。参拝がイケメンとの握手会と化してるぐらいですし」
今更ツッコミを入れるのは野暮というもの。
そういえば、前世でも結婚式は教会でやるのが定番だったし。神聖な場所と催事っていうのは、案外繋がっているものなんだろう。
「うわぁ……! 綺麗っ! 広間がキラキラしてる!」
夜会会場に入った途端、マリアが思わず声を上げた。
天井の代わりに広がる、満天の星空。壁には星のように瞬く照明――――色とりどりのイルミネーションが配置されている。
前世の記憶に加え、魔女に生まれたわたしにとっては見慣れた光景だけど、生まれた頃から隠遁生活を送っていたマリアにとっては新鮮らしい。瞳をキラキラさせながら喜んでいる。
「ジャンヌさん、あたし会場をグルっと見てくるね!」
「え? ああ……良いんじゃない? 気をつけていってらっしゃい」
ちらっと見る限り、出席者は身内ばかりだし、護衛は付いてるから問題なさそう。マリアを見送りながら、わたしは小さく息を吐いた。
「――――なんか、思っていたのと少し違うかも」
わたしの中の夜会のイメージは、シンデレラの舞踏会とか。アナ雪の戴冠式の後のイベントとか。そんな感じの厳かで落ち着いた雰囲気だったから。
「今夜はマリア様のためのイベントですからね。王家もマリア様が過ごしやすい雰囲気を作ってくれたのでしょう」
「ああ……」
なるほど、そのぐらいの気遣いはできるらしい。まぁ、六歳児を聖女として働かせている時点でどうかと思うけど。
「いずれはもう少しロマンチックな夜会に二人で繰り出しましょうね、ジャンヌ殿」
「いずれは――――って、わたしは平民ですし、夜会に出席する機会なんて今後はありませんよ」
こういうのは貴族のもの。背伸びをして社交や場の雰囲気を楽しむなんて芸当、わたしにはできないし、平民は家に引っ込んでマッタリするに限る。
「そうは言っても、マリア様はまだ六歳ですから。成人するまでの間、ジャンヌ殿のサポートが必要不可欠です。神殿の外に出られるようになったら、登城をしたり、郊外に出たりしますし、お呼ばれごとも多いですよ」
「……あなたさっき、『ロマンチックな夜会に』『二人で』って言いましたよね? 論点をすり替えるのは止めてくれません?」
「え? 何のことでしょう?」
神官様がニコリと微笑む。しらじらしい。
そりゃあ、彼の言う通り、わたしはマリアの親代わりですから? お呼ばれごとに同席が必要な場面もあるかもしれない。
だけど、あの子抜きで夜会に出るとか一生ない。ましてやそれが神官さまと二人きりでとか。ないない。絶対、あり得ない。
「そういえば、王太子殿下御一行は既に神殿の中にいるんですか? 夜会会場にはいないですよね?」
偉い人は遅れてくるものって相場が決まっているし、会場内の落ち着きぶりを見るに、まだ会場入りしていないとは思う。
「未だでしょうねぇ。多分夜会の中盤ぐらいに来るんじゃないですか?」
「何で疑問形……貴方ってこの神殿のお偉いさんですよね?」
「ええ。名目上はこの神殿のナンバー2です……が、神殿長は所謂お飾りのトップですからねぇ。実質私が責任者です。ほら、責任者と言うからには、ある程度年配者を立てておかないと困ることも有るでしょう?」
「ああ……やっぱり、何処の世界もそんな感じなんですねぇ」
ある程度は年功序列が働いている。どんなに実力がある人でも、入ってすぐにトップに君臨できるわけではないのだ。
「まあ、それもあと三年程度のこと。以降は私が名実共に責任者となる予定です。ジャンヌ殿、私ってとても有望株でしょう?」
「自分で有望株って……そりゃあ、この神殿のトップってのはつまり、国の神殿関係のトップってことなんでしょうけど」
どのぐらいすごいのかは、住んでる世界が違いすぎるからよく分からない。前世では宗教とは無関係の一般家庭で育ったし、エリート官僚とか大会社の社長とかとも立ち位置が違う印象だ。
「地位的なものはさておき、私って若いのに結構な高給取りですよ? 食うに困らないし、オシャレや旅行を楽しむだけの余裕もあります。贅沢な生活を送りたいなら、結婚相手にピッタリでしょう?」
「…………はぁ。そうですね。贅沢な生活を送りたいなら、ね」
わたしはそういう価値観で生きてないし。健康で文化的な最低限度の生活が送れれば良いぐらいの感覚でいるし。そのぐらい神官様も知っているでしょうに。
そもそも、自分で高給取りって言っちゃうあたり、神官様って本当に……。
「そういう女性は多いと思いますので、これから先も是非、積極的に情報開示なさると良いと思います」
苦笑しながらそう言えば、神官様はキョトンと目を丸くした。
「いえいえ。こんなこと、ジャンヌ殿にしか言えませんよ。言って本気にされたら困りますから。だって、私が結婚したいと思うのはジャンヌ殿だけですし」
「――――はぁ?」
結婚? 交際ですらなく結婚⁉
神官様は色々ぶっ飛んでる人だけど、この冗談はきつい。わたし、前世で結婚を破談にされてるんですけど?
(本当、何処まで本気なんだろう?)
飄々とした表情で笑う神官様をチラリと見上げつつ、わたしはこっそり唇を噛んだ。