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18.聖女様は、王子様に興味が有る年頃です

 神殿で暮らし始めて一週間が過ぎた。



「――――今日こそ休む! 寝る! 何なら家に帰りたい!」


「そこをなんとか! 今日は休日で、普段より参拝者が多いんですから!」


「だから嫌なんですよ!」



 わたしは毎日、なんやかんや言いながら、神官の真似事を続けている。


 森に住んでいた頃は昼過ぎまで眠っていたのになぁ。侍女やら神官様に起こされるもんだから、随分早起きになってしまった。



 おまけに、一度朝食を作ってやったのが運の尽き。翌日以降も毎日厨房に立つ羽目になっている。



(だって、神殿の料理って本当に脂っこいんだもん)



 聖職者って精進料理を食べるもんじゃないの? なんて思うのはわたしが転生者だから。

 或いは日本と西洋の違いなのかな。

 肉も魚もめちゃくちゃ食べるし。何なら食べ過ぎじゃない? って思うぐらい、献立に組み込まれている。



(きっとお布施が多すぎるんだ)



 そのせいで、食費に振り分けられる予算が無駄に多くなっているし、予算は余らせちゃいけない精神が働いているに違いない。

 あの握手会は絶対回数を減らすべきだと思う、マジで。



「――――夜会?」


「ええ」



 朝食の席。

 神官様がわたしの問いかけに頷いた。


 彼は相変わらずわたしとマリアの部屋に入り浸り、一緒に朝食をとっている。

 わたしが作る朝食なんて、ご飯と味噌汁レベルの粗食だけど、彼はそれが気に入ったらしい。毎日「美味しい、美味しい」って言いながら、わたし達と食事をしている――――まぁ、嘘を吐いているだけかもしれないけど。



「何でまたそんな俗なイベントを神殿で?」


「そりゃあ当然、マリア様が神殿を出られないからですよ」



 サラリとそんな事を言われ、わたしは思わず顔をしかめた。



「なにそれ。全くもって当然じゃありませんけど。子供に夜ふかしさせる必要なんてないし、そもそも、どうしてマリアを夜会に出す必要が?」



 夜会ってのはつまり、シンデレラでいう舞踏会みたいなものでしょう? 貴族の社交の場ってやつでしょう? 子供なんてお呼びでない。大人が楽しむためのものでしょうに。



「ふふ、これはトップシークレットなのですがね――――実は、陛下がマリア様と王太子殿下を引き合わせたい、と思し召しなんですよ」


「――――はぁ?」



 わたしは思わず目を瞠る。


 神官様め、なぁにがトップシークレットだ。

 声を潜めるどころか、侍女たちにまでバッチリ聞こえるように言ってるじゃない。神殿勤めのくせにミーハーなのか、一気に色めき立っているし。



「引き合わせたいってのはつまり、将来の配偶者にってこと? マリアを王太子殿下の妃に?」


「そういうこと。さすが、話が早いですね。護国の聖女が妃になれば、国は安泰。そういう風潮が有るんですよ」


「はぁ……さいですか」



 一応相槌は打ったものの、前世が純正日本人のわたしには到底理解できない世界だ。


 だって、わたしが生まれたときには、天皇は象徴になって久しかったし。結婚相手は(表向き)自由に選べるみたいだし。

 福沢諭吉だって『天は人の上に人を造らず』なぁんて教えを説いていたし。

 子供の頃から結婚相手を決めておくなんて、本人の意志はお構いなしってことでしょう?



「言っとくけど、わたしは反対ですからね。王太子殿下がどう思うかはともかく、マリア側に選ぶ権利がないのはあんまりです。この子はまだ六歳ですから」


「――――ジャンヌ殿ならそう言うと思いました」



 神官様が苦笑する。わたしは思わず唇を尖らせた。



「だったら、何で断らないんですか?」


「断れる相手じゃないことぐらい、ジャンヌ殿なら分かるでしょう? 現状は婚約を強要されているわけじゃありませんし、相手は王族ですよ?

それに、王室とは上手く付き合っておいたほうが、マリア様にとっても得なことが多いです。一生飼い殺しになったり、利用されるばかりでは気の毒でしょう?」


「それは……まぁ、そう思いますけど」



 神殿生活を強要されている時点でマリアは十分気の毒だ。まだたったの六歳なのに、自分の未来を自分で決めることもできないなんて酷すぎる。

 わたしなら躊躇なく逃げ出すわ。



「ねぇねぇ、セドリック」


「はい、なんでしょうマリア様?」


「王太子殿下って誰?」



 先程までは食事に夢中だったマリアが、唐突に話に割って入る。自分の進路が勝手に決められつつ有るというのに、なんとも無邪気な声だ。まぁ、話を理解できていないのだから仕方ないけど。



「王太子殿下というのは、この国の王子様のことですよ」


「王子様⁉ それって、シンデレラに出てくるあの⁉」


「シンデレラ?」



 神官様はキョトンとした表情を浮かべ、小さく首を傾げる。



「大丈夫、神官様は知らなくて良いお話です。

良い、マリア? 王子様っていうのは、お伽噺の中に居るから素敵なの。

きっと、現実の王子様はそんなにカッコよくないわ。だからこそ、神官様みたいな人が持て囃されるんだろうし」



 ヒロインを見初め、苦しい境遇から救ってくれるイケメンなんて、そう簡単に現れるわけがない。本当にお伽噺の中だけの話だ。


 大体、今時の王子様っていうのは、浮気男っていうのがデフォでしょう? そんな存在に夢を見ると、痛い目に遭うだけなんだから。



「失敬な。現在の王太子殿下は御年十ニ歳。私によく似た綺麗な顔立ちをしていますから、マリア様も間違いなく気にいる筈です」


「えーーっ、本当⁉ セドリックに似てるの⁉ 王子様が⁉」


「ええ! マリア様も会ってみたいでしょう?」


「みたい!」



 チッ。神官様め、マリアを抱き込みやがった。

 『私に似て綺麗な顔立ち』って……ねぇ? よくもまぁそんなに自信を持てるもんだ。


 まぁ、マリアが乗り気なら、わたしから言うことは無いんだけれど。



「当然、ジャンヌ殿も参加しますよね? 頃合いを見てマリア様をお部屋に帰さなければなりませんし、心配ですもんね!」


「……意地の悪いやつ」



 そんな風に言われると「うん」とも「嫌だ」とも答えづらいじゃない。我ながら意地っ張りだって分かってるけど、やはり神官様は性格が悪い。


 神官様はニコリと微笑むと、席を立ち、わたしの耳元に唇を寄せた。



「心配せずとも、ドレスは私が準備しますよ。飛び切りの一着を。

美しく着飾った貴女を見れる日が、今からとても楽しみです」


「――――っ、誰が!」



 言い返しつつ、揶揄するような笑みが視界に飛び込んでくる。


 ダメだ。この男を相手に冷静さを欠いてはいけない。つけ上がらせるだけだ。


 それに、ドレスを用意するお金が浮くのは単純に良いことじゃない? どうせ出席しなきゃいけないなら、この男に払わせとけば良い。ここは一つ、ポジティブに受け止めよう。



「と、言うわけで、今日もお勤めを頑張りましょうね?」


「――――――へーい」



 ため息を一つ、わたしは神官様の後に続いた。

 


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