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16.おばあさんの話を聞きました

 握手会会場――――もとい、参拝者を受け入れて以降の神殿の熱気は本当に凄まじかった。


 騎士たちが城内整理を行い、神官ごとに長い列が形成されていく。見ているだけでめまいがした。



「これ、午前中までに捌かないといけないんですよ」


「は? これ、全部」


「ええ。そういう決まりなんです」



 げんなりしているわたしを前に、神官様はくすりと笑う。

 とはいえ、一人ひとりに与えられた時間は流石に十秒とかではなく、最大で五分は取れるらしい。


 だけど、昼までの残り時間と、ここに居る人数なんかを冷静に計算すると……ね。明らかに足りないじゃんってなるわけで。



「大丈夫だよ、ジャンヌさん。常連さんはみんな、二十秒ぐらいお話して、すぐにバイバイするんだよ!」


「は?」



 なにそれ。わざわざ長い時間列に並ぶのに、敢えて短時間の握手――お祈りに甘んじるって、どういうこと?



「新しいお祈り事項のない人は、私達から神聖力を受け取るだけ。そちらの方がご利益が高いということになっているんです。

ですから、皆さんきっちり二十秒で去っていかれるんですよ。まあ、その分、一日に数回並ぶ猛者もいますけどね」


「――――ツッコミどころが多すぎます。『ご利益が高いということになっている』って……」



 そりゃあ、時間は限られているし? どっかで線引は必要だろうけど、裏事情を知ると何とも言えない気持ちになる。



「皆さん、その二十秒の間に顔や名前を覚えてもらおうと、ありとあらゆる工夫をされるんです。見ていて涙が溢れるほど。本当にありがたいことです」



 神官様が目元を拭う仕草をする。

 白々しい。思わずケッと笑ってしまった。



(まぁ、あれだ。神社でお参りをするみたいな感覚なのかな)



 聖地巡礼。行くだけで元気になれるみたいな。

 対面時間が短いのも織り込み済みだし、文句は出ないってことなのだろう。



「でも、待って。わたし、神聖力なんて持ってませんけど?」



 つまり、わたしと話したところで、何のご利益もない。新しい神官みたいに紹介されてたけど、これでは詐欺じゃないか。



「そんなことはありません。元々、すべての人間にある程度の神聖力が備わっているのですよ。聖女であるマリア様は、特別な力をお持ちですが、それ以外の神官は、皆貴女と土台は同じです」


「いや、そうかもしれないけど、普通は神官ってある程度修行を積むとか、信心深いとか、そういう人がなるもので」


「ほらほら、参拝者の方がいらっしゃいましたよ! 仕事仕事」



 神官様が無理やり話を終わらせる。都合が悪くなったらしい。

 ため息を一つ、わたしはそっと前を向いた。



 最初の参拝者は、お年を召したおばあさんだった。

 アイドルグリーティングを目的としていない、めちゃくちゃ正当な信心者。何だか寧ろ申し訳なくて、わたしは手のひらに力を込める。



「あらあら、緊張していらっしゃるの?」


「……ええ。こうしてお祈りをお聞きするのは、初めてですから」



 本当は緊張よりも罪悪感のほうが余程強い。



(どうかこの人の願いが叶いますように)



 密かに汗を掻きながら、わたしはおばあさんの幸せを願う。



「大丈夫よ。他の神官様も、最初は貴女と同じような表情をしていたわ。だけど、今ではあんなに堂々と、立派にお仕事をしているでしょう?」



 おばあさんはそう言って、神官様たちの方を見遣る。



(立派に、ねぇ……)



 他の神官はさて置き、神官様は違うだろう。わたしもおばあさんに倣って、他のみんなの方を向いた。



(――――ん⁉)



 その瞬間、わたしは我が目を疑った。



 先程までチャラけた態度だった神官様が。

 普段ふざけたことしか言わないあの神官様が。


 何だか物凄く真面目な表情で仕事をしている。

 というか、なんか後光がかってる!



「詐欺だわ……」



 普段あれ程グイグイ来るくせに、今のあの男はどこか近寄りがたく、けれど手を伸ばして縋りたくなるような雰囲気を醸し出している。

 これぞ神官。

 どこからどう見ても正統派神官だ。



(何あれ? 別人? どうして普段からああしてられないんだろう?)



 あのぐらいの距離感なら、わたしだってそこまで拒否感を抱かないだろう。おまけに今は、いつもの胡散臭い笑顔じゃない。



(いや、寧ろ今でしょう⁉)



 こういうときこそニコニコと愛想を振りまくべきじゃないの? 鬱陶しいほどガツガツと積極的にコミュニケーションとるべきじゃない? あの女の子たちは、神官様に会いに来たんでしょう? わたしと違って絶対喜ぶじゃん? 笑顔の使い所、間違い過ぎじゃない⁉



「セドリック様も、以前より大分柔らかくなられて良かったわ」


「え、あれで?」



 おばあさんのつぶやきに、ついつい反応してしまう。

 とっくに二十秒が経過しているけど、今はそれどころではない。もしかしたら、神官様の弱みを握れるかもしれない――――わたしはそっと身を乗り出す。



「ええ。あの方が最初に神殿にいらっしゃった頃は、まだマリア様ぐらいの大きさでね? 神様みたいに人間離れした美しい少年だったの。 だけど、今とは違ってちっとも笑わない、とても冷たいお方でね?」


「へぇ……そうだったんですか」



 おばあさんには悪いけど、にわかには信じがたい話だ。


 普段はあんなにふざけてるし、チャラけてるし、見ていて鬱陶しいくらいニコニコしているんだもの。

 今、こうして真面目な顔をして仕事をしているだけでもびっくりだけど、笑わない神官様なんてとても想像がつかない。わたしは一人首をひねった。



「最近――――特に、マリア様がいらっしゃった頃からかしら? 以前よりもずっと明るくて優しい表情になられたのよ? 誰か良い人でも見つけたのかしら?」


「さぁ? どうなんでしょう……」



 まあ、彼女の一人や二人や三人ぐらい、居てもおかしくない容姿をしているけど、なにせあの性格だもの。付いていける女性は少ないと思う。『顔がすべて』ってタイプの女性なら或いはっていうところだろうか?



「ふふ……ありがとうね、ジャンヌさん。これからもまた、私の話を聞いてちょうだいね」


「え? でも、わたし……」



 本気で何もしていない。

 戸惑うわたしに、おばあさんはニコリと微笑む。



「それで良いのよ。本当に楽しいひと時だったわ。ありがとう」



 おばあさんの後ろ姿を見送りながら、わたしは静かに首を傾げる。

 嬉しそうな表情が、脳裏に焼き付いていた。


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