14.どんな世界にも、偶像は必要らしいです
(くそぅ……せっかく着替えたのになぁ)
神官様はわたしに着替えを命じた。自分の服(サイリックが取りに行ってくれた)ではなく、神殿側が用意した服を着ろというのだ。
渡されたのは、白いシルクのドレス。白と銀の糸で繊細な刺繍が施されている逸品で、見ているものに『清楚なお嬢様』って印象を与える。
仕上げに侍女たちに髪を結い上げられ、純白のベールを頭からかぶった。
「ったく……ガラじゃないっつーの」
今より擦れてなかった前世ですら、こんな格好したことないのに。ホント、バカみたい。
いや――――違う。
一度だけあった。
前世で――――結婚式の衣装合わせで、ウェディングドレスを試着したことを思い出す。
綺麗だねって言われた。誰よりも綺麗だよって。
それでわたしは『嬉しい』って笑って。
だけど彼は、結局、違う人を選んだ。
どす黒い感情が胸の中を渦巻く。
息が物凄く苦しくなった。
「準備できました?」
なんとも絶妙なタイミングで、神官様が顔を覗かせる。マリアも一緒だ。
「わぁ! ジャンヌさん、綺麗! すっごく綺麗」
マリアが瞳をキラキラさせる。さっきまでの嫌な気持ちが少しだけ晴れ、わたしはほっと息を吐いた。
「はいはい、ありがと」
「お姫様みたい! 可愛い!」
「姫? いや、あんたの方が余程そういう格好してるじゃない」
フリルやレースがふんだんに使われたドレスは、ゴスロリ――――とまではいかないけど、そういう服装。
多分だけど、あまり聖女らしくはない。
まだ幼いからか、綺麗というよりただただ可愛い。これで民の信仰の対象になるのだろうか?
「どうです? 似合っているでしょう? 民からの評判もすごいんですよ!」
「……似合ってはいるけど、そいつらをマリアに近づけて大丈夫なの? 手を握ったりするんでしょう?」
単純に聖女として尊敬を集めているっていうなら良い。だけど、そうじゃない連中はつまり、マリアの可愛さに惹かれたってことで。下手すりゃ幼女趣味があるってことでしょう? そりゃ、ちびっこはその年代にしかない可愛さがあって、前世でもアイドルとか子役とか、大人気だったけども、どうしたって不安になる。
「もちろん。護衛騎士はきちんとついていますよ。信心深く、剣技にも優れた、よりすぐりの精鋭達です。
それに、これからはジャンヌ殿もいるでしょう?」
「わたし?」
「ええ。さっきの捕縛、痛かったなぁ……」
神官様は、そう言って満面の笑みを浮かべる。
くそぅ、まだ根に持ってやがる! 普通に話しているから忘れてくれたのかと思ったけど、どうやら違ったようだ。腕をさすったりしてめちゃくちゃ厭味ったらしい。満面の笑みをキープしているのがかえって不気味だ。
「ジャンヌさん、大丈夫だよ。みんなとっても優しいよ! お菓子とか、飲み物とか、リボンなんかもプレゼントしてくれるの! お礼に手を握ったら、涙を流して喜んでくれる人もいるし。マリアと握手するために、何度も何度も列に並ぶ人もいるんだよ!」
「ああ、そう」
いや……それ、聞けば聞くほど不安になるんだけど。
本当に大丈夫なんだろうか?
「まあ、善は急げ。行きますよ」
「へぇい……」
ため息を一つ、わたしは神官様のあとに続いた。
***
神殿の前は、たくさんの人でごった返していた。
でっかい柱の裏に立ち、息を殺して様子をうかがう。
「信じられない。あれ、本当に全部、参拝者なんですか?」
「そうですよ。皆、救いを求めているんですねぇ……」
しみじみとした表情で神官様が呟く。
だけど、多分――――いや、絶対違う。
離れていてもなお感じる熱狂ぶり。
よく見たら、みんな色違いのリストバンドを巻いてる。
あれは多分推しメンの(って言葉を使うのもどうかと思うけど)メンバーカラーだ。周りにいる神官様達の被り物に、あれと同じ色のワンポイントが入っているもの。
神官様――――セドリックは赤。
ゆるふわ髪の柔和な印象のお兄さんは黄色。
眠そうな表情をした黒髪の男性は黒で、ワイルドな印象の神官様は青。
で、マリア推しの人――ほとんど男性だけど――はピンクのリストバンドを巻いている。
他にも、タオルやらアクセサリーやらシャツなんかにメンバーカラーを取り入れていて、さながらコンサート会場だ。
「どんな世界にも、偶像っていうのは必要なのね……」
数百年前だろうが、異世界だろうが、人間のやることは基本変わらない。求めているものもだいたい一緒。
誰だってみんな、夢中になれるものがほしいし、辛い日常を忘れたい。
漫画もゲームも存在しないこの世界。暇つぶしの娯楽を求めている場合だってある。
そういう意味で言えば、救いを求めているっていう神官様の言葉も、あながち間違っては居ないのかもしれないなぁ。
(帰りたい)
正直わたしは、そういうことに興味ない。崇拝するのも、崇拝されるのも勘弁だ。
帰って布団にくるまりたい。食事も忘れてダラダラして、一人静かに眠りたいのに、どうしてこうなったんだ?
「さあ、ジャンヌ殿。参りますよ?」
言いながら、神官様がわたしの手を握る。
どう足掻いても逃がす気はないらしい。
(めんどくさ……)
ついつい深いため息が漏れた。