12.二度寝を妨害されました
(眩しい……)
寝返りを一つ、目をこする。
変なの。そんなことを思うのは、前世以来。
だって、深い森の中には大して光は差し込まないし、昼でも夜でも大抵カーテンを閉めているんだもの。
(眠い)
今は一体何時ぐらいだろう?
朝という概念が失われて久しいから、体内時計が全く働いていない。少なくとも、ここ最近の睡眠時間より短いことは間違いないと思う。だって、全然眠り足りないもの。布団を目深に被り直し、二度寝を決め込む。
が、何故だか中々寝付けない。
(なんか、布団がいつもよりふかふかしている)
綿が凝り固まったせんべい状態じゃないし、おひさまの光をたっぷり浴びた香りがする。そんな布団で寝るのは、現世の母親が生きてたときが最後だ。枕も普段と高さが違うし。背中のあたりが妙に温かい。
「ん……」
その瞬間、わたしは思わず目を瞠った。
背後から聞こえてきた低く掠れた声音に嫌な予感がし、一気に意識が覚醒する。
(ここは…………そうだ! マリアが住んでる神殿)
昨夜は昔話を読み聞かせながら、マリアと二人で眠りについた。ふわふわの天然湯たんぽを抱き込んで、えらく熟睡できたという感覚はある。
だけど、さっきのくぐもった声は、絶対にマリアのものじゃない。
(っていうかあれ、男の声!)
勢いよく振り向けば、無駄に整った美しい彫刻みたいな顔が視界に飛び込んできた。朝から揚げ物を食べたみたいな、ものすごい胸焼けのするキラキラしさだ。
誰あろう、神官様である。
「な……な、な…………!」
途端、湧き上がる怒りの感情。起き上がろうにも身体をギュッと抱きしめられていて、身動きが取れない。
しかし、本気で怒っているときは、案外言葉が出てこないものらしい。唇をわななかせつつ、わたしはその場で硬直する。
「んん……」
その時、もう一度神官様が声を上げた。随分とまぁ気持ちの良さげな声だ。次いで首筋に柔らかな感触が触れる。温かく、少し湿った何か。それが何なのかなんて考えたくもない。
思わず肘鉄を入れたら、ぐえっと大きな悲鳴が上がった。
「痛たたた……って、ジャンヌ殿?」
「ジャンヌ殿? じゃないわ! この変態神官!」
ようやく身体が解放され、わたしはベッドから飛び起きる。それから急いで杖を掴むと、魔法で神官様を捕縛した。
「ちょっ! ジャンヌ殿、何をするんですか?」
「見てわからない? 侵入者を捕まえたの! 女性の寝室に――――それもベッドに潜り込むなんて最低です!」
「侵入者⁉? そんな、誤解です! それに、私はベッドに潜り込む気は……」
「自分が今、どこにいるか見てからものを言いなさいよ!」
この期に及んで言い訳とは見苦しい。そのくせ神官様は罪悪感のまったくない表情で、首を左右に捻り続けている。
「というか、マリアは一体どこにいるんです⁉ 一緒に眠ったはずなのに」
「マリア様なら、既に朝の準備に移られました。お祈りの前に身を清めるので」
「なにそれ。さすがは神殿ね。子供の成長に大切な睡眠時間を奪ってお祈りを強制する、と」
「いえいえ。起きられたのは6時ですし、とても良識的な起床時間かと」
くそぅ……神官様の言う通り。確かに6時だったら、極端に早い時間とは言い難い。家では起床時間なんてマチマチで、早起きどころか規則正しい生活ってやつを送っていなかっただけだから。
「で? どうしてあなたがここに居るんです?」
マリアが部屋に居ない理由はわかった。あの子がわたしを起こさないように気を使ってくれたんだってことも。
だけど、それと神官様がこの部屋にいる理由――――わたしのベッドに潜り込んでいる理由は結びつかない。
「いえね。朝起きて、マリア様が居なかったら、ジャンヌ殿が寂しがるんじゃないかという話になりまして」
「ほぅ……で?」
「それで、私がこのお部屋でジャンヌ殿が起きるのをお待ちすることになったんです。だけど、ジャンヌ殿は中々起きませんし、あまりにも気持ちよさそうな寝顔だったので、私もだんだん眠くなってきまして。気がついたらこのような事態に」
「ふぅん。つまり、あくまで自らベッドに入った認識はないと」
「そうですねぇ」
神官様はそう言って、ツイと顔を背ける。だけど、彼が一瞬だけ浮かべた含み笑いを、わたしは見逃さなかった。
「嘘を吐かないでください」
「え? 私は嘘なんて吐いてませんよ?」
「そんな顔してとぼけないで」
回り込み、神官様の顔を見たら、彼は筆舌に尽くしがたい嫌な笑みを浮かべていた。頬をポッと赤らめ、まるで乙女みたいにはにかむ様は、見ていてとてもイライラする。
「実は――――」
「やっぱり良い。言わなくて良いです」
寧ろ聞かせてくれるなって思っていたら、神官様は蕩けるような笑みを浮かべてこう続けた。
「ジャンヌ殿があまりにも愛らしくて。吸い寄せられるような感覚がして。これはもう愛でねばと! 使命感のようなものに駆られ、頬を撫でたところまでは覚えているのですが」
「ああもう! 言わなくて良いって言ったのに!」
この男、Mっていうより寧ろSなのかもしれない。わたしが嫌がっているのを見て楽しんでいる。
つまり、からかうことが目的で、わたしに対して気があるわけではない。絶対、そうに違いない。
「とにかく! 貴方は金輪際、この部屋に入らないでください!」
杖を一振り、神官様を部屋からほっぽり出す。
「ちょ! ジャンヌ殿、この輪っか外してください! これじゃ歩けません! 手だって動かせませんし」
「そんなの自業自得でしょう? それ、わたしと同等以上の魔法使いじゃないと外せませんから! せいぜい侍女や他の神官たちから白い目で見られてください」
ドアを閉め、ため息を吐く。
神官様の声がうるさい。防音魔法を施して、ぐっと大きく伸びをした。
(ほんと、何なんだろう)
ここまで拒否されているのに、わたしに構う理由がわからない。
……いや、嗜虐心が掻き立てられるのかもしれないけど、それでも。
「目、完全に覚めちゃったじゃない」
これじゃ二度寝は難しい。
わたしはもう一度ため息を吐いた。