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10.久しぶりに食事をしました

 テーブルに所狭しと並べられた食事達。これらは全て、空腹で倒れそうになったわたしのために作られ、運ばれてきたものだ。



(美味い、美味い!)



 この数日間で食べ物を口にしたのは、(不本意ながら)神官様が持参した果物だけ。完全にエネルギー不足。ぶっ倒れそうになったわたしの元に、神官様はお料理を運ぶよう手配してくれたのだ。



「美味しい、ジャンヌさん?」


「うん」



 魔女って言うのは引き籠りだと相場が決まっている。他人が作ってくれたご飯を食べるのは、現世の母が亡くなってから初めてのこと。そりゃ、面倒くさがりだからお惣菜的なものを取り寄せたりしてたけど、温かい状態でゲットできるもんじゃないし。

 外食最高。ここの料理人、素晴らしい腕を持っていらっしゃる。



「良い顔ですねぇ、ジャンヌ殿。ここでの生活が楽しみになって来たでしょう?」


「――――ええ、そうですね。あなたさえ居なければ!」



 くそう、良い気分だったのに! 胸焼けしちゃったじゃない! 

 向かいの席を陣取った神官様に、わたしは眉間に皺を寄せる。



「ジャンヌさん、セドリックは優しいよ? マリアのお願い、たくさん叶えてくれるんだよ?」



 マリアはそう言って、短い脚をブラブラさせた。

 神官様が何とも嬉しそうにどや顔を浮かべている。わたしは無理やり笑みを浮かべた。



「良い? マリア、覚えておきなさい。願い事を叶える人が必ずしも優しいってわけじゃないのよ? 人間っていうのは時に我慢も必要だし、自分自身で願いを叶える努力だって必要なの。何でもかんでも全部やってあげることが優しさとは限らないんだから」



 世間一般の優しさの定義はさておき、少なくともわたしはそう信じている。そりゃあ、自分の意向に合わせてもらえた方が嬉しいかもしれないけど、本当の意味で本人のためになるかと言えば、そうじゃない場合も多い。聖女だからと甘やかされてばかりじゃ碌な大人にならないんだから。



「ふぅん……そっか。そうだね! ジャンヌさんもとっても優しいもんね!」


「は? いや、どうしてそうなるのよ」



 これだから子どもは意味が分からない。わたしの中に優しさは皆無。ただ自分の都合で動いているってだけだもの。



「まあまあ、ジャンヌ殿! こちらのお料理なんてとっても絶品ですよ? ほら、あーんしてください?」



 ギラギラと胸が焼ける満面の笑み。スプーンを口元に差し出して、神官様が首を傾げている。



(まーーたこの神官は)



 わたしをおちょくって愉しんでいるに違いない。

 だけど、ようやくわかった。こいつに対して怒るだけ体力の無駄だ。

 冷静に……塩対応を心がけるのが一番だ。



「する訳ないって分かってますよね? お断りします」


「そう遠慮せず。一説では、天国の住人は互いに食事を食べさせ合うから、こよなく仲が良いのだそうですよ? 我々ももっと仲良くなるべきでしょう?」



 言いながら、神官様はマリアの口に食事を運ぶ。マリアはスプーンにパクつきながら、嬉しそうに笑った。

 駄目だ。この子、完全に甘やかされてる。……まあ、子どもだからこのぐらいで丁度良いのかもしれないけど。



「必要性を感じません。

全く……わたしにはわたしのペースがあるんです。食べたくなったら食べるし、要らなかったら手を付けない。

大体、なんで貴方まで一緒に食事をしているんです? この料理はわたしのために用意されたものでしょう?」


「ですから! 私はジャンヌ殿と親交を深めたいんですよ。言ったでしょう? あなたを口説き落とすつもりだって」



 嫌味な程に美しい表情を浮かべ、神官様がわたしを見つめる。悲鳴にも似た侍女達の声音。思わずため息が漏れた。



「大丈夫。嘘ですから。本気にしないでください」


「えーー、本気なのに」


「本気の人はそんなこと言いません」



 本当に。

 本気で思っていたら、絶対そんなこと言わない。




『君のこと、口説いても良い?』




 ああ、クソ。

 忘れていたのに。忘れたかったのに。

 ズキンと音を立てて胸が鳴る。


 真剣な表情でそう口にした前世の恋人は、結局わたしを選ばなかった。本気だとのたまったことも忘れ、無慈悲にわたしを捨てた。


 男なんてそういうもの。

 口先と下半身だけで生きている。


 食事を食べさせ合えば仲良くなれる?

 笑わせないでよ。

 そんなことで仲良くなれるなら、浮気も喧嘩も戦争だって起きやしない。辛い思いをする人なんて、この世に一人も居ない筈なのに。



「ほら、そんな顔をしていたら幸せが逃げてしまいますよ」



 神官様はそう言って、わたしの額を小突く。それから止める間もなく、わたしの頭をそっと撫でた。



「私はここで退室しますから、ジャンヌ殿はきちんと食事を楽しんでください。食べる喜びを噛みしめて。明日の朝、また一緒に食事をしましょう。良いですね?」



 普段とは違った穏やかな声音。

 ややして、扉が静かに閉じる音が聞こえた。



「ジャンヌさん……」



 マリアがわたしを見上げる。

 ああ、ほらまただ。こんな小さな子どもに気を遣わせるなんて最低。だからわたしとは関わらない方が良いのに。



「ジャンヌさん、一緒にご飯食べよ?」



 それでも、マリアは直向きに笑う。スプーンに料理を乗せ、困ったように首を傾げながら。



「そうだね」



 口を開け、食べ物をゆっくり咀嚼する。


 温かい。

 温かくて、美味しくて、それから優しい。



「美味しいよ」



 久方ぶりに摂る食事。

 マリアは目を細めながら、嬉しそうに笑った。

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