1.イケメン神官に捨て子を託しました
ドアを開けると、そこには無駄にキラキラしたイケメンが立っていた。
眩い金の髪に深い青色の瞳。王子様系アイドルって呼称がピッタリの甘いマスクの持ち主で、頭のてっぺんからつま先まで、全てが完璧。浮世離れした容姿だ。
(当然か。ここはわたしにとっての浮世じゃないし)
ため息を吐きつつ前を見る。
改めて見れば、イケメンは真っ白な布地に金の刺繍が見事な美しい装束に身を包んでいた。所謂神官と呼ばれる人たちが着る服だ。
「お迎えに上がりました、聖女様」
イケメン神官がそう言って微笑む。胸焼けのしそうな笑顔だ。
「聖女? 何を馬鹿なことを。わたしは魔女だけど、聖女ではないわ」
言い返しながらわたしは小さく鼻で笑う。
たまたま、前世で『聖女』と呼ばれていた人と同じ名前を着けられた。だけどわたしには、浄化も出来なければ、人を癒す力も無いというのに。
「お客様?」
ドアの隙間から、幼女がヒョコッと顔を出す。
彼女の名はマリア。まだ六歳の小さな少女だ。
「こら、勝手に出てくるなっていつも言ってるでしょ?」
「だって~、ジャンヌさんが中々帰ってこないんだもん」
そう言ってマリアはわたしの足にひしと抱き付く。鬱陶しい――――どれだけ表情に出しても、マリアは意に介さない。ニコニコと笑ったまま、ピタリと纏わりついている。
「聖女様!」
その瞬間、イケメン神官が勢いよくその場に跪いた。マリアはキョトンと瞳を丸くし、呆然と目の前の男性を見下ろしている。
「聖女?」
「ああ、聖女様! あなたこそが我が国の聖女、マリア様でいらっしゃいますね! お会いしたかった! さあ、私と一緒に神殿に参りましょう!」
神官が勢いよく捲し立てる。見た目に寄らず、暑苦しい男だ。マリアがすっかり怯えてしまっている。
「ジャンヌさん……」
「あなたねぇ、いきなり『聖女』だとか『迎えに来た』とか言われても、混乱するに決まってるでしょう? 大体、名乗りもしないなんて無礼な男ね」
「――――っと、失礼。興奮して、ついつい取り乱してしまいました」
男は居住まいを正し、もう一度恭しく頭を下げる。
「私はセドリック。主任神官を務めております。
昨日、神から聖女選別の託宣があり、こうしてマリア様をお迎えに上がったという次第です」
「マリアが聖女ねぇ」
適当に付けた名前がいけなかったのだろうか? 首を傾げつつ、跪いたままの神官セドリックを見下ろす。
「それで? これからどうすれば良いわけ?」
「はい。マリア様にはこれから神殿で暮らしていただきます。もちろん、生活はしっかりと保障させていただきますし、身の安全も――――」
「ふふっ。神殿で? ふふふ、そりゃあ傑作だわ」
「――――――一体、何が可笑しいのですか?」
セドリックは眉間に皺を寄せ、わたしのことを睨みつける。
「だってそうでしょう? わたしね、六年前にこの子を森の入り口で拾ったの。可哀そうに、おくるみに包まれたまま捨てられていてね。放置するわけにもいかず、神殿に連れて行ったの。保護してほしいって。そしたら何て言われたと思う? 『引き取れません』って。そう言って突き返されたのよ?」
あの時とのことは、今でもはっきり覚えている。
『捨て子? 嘘を吐くな。本当は自分の子なんだろう? 多いんだよ。お前のように、育てられない癖に子を作り、ここに連れてくる若い娘が』
でっぷりとしたお腹のクソ神官。ネットリと値踏みするかのような視線でわたしを見下ろされる。
『嘘じゃありません! わたしは子どもなんて生んでない! 生むはずがないのよ!』
だってわたし、恋愛なんて懲り懲りだもの。子どもなんて大嫌い。特に赤子は最悪。存在自体を恨んでいるほどなのに、どうしてわたしが産んだことにされるわけ? そもそも、わたしはあの当時十六歳だったっていうのに。
『口では何とでも言える。その子はお前の子に違いないんだ。責任をもって自分で育てなさい』
幼いマリアと共に、わたしは神殿を追い返された。
あれから六年。マリアを拒んだはずの神官が、今度は彼女を迎えに来ている。
そりゃあ、あの時とは比べ物にならないぐらい美しい男だけど、同じ神官であることには違いない。
託宣とやらが出ただけで、この手のひらの返しよう。ホント、最高に笑える。
――――笑えはするのだけど。
「良かったね、マリア。これからはいっぱい贅沢できるよ。お菓子も洋服も、このお兄さんにたくさん買ってもらいな」
そう口にし、ピンク色の髪をわしゃわしゃと撫でる。
「え……? でも、ジャンヌさんも一緒だよね?」
マリアが尋ねた。膝をギュッと抱き締められ、わたしは首を横に振る。
「わたしは一緒には行かないよ。っていうか行けない。そうでしょ、神官さん?」
「……ええ。お連れするのは聖女様おひとり。保護者の方をお連れした前例はございませんので」
「やだ!」
マリアはそう言って瞳を潤ませる。思わず舌打ちをしそうになった。
「ジャンヌさんと一緒が良い! ジャンヌさんと一緒じゃなきゃ嫌!」
「ワガママ言うな! 大体わたしは、あんたの母親じゃないし。面倒見る理由も無いって、いつも言ってるでしょう?」
酷い女。我ながらそんなことを思う。
事実、六年前わたしはマリアを捨てようとした。
神殿から追い返されて、元々捨ててあった場所にマリアを戻そうって思っていたんだもの。
「こんな女の所に居るより、そこのイケメンに育ててもらった方がよっぽど良いよ。幸せになりな、マリア」
そう言ってわたしは、マリアを神官に押し付ける。それからバタンと扉を閉めた。