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死神乙女と猫紳士  作者: 仁和 あみ
蕾の章
19/40

お互いの想い

 薬師の師匠であり、育ての親でもあるステラが亡くなったのは、ソフィアが十六歳の時だった。


 元々、高齢ではあったが、それでも美しく、自由奔放で、そして何より強い意志を持った女性だった。


 そんな彼女が、余命幾許もなく、ソフィアが着きっきりで看病をしている最中、不意にステラがこう言った。


「あんた、私がいなくなった後、どうするつもりだい?」


 唐突な問いに、ソフィアはこう答えた。


「どうするも何も、薬師としてこれからも旅をするに決まってる」


「そういうことを聞いているんじゃないよ。まさかと思うけど……あんた、一人で生きていこうとか馬鹿なことを考えてないよね?」


「…………」


 押し黙るソフィアに、老女から溜息が漏れた。


「……だろうと思ったよ。全く、あんたは相変わらず妙なところで強情だ」


 そう言うと、彼女は皺のある手を伸ばし、ソフィアの頬に触れた。


「ソフィア。私はね、自由に旅をするのが好きだから、放浪の薬師の道を自分で選んだ。だけど、あんたはそうじゃないだろう?」


 金色の目が、乙女の心の内を見抜くように、彼女のサファイアブルーの瞳を見据える。


「あんたはいつも人と接したい気持ちと、人が怖い気持ちで葛藤しているね。本当は、誰よりも絆を結ぶ相手が欲しいくせに、それを認めようとしない。本当に強情な子だよ」


 師匠の言葉に、彼女は目を伏せた。


 それでも、ステラは言葉を続ける。


「人間はね。一人で生まれ、一人で死ぬ。だけどね、一人では生きられないんだよ。だから、できれば私はあんたにはたくさんの人間の中で、笑って生きて欲しいと思っている」


「でも、私は……」

「生き物はね、生まれたときから、自分なりの幸せを築いていく定めを背負っているんだよ。前にもそう言っただろう?」


 ソフィアの頬を軽く引っ張りながら、少しだけ悲しそうに笑った。


「あんまり自分に劣等感を抱くもんじゃないよ。それに誰にだって、生きていれば大なり小なり後ろめたいことはある。でも、それで幸せになってはいけないなんてルールはないんだ。だから、いつかあんたと絆を結ぶ相手が現れたら、その時は――――」


 “絶対にその絆を断ち切るんじゃないよ”



【お互いの想い】



「……ア。ソフィア!」

「っ!」


 呼びかけられた声に、ハッと我に返る。

 気付けば、ユアンが心配そうに彼女の顔を覗き込んでいた。


「あ……ごめん。何だったかな?」

「僕が開発している水薬のことなんだけど……それより、大丈夫?最近ずっと眠れていないんじゃ?」

「大丈夫。心配かけてごめんね」

 ソフィアは笑顔で首を振り、フラスコの中を覗き込む。


 今、彼女はユアンとともに免疫細胞を活性化させ、傷の治りを早くする水薬の製作を共に行なっていた。


 それだけではない。


 貧困層の衛生指導や薬草の活用法など、人々の健康管理のサポートを多岐に渡って行なっている。

 当然、今までの仕事にそれらの仕事まで加われば、疲れが出るのも致し方なかった。

 けれど、それを強いているのは、他ならぬソフィア自身なのである。


「……ねぇ、ソフィア」

 試作品として出来上がった水薬を瓶に詰めながら、ユアンが尋ねる。


「ルカと喧嘩でもしたの?」


 カラン――――


 今度は、アレックスの元へと向かう準備をしていたソフィアの手から、小瓶が落ちる。

 それを拾い、手渡しながら、ユアンが更に言葉を続ける。


「最近、ルカと一緒にいないよね?何より、ルカ本人が君のことを避けているし」

「………」

「――――やっぱりね」

 彼女の様子に、ユアンは溜息をつく。


 この前の一件で、ルカはオリバーから三日間の謹慎を言い渡された。

 この件は、オリバーとそしてヒューゴしか知らないので、表向きは、体調不良ということになった。


 だが、謹慎が解かれたにも関わらず、ルカはソフィアを避けるように、一切接触してこなくなった。

 その結果、いつもソフィアのそばにいた彼が彼女と一緒にいないということは、城内で噂になっているのである。


「何があったかは聞かないけれど、ちゃんと話し合ったほうがいいよ?君だって、本当は彼の様子が気になっているんでしょ?」

 そう言って、ユアンは彼女を自身が仮眠を取る時に使うソファに座らせた。


「アレックスには、僕から伝えておくよ。だから、今日はもう休んで」

「でも……」

「君が書いてくれたメモさえあれば、アレックスには十分だよ」

 彼は有能な人だからと、笑顔を浮かべるユアンに、ソフィアは僅かに頬を緩め、甘えることにした。


「じゃあ、お願いしていいかな?」

「うん、ここで休んでから部屋に戻りなよ。今の君、すごく疲れているから」

 そう言って、ユアンは部屋を後にする。


 そのまま城内を歩いていると、白銀の紳士が目の前に立っていた。


「………君の助言どおり、休ませているから安心して」

「ありがとうございます」


 紳士の安堵した表情に、ユアンは思わず苦笑する。


「……やっぱり、君がいないと無理しちゃうみたいだよ?僕にも同じところがあるからわかるけど、ソフィアは一つのことに没頭すると、睡眠も食事も削る癖があるよね。だから、君がいつも一緒にいて、彼女が無理をしないように見守っているんでしょ?」


 ユアンの言葉に、ルカは苦笑し、何も言わなかった。

 そんな彼の様子に、魔法使いの青年はポケットから一つの鍵を取り出し、ルカへと手渡した。


「僕の部屋、入ってもかまわないよ。鍵は後で返してくれたらいいから」

「……ですが……私は……」


 躊躇う彼に、ユアンは一度真面目な顔をして、その後元気付けるように笑った。

 どうやら、彼は何があったのか、大方検討がついているらしい。


「君を信じているから渡すんだよ」

 そう言って、鍵を押し付ける魔法使いに、それでもルカは迷っているかのように視線を逸らす。


「……今の私には……彼女のそばにいる資格は……」

「そんなこと言っていたら、後悔するよ?それに……ソフィアに嫌われていると思っているなら、それこそ勘違いだよ。彼女は君が大切なんだ。誰が見ても分かるよ」

「………それなら……何故……」

 僅かに声を震わせるルカに、ユアンは静かに目を伏せる。


「……もしかしたらだけど、君の気持ちに応えてくれない理由は、君を守りたいからじゃないかな?」

「?」

「だって、彼女は……」


 そこまで言いかけて、けれどユアンはそのまま押し黙った。

 やがて誤魔化すように首を振る。


「いや、何でもない!とにかく、行ってあげなよ」

 ユアンに促され、ルカはソフィアのいる部屋へと向かったのだった。



 ギイイィ…――――


 寝ているであろう彼女を気遣い、静かに扉を開ける。

 部屋に入ると、ソファに身体を預け、眠りにつくソフィアの姿があった。


「…………」

 ルカは、黙って彼女のそばに膝をつき、その顔を眺めた。

 目を瞑り、小さな寝息を立てる乙女の髪をそっと撫で付ける。


「……ソフィアさん」


 猫紳士から発せられた、切ない声。


「私の気持ちは……迷惑でしたか?」


 そう問いかける彼の瞳が、悲しそうに揺れる。


 二人きりで出掛けた、メイボンの夜。

 初めての唇へのキスとともに、想いを告げたルカに、けれどソフィアは、彼に何も告げることなく、泣きながら逃げ出した。


 それだけでも、かなりショックだった。


 それに加えて、更に追い討ちをかけるように、ソフィアは二人きりを避けるかのように、仕事に没頭するようになった。

 当然、仕事で無理をする彼女に対し、ルカは机で眠る彼女をベッドに運んだり、ちゃんと食事をするよう促したりしていたが、それでも自分を避け続ける乙女の行動に、流石の彼も心が折れかけていた。


 そして、あの雨の日の一件。


 ヒューゴとともに出掛けたことに対し、激しい嫉妬に駆られた上に、ソフィアの口から漏れた、ともに生きることはできないという言葉。


 愛する女性から告げられたその言葉が、何よりも辛くて、悲しくて……そのまま我を失ってしまった。

 その結果、男として最低の烙印を自らに刻んでしまったのである。



(焦り過ぎ)



 あの後、オリバーにそう指摘された。


 実際、本当に焦っていた。

 彼女が、自分から離れていくのではないかと………


 昔のソフィアは、他人との接触を極端に避けていた。

 それが、彼女の黒いローブ姿と相まって、悪いイメージとなっていた。

 ソフィアを誰よりも理解していたルカは、ずっと彼女に自信を持ってもらいたいと思っていた。

 だから、優しく、そして時に意地悪に……ソフィアが他者との良好な関係を築けるよう、促がしてきたのだ。

 その影響か、もうソフィアはルカがそばにいなくとも、他者と笑い合う関係性を築けていた。


 だが、自分以外の誰かに笑いかける彼女を見た瞬間、彼の中には安堵以上に、不安が芽生えた。


 予想外の感情に、彼自身も内心戸惑った。


 多種多様な感情を持つ、人間になった故に芽生えた、ソフィアに対する狂おしいほどの独占欲と支配欲。

 その欲望が、彼に一抹の不安を与えてしまった。

 ソフィアにとって、自分が唯一の存在ではなくなってしまうのではないかと………


 そして、その不安が徐々に膨らみ、最終的に焦燥感から余裕をなくし、自分のことしか考えられなくなってしまったのである。


 だからこそ、彼は自責の念から、ソフィアとの接触を避けていた。

 何かを抱えているであろう彼女を思いやることができず、雄の本能に導かれるまま傷つけた自分が、そばにいる資格はないと………


 それでも、どうしてもソフィアを気にかけてしまう彼は、オリバーやユアンを通して、彼女が無理をしないよう手回しをしていた。


 そばで支えることもできず、こうやって部屋に忍び込み、眠る乙女の寝顔を盗み見ることしかできないこの状況。

 それが、何よりも自分の行ないの結果を突きつけられているようで虚しかった。


 けれど……


「…それでも私は……諦めることができません……」


 苦しい声が、俯いた彼の唇から漏れる。


 諦めることができれば、どれほど楽だろうか。


 だが、簡単に諦められるほど、軽い気持ちではないのだ。


 そうでなければ、転生する為の魂を手放してまで、今の姿にはならないだろう。


 それ程までに、この猫紳士は……乙女を深く愛しているのだから。


 ルカは、ソフィアの肩に額をつけ、目を瞑りながら再度問いかける。


「私が獣だから………受け入れてくれないのですか?」


 震える声に、乙女の指が僅かに動く。


 初めは、この想いを伝えられれば、本当にそれで良かったのだ。


 ただ、言葉を交わしたかった。


 彼女を守る力が欲しかった。


 それが手に入れば、それでいいと思っていた。


 例え、この気持ちが届かなくても、後悔しない自信はあった。

 物語に出てくる、ブーツを履いた猫のように、飼い主を幸せにできればそれでよかった。


 人間の王子に恋をした、人魚の姫君のように、この命が泡となって消えてもいいとさえ思っていた。


 それで、彼女の心に触れることができるなら、本望だった。


 けれど…――――


「人間とは……欲深い生き物ですね」

 自嘲気味に紳士は笑う。

「貴女に想いを伝えられれば、それでいいと思っていたのに…今は…貴女に私を愛して欲しいと願ってしまう。叶うことなら、この手で…――――」


 “この手で貴女を幸せにしたい”


 その言葉に、ソフィアの肩が僅かに揺れる。

 しかし、猫紳士はそれに気付かない。

「おかしいでしょう?獣である私が…こんなことを望むなんて」


 猫は、本来番いを持つという概念はない。

 だが、人間にはある。


 人間の男であれば、ソフィアと番いになれる。


 そうすれば、ずっと……自分のそばにいてくれると思ったから。


 やはり、猫である自分には、過ぎた願いだったのだろうか?


 そんなことを考え、小さく笑った。


 すると…―――――


 ツゥ……


 彼が想いを告げた瞬間、閉じられた乙女の目尻から涙が流れた。


 頬を伝うそれに、気付いたルカが少しだけ驚く。

「ソフィアさん?起きているのですか?」

 そう問いかけるが、彼女は未だ目を閉じたままだった。


 彼は、それ以上何も聞かず、そっと涙が流れる目尻に口づける。

「愛していますよ、ソフィアさん」


 “愛しています”


 繰り返される愛の言葉に、ソフィアの涙は止め処なく流れ続けたのだった。




 次の日――――

 ソフィアは、ヒューゴとオリバー、アレックス、そしてユアンを部屋に呼んだ。


 彼女は、ずっと保留にしていた王宮仕えの返答を返す為、申し訳ないが部屋へと呼び出したのだ。

 皆、ローズブレイド国においてはかなりの権力者である。

 そんな人物達を呼び出すなど、本来なら大変恐れ多いことなのだが…


「何で、あいつには内緒なんだよ?」

 開口一番に、ヒューゴが尋ねる。

「ルカが聞いたら……彼は、オリバーの補佐官を降りるって言いかねないから」

 ソフィアの言葉に、全員彼女が出した答えを悟る。


「何故、断る?君にとっても悪い話ではないだろう?」

 薬師として、彼女にかなりの評価を下しているアレックスが問う。


「私には、王宮に仕える資格がない」

「何言ってんの?誰が、この町の人間を治療したと思っているの?」

「スペンサーの言う通りだ。君の薬師としての姿勢は、尊敬に値する。君の力を是非ローズブレイド王国全ての民のために、貸しては貰えないだろうか?」

 アレックスの言葉に、ソフィアは俯いたまま、小さく笑う。


「ありがとう。アレックス……その言葉だけでも、すごく嬉しい。でも、ダメなの」

「一体、何がダメなわけ?ちゃんと説明してもらわないとわからないよ!」

「だって、王宮に仕える人間は、“正統”じゃないとダメでしょう?」


 その言葉に、ずっと黙っていたユアンが彼女の言いたいことに気付く。

「ソフィア、それは……」

「やっぱり、ユアンは気付いていたんだね。私の正体……」


 悲しそうに笑う乙女に、ユアンは申し訳なさそうに目を伏せる。

 すると、ヒューゴが唐突に溜息をついた。


「……とりあえず、お前の正体に関しては、後でユアンから聞くとしてだ…俺達を呼び出した理由は何だ?それは、ルカに関係することか?」


 厳しい視線に、ソフィアは黙って頷く。


「ルカには……黙っていて欲しいの。私が王宮仕えを断ったこと。一緒には行けないことを…」

「黙っててって?そんなことしても必ずバレるでしょ!?」


 ヒューゴ達が、王都へと帰る日に、ルカも彼らとともに王都へと向かう。

 そんな中、ソフィアがついて来なければ、必ずわかるだろう。

 けれど……


「ルカには、目が離せない患者さんがいるから、後から王都に行くって伝える。皆が王都についた頃、本当のことを書いた手紙を送る。だから……」


 スッと、彼女は深く頭を下げる。


「お願いします。どうか、これからもルカを助けて欲しい」

 深々と頭を下げるソフィアに、青年達は困惑気味にソフィアに問う。


「ソフィアちゃん、それって…ルカちゃんの飼い主をやめるってこと?つまり、俺らにルカちゃんを譲渡するってことでいいの?」

 オリバーの言葉に、ソフィアは頭を下げたまま、コクッと頷く。

「それはあまりにも無責任じゃないか?自分の都合で、まるで物みたいに……」


「物だなんて思ってない!」


 頭を上げて、叫ぶ彼女に全員が驚いたように押し黙る。


「ルカを物だなんて思ってない……私だって、本当はルカと一緒にいたい!」


 泣き出しそうな顔で叫ぶ彼女の姿に、全員が何も言えず、ただ目を瞠っている。


「私だってルカと離れたくない!でも、ダメなの!私がいたら……ルカは不幸になる!……私がいたら皆も――――」


 バタバタバタ!!!


 だが、彼女の言葉を複数の足音がかき消した。

 すぐさま、アレックスが扉を開ける。


「騒がしいな。一体、何事だ?」

「テーレ様!こちらにいらっしゃったのですね!」

 兵士からの報告に、アレックスが険しい顔を浮かべる。


「わかった。直ちに支度をする。お前達も急ぎ支度をしろ」

「ハッ!」

 兵士を下がらせると、アレックスが振り返り、こう告げた。


「ここから南の地区で火災が起こった。放火だ」

 放火という言葉に、全員息をのむ。


「ユアン、一緒に来てくれ。君がいてくれたほうが、早く消火できる」

「わかった」

「ソフィア、君も一緒に来てくれ。怪我人がいるかもしれない」

「うん」

「よし!じゃあ、俺も……」

「ヒューゴ、お前は留守番だ」

 意気揚々と付いて来ようとするヒューゴの首根っこを掴み、オリバーに預ける。


「スペンサー、くれぐれも目を離すなよ?何なら、猫殿に頼んで、軽く絞めてもらってもいい」

「あいよ~」

「何だよ、それ!おい、アレックス!」


 羽交い絞めされたヒューゴの怒号を後ろに、三人は火災現場へと向かったのであった。



内容が重い物語ですみません…(汗)

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