嫉妬と劣情の果てに
※性的な描写があります。
苦手な方は注意して下さい。
一命を取りとめた猫は、暫くは寝たきりの状態だった。
食事も排泄も自力で行なうことができず、ソフィアは本を読み、試行錯誤で猫の看病をした。
だからなのだろうか。
猫が、徐々にソフィアに心を開き始めたのは……
初めは、逃げも引っ掻きもしないものの、警戒していた彼は、決して自らソフィアに近づこうとはしなかった。
ソフィアもまた、彼を飼うつもりはなく、無事に回復したら里親を探すつもりだった。
けれど、一緒に過ごすうちに、彼の行動は変化した。
徐々に、ソフィアの近くで寛ぐようになり、やがて彼女の膝に乗り、自ら抱かれることをせがむようになった。
想定外のことに、ソフィアは困惑した。
一人で生きることを決めていた彼女にとって、それが猫であっても、誰かと繋がりを持ってしまうことが恐ろしかったのだ。
だから、彼女は急いで里親を探した。
これ以上、この猫が自分の心に入ってこないうちに、離れたかったから。
幸運にも、この猫を知っている少女に出会い、その家族が快く里親になってくれるとのことで、無事に猫を譲渡することができた。
これで、いい。
そう安堵し、その町を離れた。
だが、たどり着いた町で待っていたのは、家族の元から逃げ出し、荷物に紛れ、いつの間にか隣にいた猫の姿だった。
当然、驚いたソフィアはそれから新しい里親を探した。
けれど、いくら里親を探しても、猫は必ずソフィアの元に帰ってくる。
遂に、根負けしたソフィアは、猫である彼を受け入れることにした。
表向きの理由は、動物であれば、人間のように深い繋がりはできないと思ったから。
本当の理由は……ソフィアもまた、この猫と一緒にいたかったから。
やはり、あの時手放していればよかったのだろうか?
そうすれば、こんなにも…お互いを苦しめることは…なかったのかもしれない――――
【嫉妬と劣情の果てに】
「んんっ!」
女性のくぐもった声が、部屋に響く。
壁際に押さえつけられ、手首を縫いとめられ、身動きの取れない乙女の唇を、猫紳士が深く塞いでいる。
「……ぁ……」
くちゅっ…
舌が絡み合う、淫猥な音が二人の唇から漏れる。
とても、猫だったとは思えないほどのキスにソフィアはなく統べもなく、流される。
甘い口付けに、脳の奥が痺れ始めた頃、ようやく唇が解放された。
その余韻から、惚けたような顔で見上げてくる乙女の表情に、猫紳士がクスッと笑う。
「ご満足していただけましたか?」
その言葉に、我に返ったソフィアは瞬時に顔を赤くした。
そして、ルカを思いっきり突き飛ばすと、一目散に部屋を飛び出していった。
そのまま、バタバタと城内を駆け巡り、やがて中庭へとやってくる。
「ハア…ハア…!」
中庭にある、巨大な菩提樹。
その幹に両手をつけ、息を整える。
ようやく、落ち着いた頃、震える手でそっと自らの唇へと触れた。
“貴女が好きです”
メイボンの夜、ルカから告げられた愛の告白。
彼の想いに、そして初めての唇へのキスに…けれどソフィアは返答をすることもなく、ただ涙を流し、そのまま逃げてしまった。
それから、数日…ルカを直視することができず、ひたすら仕事を増やし、彼から逃げ回り続けた。
いつものように共に寝ることもせず、食事の時でさえ、部屋に籠もる始末。
その結果……遂に、痺れを切らしたルカが強硬手段に出たのが、先程のことだった。
当然、聞かれた。
あの時の返事をまだ聞いていないと……
答えを要求するルカに対し、それでもソフィアは目を伏せ、押し黙った。
何も言おうとしない彼女に、元々気が長いほうではない猫紳士の堪忍袋の尾が切れ、実力行使に出た彼から、二度目のキスを奪われたのである。
未だに残る、唇の感触。
思い出される熱に、けれどソフィアは悲痛な面持ちで目を閉じた。
逃げてもしょうがないことはわかっていた。
けれど、どうしても最善の方法が見つからず、答えが出せない。
どうすれば…――――
「ソフィア?」
「っ!?」
突然、背後からかけられた声に、ビクッと身を震わせ、振り返る。
見ると、驚いた様子のヒューゴがそこにいた。
「あっ、悪い。驚かせるつもりはなかったんだけどよ……」
ひらひらと両手を振る彼に、ソフィアはホッと息を吐き、首を振る。
「ううん、私のほうこそごめん。ちょっと考え事をしていて……」
そう言って、苦笑するソフィアに、ヒューゴが考え深げに彼女を見やる。
「お前…大丈夫か?この間からおかしいぞ?妙に仕事を増やしたりして……王宮に仕える話も……―――」
「ごめんなさい。もう少しだけ…待って欲しい…」
言葉を遮り、頭を下げる乙女に、ヒューゴはやれやれと溜息をついた。
「何をそんなに迷ってるんだ?イエスかノーか。答えは二択だろ?ルカのことにしたって…」
その言葉に、ソフィアが驚いたように顔を上げる。
「何で……そのこと……」
「お前らの様子見てたら検討がついたんだよ。それに、様子がおかしいのはルカも同じだったからな」
そう言うと、彼はそのまま菩提樹の根元に腰を降ろし、ソフィアにも座るよう促した。
横に座った乙女に、ヒューゴが真剣な面持ちで訊ねてきた。
「ソフィア。まどろっこしいのは抜きだ。単刀直入に聞くが、お前は一体何に迷っているんだ?」
「…………」
「そうか。じゃあ質問を代えるぞ。何が、そこまでお前の心を縛っているんだ?」
その問いに、青の瞳が大きく見開かれる。
ヒューゴはそのまま目を細めると、更に彼女を追及した。
「本当は、もうお前の中で結論が出ているんじゃないか?王宮仕えのことも……あいつのことも……」
強い輝きを持つ金の瞳に、ソフィアは俯いて、膝のスカートを握りしめる。
ヒューゴの言うとおりだった。
ソフィアの心は、どちらも結論が出ていた。
―――本当は、気付いていた。
ルカが、自分に特別な感情を向けていることに……
それを、無意識に気付かないフリをして誤魔化していた。
どうか、自分の勘違いであって欲しいとさえ思った。
けれど、ルカはソフィアが気づかないフリをすればするほど、愛を伝えてきた。
そして、告白を受けたあの日……気付いてしまったのだ。
もう、誤魔化すことができないほど、自分自身もまたルカを愛してしまっていることに……
あの時、ソフィアが流した涙は決して嫌悪などではない。
自分を愛してくれる彼への想いを、自覚してしまったからに他ならないのだ。
けれど、彼女は未だ、自分の本心と、ルカの想いから目を逸らし続けている。
王宮仕えにしたってそうだ。
ローズブレイド国の医療系専門機関である薬事院に入れば、より多くの人の命を救うことができる。
名声を上げることが理由ではない。
況してや、人を救うことが生きがいだという、聖女のような戯言を言うつもりもない。
ただ、自分が役に立てる場所が………居場所が欲しかった。
そして何より、ルカに導かれるように出会った彼らと共にいたいと思ってしまった。
ヒューゴやオリバー、アレックスにユアン。
久しぶりに出来た、友人と呼べる存在。
彼らと一緒に、話をしたり、時にはふざけたり…そんな賑やかで楽しい日常をこれからも過ごしたいと思ってしまった。
皆と王都に行って、たくさん笑って、思い出を作って……そして、これからも、ルカと一緒に生きていけたら……
けれど…――――
“ソフィア…”
「!」
「お、おい、ソフィア?」
脳裏に甦った母の姿に、ソフィアの顔が一気に青ざめた。
胸元を抑え、震えだす彼女に、ヒューゴが慌てたように彼女の肩に触れる。
「ソフィア、おい大丈夫か!?」
ガタガタと震える彼女の姿に、ヒューゴが誰かを呼ぼうと立ち上がろうとして……その袖を、ソフィアが掴んだ。
「大丈夫……気にしないで……」
「けどよ…」
「お願い…誰も呼ばないで…」
懇願するソフィアに、ヒューゴは迷ったように視線を彷徨わせたが、やがて盛大に息を吐き、頭を掻いた。
「わかったよ」
「ありがとう…」
弱弱しい微笑みを浮かべる彼女の背中を、ヒューゴが擦る。
「………悪かったな。お前の心に土足で入り込んだりして……」
申し訳なさそうに謝る彼に、ソフィアは黙って首を振る。
背中を擦る手の温もりに、段々と気分が良くなり始めた頃、ヒューゴはソフィアの顔色を確認し、こう告げた。
「気分は良くなったみたいだな。それじゃあ、罪滅ぼしってわけじゃないけどよ……ちょっと、息抜きでもするか?」
「えっ?」
「凄い景色の良い場所を見つけたんだ。他の奴らには内緒だぞ?」
「うん……」
ヒューゴの提案に、ソフィアは微笑みながら、静かに頷いたのであった。
ザアァ…――――
「大丈夫か?ソフィア」
「うん、私は大丈夫だけど……ヒューゴは?」
「心配すんなって。俺はこれくらい……ヘックシュン!」
「ごめんね……」
そう言いながら、ソフィアは持っていたハンカチでヒューゴの濡れた顔を拭う。
気晴らしに、皆には内緒で出掛けた二人。
ヒューゴが見せてくれた、一面に広がるコスモス畑に、ソフィアは目を輝かせて喜んだ。
その帰り道……突然の夕立に、二人は町角で雨宿りをしながら帰宅していた。
「まさか、帰りがけに雨に降られるとはな…」
びっしょりと濡れるヒューゴに対し、ソフィアは彼が掛けてくれたフロックコートのおかげで、そこまで濡れてはいなかった。
頭から被ったコートから見える彼女の髪には、ヒューゴがプレゼントしてくれた、コスモスで作られた花冠が乗っている。
「ごめんね。せめてお財布を持ってきていたら、傘が買えたんだけど……」
「何言ってんだよ、いきなり誘ったのは俺だぜ?謝るなら俺のほうだろ」
少しだけ弱まった雨に、ヒューゴが再び視線を向ける。
「城まであと少しだ。ソフィア、走れるか?」
「うん」
「よし、じゃあ行くぞ」
二人は頷くと、再び走り出す。
しばらくすると、城の正門が見えてきた。
しかし、二人が正門に近づくほどに、雨が強くなってくる。
城の扉までたどり着く頃には、二人ともすっかりずぶ濡れだった。
「はぁ……すっかり濡れちまったな」
「うん……メイドさんを呼んでもらおうか。こんな状態で城内を歩いたら……」
「何言ってんだよ。俺達は内緒で出かけたんだぞ?そんなことしたら、アレックスに見つかって何言われるか……」
そう言いながら、ヒューゴが扉を開けて……そして、再び閉めた。
隙間から見えた人影に、ソフィアも青ざめる。
「なあ、今何が見えた?」
「えっと……アレックスの顔が見えた」
「どんな顔していた?」
「……凄く、怖い顔だった」
「だよな~」
そう言いながら、ヒューゴがソフィアの手を取り、くるりと背を向けた。
だが、同時に開けられた扉の音に、青年は石のように固まる。
「ヒューゴ……」
地を這うような声が背後から聞こえた。
ソフィアが恐る恐る振り返ると、恐ろしい形相をしたアレックスが、仁王立ちしていた。
「ア、アレックス。あの…」
「ソフィア、君は黙っていてくれ」
そう言うや否や、アレックスがヒューゴの首根っこを掴み、中に引き摺り込んだ。
ヒューゴに手を掴まれていたソフィアも、芋づる式で中へと入る。
アレックスは、ソフィアを近くに控えていたメイドに預けると、そのままヒューゴをズルズルとどこかに連行していく。
「おい!俺は曲がりなりにも王太子だぞ!?それなのにこんな扱いあるか!?」
「ほう?王太子だという自覚があるのか。ならば、もう少しその立場に見合った行動をしてもらおうか。全く、君というやつは……」
眉間に皺を寄せ、ぶつぶつと恨み言を言うアレックス。
そんな彼に、まるでリードで繋がれた大型犬のように引き摺られていくヒューゴ。
そんな二人を、たじたじと見ていたソフィアだったが、メイドに促がされ、バスルームへと向かわされた。
その後、持っていた手荷物をメイドに預け、湯船に張られた湯に浸かりながら、ホッと息をつく。
「ヒューゴ、大丈夫かな?アレックスにお説教されてないといいけれど……」
身体が温まった頃、用意された着替えに袖を通す。
そうして、ようやく自室へと戻った。
その時だった。
「どこに行っていたのですか?」
突然、掛けられた声に悲鳴を上げそうになる。
見ると、ルカが窓を背に佇んでいた。
その手には、先程までソフィアが被っていた花冠が握られている。
「ルカ……」
雨と、夕暮れ時の影響から、いつも以上に薄暗い部屋の中、ソフィアから彼の顔は見えない。
けれど、どこか棘のある声音に、身体が震える。
「こんな時間までどこに行っていたのですか?」
ルカは足音を立てず、静かに近づいてくる。
「えっと……ちょっと気分転換をしに行ったの。コスモス畑に……」
「ヒューゴと二人で?」
近づくにつれて見えてくる、ルカの表情。
その顔は、無表情だった。
何の感情もないような、無機質な顔。
けれど、その瞳だけは……薄暗い部屋でも分かるほど、剣呑な光を帯びている。
「楽しかったですか?ヒューゴと二人きりの逢瀬は……」
無表情だった紳士が、薄っすらと笑みを浮かべる。
それが、室内の薄暗さと相まって、更に不気味さを増す。
「ルカ…?」
本能的に、後ずさるソフィア。
けれど、ベッドの脇に足が当たり、そのまま尻餅をつくように腰掛ける形となった。
そんな彼女を、冷たい翠色の瞳が見下ろす。
「また、こんなに匂いをつけて……こんな物まで貰って……」
そう言って、目の前に花冠を差し出す。
「知っていますか?古来より、男性が女性に花を贈るという行為が、求愛の意味であることを…そして、男性が花冠を贈ること自体が…自分のものになって欲しいという意味であることを…」
その言葉に、ソフィアは青ざめた顔で首を振る。
知らなかった。
花を贈られることに、そんな意味があることを……
黙って首を振る乙女に、ルカは苛立たしげに目を細めると、彼女の目の前で花冠を力任せに引き千切った。
驚くソフィア。
そんな彼女の目の前で、引き千切られたコスモスがはらはらと墜ちる。
「―――酷い人ですね、貴女は……」
感情を押さえ込む声が、彼の喉から絞り出される。
「私の気持ちを知っていて……こんなことをするなんて……」
籠手の付けられた手が伸ばされ、乙女の髪を一房掬う。
「そんなに私を苦しめたかったのですか?それとも、私よりも……ヒューゴの隣がいいのですか……?」
苦しげな声が、ソフィアの胸を締め付ける。
縋るように、彼女の髪に口づける猫紳士。
その姿に……これ以上、答えを先延ばしにすることはできないことを悟る。
彼女は、静かに息を吸った。
そして、告げた。
彼を守る為の言葉を……――――
「ルカ……あなたは勘違いしているだけだよ。あなたのその気持ちは……恋じゃない」
ソフィアの言葉に、猫紳士の目が見開かれる。
「私は、あなたの命を救った。その恩人である私に……憧れを抱いているだけ……でも、それは……本当の想いじゃない」
なるべく、淡々とした口調でそう告げた。
ソフィアが出した結論。
それは、自らの想いに蓋をし、彼を突き放すという、非情なものだった。
乙女の唇から紡がれる冷たい言葉に、ルカはただ目を瞠っている。
「あなたは、飼い主への思慕を恋だと思っただけ。あなたの気持ちは恋でも、況してや愛でもないの」
「………」
「だから、ルカ……もう、こんなことは止めて」
そう言って、そっと彼の胸を押す。
「もう……私のことは――――」
「愛じゃないというのなら……この感情は何だというのですか?」
「えっ?」
震える声に、顔を上げる。
見ると、怒りとも悲しみともつかない表情のルカが、そこにいた。
「それなら、教えて下さい。私は、何故貴女のことばかり考えてしまうのですか?」
「……ぇ……」
「何故、私は貴女のことを目で追ってしまうのですか?何故、貴女が他の誰かの匂いをつけてくる度に、こんなにも胸が苦しいのですか?」
「……ルカ……」
「何故、貴女の笑顔が見たいと思うのですか?何故、貴女を抱きしめたいと…キスをしたいと思うのですか?」
「そ…れは……」
「何故!」
一際大きな声が、部屋に響く。
「何故……貴女は私の気持ちを………なかったことにしようとするのですか?」
泣きそうな表情を浮かべるルカに、乙女は言葉が出ない。
「嫌いなら……それでも良かったんです。私は……」
ソフィアの肩を掴み、項垂れながら彼は言葉を続ける。
「例え、この気持ちが届かなくても…私の気持ちを貴女に伝えられたら、それで満足でした……なのに……貴女は……――――」
想いを伝えられたら、それで良かった。
それは、本心だったのだろう。
彼は、最初こそ己の本懐と、ソフィアの幸せの為に人間の姿となった。
けれど、共に過ごすうちに、それだけでは満足できなくなったのであろう。
スッと、ルカがソフィアの手を握り、自らの胸元へと導く。
「……確かに、私は猫です。人間からすれば、ただの薄汚い獣……本来なら、貴女と言葉を交わすことすらできない存在です……」
彼の想いを表すような、力強い心臓の鼓動が、掌越しに伝わる。
「ですが……今は、違うでしょう?今は、貴女と言葉を交わすことができる。貴女を守る為の力がある」
泣きそうな声に、ソフィアは何か言わねばと口を開くが、うまく言葉にできない。
「獣にだって、心はあります。貴女を愛する……心があるんです……」
そう告げる、彼の翠色の目はどこまでも美しく、そして悲しげに揺らいでいた。
ルカがここまで追い詰められた原因。
その原因は、ソフィアの今までの言動だった。
散々、逃げ続けておきながら、けれど拒むこともせず、その結果彼のくれる愛情に甘え、そして期待させることばかりしていた。
全て、自分の中途半端な言動が原因だった。
けれど、それが解っていながらも、ソフィアは己の内にある弱さに勝つことができなかった。
その弱さに突き動かされるまま、彼女は言ってはならない言葉を口にしてしまう。
「お願い、ルカ……わかって!私はあなたとは違うの!だから、あなたの気持ちが本物でも、私はあなたと一緒に生きることはできないの!」
ソフィアの叫びに、ルカが目を見開いた。
「だって、私は!――――……ルカ…?」
動かない猫紳士。
すると、俯いた彼の身体が徐々にわなわなと震え出した。
「貴女とは……違う……?だから……一緒には生きられない……?」
「……ぁ……」
彼の様子に、乙女は自分の言葉が彼を傷つけたことを悟る。
「………獣である私には……貴女を愛する資格はない……そう言いたいのですか!?」
「ちが……それは………んぅっ!?」
その瞬間、後頭部を掴まれ、荒々しく唇が奪われた。
「んんっ!」
何度も角度を変えて重ねられる口付けに、ソフィアは必死に胸板を押して抵抗した。
けれど、彼の腕はビクともせず、そのままベッドに押し倒された。
「あ……」
花が散らされたベッドに横たわる乙女。
ルカがギリッと唇を噛み締める。
「どこまでも……私を否定する気なんですね……結局、貴女も………私を愛してはくれなかった……」
「違う!ルカを否定しているんじゃないの!ただ……―――」
「もう結構です!」
激しい声に、思わずビクッと身を震わせる。
大人しくなった乙女の頬を、ルカの手がゆっくりと撫でた。
「……もう、言い訳はたくさんです。ですが……ここまで私を玩んだ償いはしてもらいます」
「えっ……?」
「心に触れさせてくれないなら……せめて、抱かせて下さい」
ビリッ!!!
そのまま、服を引き裂かれた。
驚愕の表情を浮かべるソフィア。
彼女の白い首筋にルカが噛み付く。
「……やっ!」
突然のことに頭が真っ白になるが、すぐに我に返り、抵抗する。
「やめて!」
首筋を強く吸われ、悲鳴に似た叫びを上げる。
けれど、ルカは彼女の声を無視し、破いた服を脱がした。
そのまま、次々とソフィアの身体に赤い痕を刻みつけていく。
「お願い!」
必死に、彼を止めようと胸を押すが、逆に両手を頭上へと縫いとめられてしまった。
男の力になすすべもなく、彼女のサファイアブルーの瞳から大粒の涙が零れる。
「ルカ!!!」
泣きながら、大切な家族の名を呼ぶ。
けれど、ルカは彼女の悲鳴に耳を貸すことなく、その大きくも形の良い胸の頂を吸い上げた。
「あぁっ!」
ビクンッとソフィアの身体が跳ねる。
「……気持ち良いのですか?そのようにはしたない声を上げて……」
顔を上げたルカが、フッと見下したように笑う。
「獣に犯されて喜ぶなんて…私のご主人様は大層な変わり者だ」
嘲笑うルカに、ソフィアの心が抉られる。
そんな彼女の内股に、スッと手が入り込んでくる。
「生憎、私如きで満足してもらえるかはわかりませんが……精一杯努めさせて頂きますね。愛しいご主人様?」
「………ルカ…っ……」
侮蔑を含む声……嘲笑……
彼の姿に絶望し、ソフィアの身体から力が抜ける。
そんな様子を同意と受け取ったのだろうか。
ルカが彼女の中心部へと手を進めようとした。
その時……――――
グイッ!
唐突に、他の手がルカを引き離した。
そして…――――
バキッ!
カーペットに引き摺り下ろされた元・猫の青年の頬を、その手が殴った。
その間に、ソフィアは破かれた服をかき寄せ、その身を隠す。
「っ……何するんですか!」
自分を殴った相手をキッと睨みつけるルカ。
そんな彼を、殴った張本人であるオリバーが冷静な表情で見下ろしている。
「オリバー…?どうして…」
「悲鳴が聞こえたから、気になって来てみたのさ。そしたら、この有様だ……大丈夫?ソフィアちゃん」
おどけながらも、気遣ってくれるオリバー。
一方、殴られたルカは唸るように彼に食ってかかる。
「オリバー、どういうつもりですか!?」
「それ、寧ろこっちの台詞だよ。何やってんの、ルカちゃん」
溜息混じりの言葉に、頭に血が上ったままのルカが声を荒げる。
「出て行って下さい!」
「ダメ。今は君達を二人きりにさせられない」
「今すぐ出て行って下さい!これは私とソフィアさんの問題です!貴方は部外者でしょう!?邪魔をするなら……」
「――ねぇ、ルカちゃん……」
感情的なルカとは対称的に、オリバーがどこまでも冷静な声音でこう告げた。
「前に、こう言っていたよね?ソフィアちゃんは自分が守るって」
「え……?」
オリバーの問いに、僅かに冷静さを取り戻したルカが眉を寄せる。
青年の様子に、彼の上司でもあり、元・教育係だったオリバーは静かに嘆息した。
「ソフィアちゃんを守りたい。君が人間になった一番の理由はそれだったよね?なのに、そんな君がソフィアちゃんを泣かせてどうするの?」
「……あ………」
オリバーの言葉に、ようやく我に返るルカ。
恐る恐る、ベッドにいるソフィアに目を向ける。
そこには、破れた服で身体を隠し、震えながら涙を流すソフィアの姿があった。
そこで、彼はやっと自分が何をしたのかを理解する。
「……!」
ルカの身体から力が抜ける。
自らの手で守りたい人を傷つけたという事実に、彼の身体が小刻みに震えだした。
「……ソ…ソフィアさ……」
恐る恐る手を、ベッドの上へと伸ばす。
しかし、彼女は怯えたように震え、身を固くした。
「っ!」
自分に怯えるその姿に、ルカの顔から血の気が引いていく。
やがて、彼は伸ばされた手を力なく降ろし、項垂れた。
その肩を、ポンとオリバーが叩く。
「ルカちゃん……わかっているよね?」
上司に促がされ、ルカは黙ってゆっくりと立ち上がる。
オリバーは、ソフィアに振り返り、おどけたような口調でこう告げた。
「ごめんね~ソフィアちゃん。ルカちゃんには、俺からきつ~く言い聞かせておくから」
「…………」
「適当に理由をつけて新しく湯を用意するからさ。とりあえず、落ち着いたら風呂に入ってよ。ね?」
オリバーがルカの肩を抱き、彼とともに部屋を出て行く。
(ごめん……ごめんね、ルカ……)
部屋に一人きりとなったソフィアはシーツに顔を埋め、そのまま声を押し殺して泣いた。
外では、彼女の心情を表すように、止め処なく雨が降り続けたのであった……―――――
コミカルな動きが多いオリバーですが、彼は頭の回転が速く、本当に怒った時ほど、冷静になります。
そして、彼は余程のことがない限り、人を見捨てませんが、一度見捨てた相手には二度と手を差し伸べません。
2話で、ルカが本気で彼を怒らせる真似はしないと言ったのは、こういう意味です。
本当は、ここでオリバーのプロフィールを書こうと思いましたが、延ばします。