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死神乙女と猫紳士  作者: 仁和 あみ
蕾の章
17/40

ファーストキス

【ファーストキス】



 ソフィアが待ち合わせの場所である時計台の前につくと、まだルカは帰ってきていなかった。

 なかなか帰ってこない猫紳士に、ソフィアが時計台を見上げる。


「大丈夫かな?」


 手分けしての買い物を提案したのはソフィアだったが、買う物を分担したのはルカだった。


 そして、彼のほうが買い物の品数が多く、その分立ち寄る店も多い。


 おまけに、この人混み……


 なかなか買い物が終わらず、困っているのかもしれない。


(やっぱり、手伝いに行こう)

 そう思い、彼が向かった方向へと視線を向けると……ルカが複数の女性に囲まれていた。


「あの……良かったら、この後のダンス、私と踊っていただけませんか?!」

「いいえ!よかったら私と!」

「踊ることがお好きでないのなら、私と一緒に飲みませんか?」


 綺麗に化粧をし、美しいドレスに身を包んだ女性達がうっとりとした表情でルカを誘う。

「……………」


 皆、美しく綺麗な女性達だった。


 可愛らしい人。


 綺麗な人。


 大人っぽい、上品な人…


「………………」


 自分の外見がどう見られているのかを考えたことがないソフィアは、知らず知らずのうちに劣等感を抱き始める。


 ルカは、本来人間ではなく猫だ。


 けれど、その外見は道行く人々が振り返るほどの美青年である。


 長身痩躯に、白銀の美しい髪……そして、見る者を魅了する、エメラルド色の切れ長の瞳。


 あの瞳に見つめられるだけで、女性達が甘い吐息を吐く光景を、ソフィアは何度も見てきた。


 見てきた……はずなのに………


「……っ…」

 胸の内に渦巻くもやもやとした感情に、ソフィアはキュッと、渡そうとしていた小さい紙袋を握り締める。


 ルカに声をかけようと思えば、かけられた。


 けれど、どうしてもそれが謀られた。


 彼を誘う女性達は、その身なりから察するに、どう考えても貴族だったから。


 おまけに、今の彼は外務卿ゼフィールの補佐官。


 立場だけなら、十分釣り合うのだ。


 一方で――――


(私は……高貴な身分じゃない。それに、私は……)

「……っ!」


 一人の女性が、ルカの腕に絡みついた。


 その光景を見た瞬間、頭に血が昇り、気付けば踵を返した。


 そのまま、待ち合わせていた場所を離れ、城へと続く通りを足早に歩き続ける。


「…………っ……」

 先程の光景を思い出すたびに、何故か霞む視界。


 その視界を手で拭い、ソフィアは嫌な記憶を振り払うように、更に歩を進める。


 ドン!


 しかし、俯いていた彼女はしっかりと前を見ていなかった。


「痛てぇ……何しやがる!」

 掴まれた腕に、ソフィアは振り返る。


「すみません……」

 瞳を潤ませたソフィアが小さく謝罪する。


 その瞬間、ぶつかった男の顔が赤く染まる。

「いや、いいんだけどよ…」

「おい、何してんだ?って……お?良い女連れてんじゃねぇか」


 男の連れだろうか。

 数人の男達が、ソフィアのそばに寄ってくる。


「お姉さん。一人?お名前は?」

「えっ……あの……」

「そんな顔しないでよ。俺達、別に悪い人間じゃないよ?」


 そう言いながらも、下品な笑みを浮かべて距離を詰める男達に、ソフィアは警戒したように後ずさる。

「こんな時間に一人じゃ危ないよ~?俺達が送ってあげるからさ」


 そう言って、ぶつかった男が鼻の下を伸ばし、掴んだままの腕を引こうとして……別の手が、背後から彼女へと伸ばされた。


「っ!?」

 突如、背後から腕を回され、抱き寄せられる。


 振り返ると、先程まで女性達に囲まれていたはずのルカが、ソフィアを守るように抱き寄せていた。


「何だよ、てめぇは!」

 獲物を取られた男達は、ドスの効いた声で紳士を威嚇した。


 けれど、ルカは男達を無表情で見据える。


「彼女の恋人ですが、何か?」


 まるで、相手にしていないとでもいうような態度に、男達は余計腹を立てる。


「ふざけんな!後から来ておいて恋人だと!?こっちはその女に用があるんだよ!俺はぶつかられたんだ!さっきからぶつかった腕が痛くて仕方ねぇんだ!その女に癒し…イギャアアァ!!!」

 腕を伸ばした男が悲鳴を上げた。


 ギリギリと物凄い力で男の腕を掴む紳士の姿に、ソフィアも残りの男達も真っ青になる。

 ルカが手を離すと、男は腕を押さえ、蹲った。


 そんな男を一瞥し、ルカが残りの男達へと視線を向ける。

「これは失礼。つい力が入ってしまいました。もしかしたら、ヒビが入っているかもしれませんね」

 そう言って、笑う彼の姿に、男達は涙目で震え上がる。


「……す」

「す?」

「「「すいませんでしたぁ!!!」」」

 男達は一斉に頭を下げると、蹲る男を連れて一目散に逃げていった。


 男達の姿が見えなくなると、ルカは小さく息をつき、チラッとソフィアへと視線を向ける。


「……ソフィアさん?解っていますよね?」


 咎めるような視線に、けれど彼女は珍しくフイッと視線を逸らした。

 反抗的な態度に、ルカは僅かに目を見開く。


「ソフィアさん?」

「……助けてくれてありがとう。でも、もう大丈夫。帰ろう」

 そう言って離れようとする乙女に、ルカは彼女を抱く腕の力を強めた。


「……離して」


 抗議するような声。


 けれど、絶対に彼女は視線をむけようとしなかった。


 拗ねているようにも見えるその態度に、ルカは耳に唇を寄せる。


 そして……


 チュッ


「~~~っ!?」

 耳へのキスに、ゾクッと身体が震える。


「やっ…やめ…」

 耳に吐息混じりのキスを繰り返す猫紳士に、乙女は身を捩る。


「もう!離して!」

 声を上げ、キッと彼を睨みつけた。


 途端に満面の笑顔を見せるルカに、ソフィアは嵌められたことを悟る。


「ようやく、こちらを向いてくれましたね」

 そう言って、悪戯っぽく笑う猫紳士。

 けれど、彼自身もまだ怒っていることが雰囲気でわかる。


「ソフィアさん?何故、一人で帰ろうとしたのです?」

 問い詰める彼に、けれどソフィアはムッとした表情で視線を逸らした。


 すると、今度は顎に手が添えられ、強制的に彼へと向かされた。


 互いの視線が近距離で絡み合う。


「何を怒っているのですか?」


「………怒ってない…」


「そんな表情で言われても、説得力がありませんよ?」


「…………」


「今日のお約束は何でした?」


 若干、上から目線の言い方に苛立ちを覚えながらも、容赦のない猫紳士の詰問に、ソフィアは顔を歪ませ、こう言った。


「……一緒にいた人達はどうしたの?」


 乙女の質問に、彼は訝しげに眉を寄せる。


「一緒にいた?誰のことです?」


「さっき、一緒にいたでしょう?時計台のそばで……綺麗な女の人達と……」

 乙女の言葉に、ルカはようやくソフィアの言っている人物に心当たりがあったのか、驚いたような表情で彼女を見つめた。


「見ていたのですか?」


「………」


「あの方々は、家族とはぐれてしまったと言って、勝手についてきただけですよ。それで案内所に連れて行こうとしたのですが……あまりにしつこいので、近くにいた憲兵に引き取っていただきました」


 ルカの説明に、けれどソフィアはまだ視線を上げようとしなかった。


 そんな様子の彼女に、勘の良いこの猫紳士は、彼女の行動の理由を悟る。


「まさかとは思いますが……それで勝手に一人で帰ろうとしたのですか?」


 ピクッ


 乙女の肩が小さく跳ねる。


 その姿に、彼は自分の推測が正解していることを確信し、目を見張る。


「…………」


「…………」


「……………はぁ……」


 暫しの沈黙の後、紳士から盛大な溜息が漏れた。


 同時に、大きな身体が寄りかかってくる。


「……ルカ?」

 すっかりと脱力した様子のルカに、ソフィアは肩に顔を埋める彼の身体を揺らす。


「ルカ?ねえ、どうしたの?」

 心配するソフィアに、ルカは呆れたような、それでいてどこか嬉しそうな笑みを浮かべ、彼女を抱きしめる。

「全く……貴女という人は……本当に、目が離せませんね……」

 目を閉じ、フッと笑う彼の表情は、乙女からは見えない。


 けれど、その表情はどこか優しい。


「目が離せないって……そんな言い方……」

「本当のことでしょう?貴女は自分が考えているよりも、ずっと感情的な人間です。だからこそ、突拍子な行動をして、いつも私の心を搔き乱す」


 そう言って身体を離し、今度は慈愛を込めた視線で彼女を見下ろした。


「先程の女性達とは何もありません。私には大切な女性がいる。そう言って、しっかりとお誘いをお断りしましたから、ご安心を」


 全てを見透かしたかのように笑うルカに、ソフィアは恥ずかしげに俯いた。

 彼は、そんな彼女を暫し面白そうに眺めていたが、やがてソフィアの腕を引き、笑顔で誘う。


「行きましょう。折角の祭りなのです。最後まで楽しまなくては」

「……うん、そうだね」


 彼の笑顔に、ソフィアも笑顔を浮かべ、再び中心部へと足を向けたのであった。







 神々に捧げる巨大な火。


 その回りを囲むように、人々が手を取り合い、ダンスを踊る。


 暫し、その様子を眺めていた二人だったが、周りに囃し立てられ、遂に手を取り合い、共に踊り始めた。


 メイボンで奉られる、光の神と地の神。

 その二柱は、夫婦なのだという。

 その夫婦に捧げる火のそばでダンスを踊った男女は、その神々からの加護の元、愛の絆を紡ぐことができるのだと云われている。


「…………」

 ソフィアは、共に踊るルカの横顔へと視線を向けていた。


 火の明かりに照らされた、美しくも凛々しい紳士。


 彼女が先程抱いた感情。


 それは、明らかに悋気……嫉妬だった。


 けれど、乙女はその感情を認めたくなくて、首を振る。

「どうしました?」

「………何でもない」

 そう言いながらも、そっとルカの顔を盗み見る。


 彼に触れた、女性の腕……


 その光景を思い出し、ソフィアは曲が変わったことを理由に、体を密着させた。

 ぎゅっと抱きついてくる乙女に、紳士がクスッと笑みを漏らす。


「………何?」

「いいえ、何も」

 真っ赤な顔で見上げてくるソフィアに、ルカは悪戯っぽく笑い、彼女を抱く腕に力を込める。


「少しは、私の気持ちを解ってもらえたようで何よりです」

「……?ルカの気持ち?」

「……偶には、妬いて欲しいと思っていましたから」

 彼は苦笑すると、ソフィアを抱き上げ、ダンスの輪の中から抜け出した。

 そのまま、人目を避けるように、池のほとりにある静かな場所へと移動する。


「ここで何があるの?」

 首を傾げるソフィアに、ルカは何も言わずイブニング・プリムローズが咲く野原に彼女を降ろした。

 その隣に腰を降ろし、ようやく説明を始める。


「メイボンのフィナーレには、極東から伝わった花火と呼ばれるものが夜空を彩るそうです。近くで見るよりも、離れて見たほうが美しい。ここなら、よく見えるからと老婦人からお聞きしました」

「花火?」

「夜に咲く、美しい花だそうですよ」

 ルカに促され、空を見上げると、高い音と共に光が上がった。


 大きな音が鳴る。


 同時に咲いた、大輪の花にソフィアは目を輝かせた。


「綺麗……」


 闇に咲く、色鮮やかな大輪の花を見上げながら、ソフィアが息を漏らす。


「本当に、夜空に花が咲いているみたい」

「そうですね」

 そう言いながら、ルカがソフィアの肩に腕を回した。


 抱き寄せるルカに、彼女は黙って体を預け、空を眺めた。


「……………」

「……………」

 次々と上がる花火に、二人は寄り添いながら花火を見上げる。


 夜空の花を堪能しながら、ソフィアは猫紳士に声をかけた。


「――――ルカ」

「はい、どうしました?」

 微笑みを浮かべる彼に、ソフィアは微笑みを返す。


「ありがとう」

 紳士のエメラルド色の瞳を見つめ、そう告げる。


「とても楽しい一日だったよ」

 素直な言葉に、ルカは安堵の笑みを漏らした。


 今日の計画を考えたのはルカだ。

 きっと、だいぶ前から考えていたのだろう。

 ソフィアを喜ばせようとしてくれたことが凄く伝わった。


「結局、私が楽しんだだけで、何も返せなかったけど……」

 苦笑するソフィアに、ルカは小さく笑い、首を振る。


「そんなことはありませんよ。楽しむ貴女の姿を見ているだけで、私も楽しい気分になれました」

 嬉しそうにそう語る彼に、ソフィアは先ほど買った物を思い出し、紙袋を差し出した。


「これは?」

「ルカに似合うかなって思って。気に入ってもらえればいいんだけど…」


 ルカが紙袋を開き、中からイヤーカフを取り出した。

 猫紳士のエメラルド色の瞳が見開かれる。


「これ……サファイアですよね?」

 確認するルカに、乙女は慌てたように手を振りながらこう告げる。


「そんなに高価な物じゃないよ?ただ……ルカに似合う気がして」

 彼女の言葉に、猫紳士の頬が赤く染まる。


「お守りになるなら……良いと思ったの。いつも、ルカは私を守ってくれているから」


 目を伏せ、僅かに照れたように笑うソフィアに、ルカはうっとりと彼女を見つめた。

 そして、彼女の前にイヤーカフを差し出す。


「?」

「つけてもらえませんか?貴女の手で…」

 彼の願いに、ソフィアは恥ずかしそうに頬を染めたが、イヤーカフを受け取り、彼の左耳へと付けた。


「やっぱり、似合う」

 イヤーカフを身につけたルカを見て、ソフィアは淡く微笑んだ。

 白銀の髪に、青い色がよく映える。


「私ね、ずっと青色が苦手だったの」

「そうなのですか?」

 目を伏せる彼女に、ルカは耳を傾ける。


「うん……どうしてもこの瞳を思い出してしまうから。でもね……」

 乙女がルカへと手を伸ばし、両手で彼の顔を包み込む。


「ルカが私の瞳を美しいって……綺麗だって言ってくれたから……青い色を好きになれた」


 正直、瞳はまだ好きにはなれない。


 けれど、彼が好きだと言ってくれるなら……いつかこの瞳も好きになれるかもしれない。


「ルカ、ありがとう―――あなたに出会えて、よかった」


 そう言って、笑顔を浮かべるソフィアに、ルカの瞳が一層熱を帯びる。


「本当に……貴女には敵いませんね……」

「えっ?」


 チュッ――――


 ルカは、再び彼女の両手を掴み、片方の掌へと口付けた。


 驚き、咄嗟に離れようとするが、彼は両手首を掴んだまま、決して離そうとしなかった。


「ルカ……?」

 いつもと違う雰囲気に、ソフィアが戸惑いながら彼の名を呼ぶ。


 彼女を見つめる翠色の瞳は……狂おしいほどの熱を孕んでいた。


 どこか、獲物を狙う肉食獣のように自分を見つめる彼に、乙女の体が無意識に震える。


「知らないとは言わせませんよ?この国では、サファイアが添い遂げたい相手に……永遠の愛を誓う相手に贈られる宝石であることを……」

「なっ!?」

 その言葉に、彼女は言葉を失った。


 確かに、“慈愛”という意味があることは聞いていた。


 けれど、そんな意味まであるとは聞いていない。


 目を丸くするソフィア。


 そんな彼女を見て、ルカは悲しそうに目を細めた。


「知らずに贈ったのですか……」


「………」


「ですが、それでもかまいません。私は、もう……この気持ちを抑えることができそうにない」


 そう言うと、ルカは真剣な瞳でソフィア見つめてきた。


 強い光を放つエメラルドの瞳に、ソフィアは言葉が出ない。


「ソフィアさん……」

 乙女の手首を離し、頬に手を添え、紳士が問う。


「貴女にとって……私はどのような存在ですか?」


「えっ?」


 突然の質問に、けれど猫紳士は真剣な眼差しで、尚も言葉を続ける。


「私は貴女にとって、どれほどの存在ですか?」


 あまりにも真っ直ぐな視線に、額に汗が流れる。


「ルカ、もしかして疲れた?ずっと、人混みの中を歩いていたから、人に酔ったんじゃない?」


 咄嗟に、ソフィアは話を逸らそうと彼に笑いかける。


 けれど、ルカは表情を変えることなく、黙ってソフィアを見つめている。

 話を逸らすことができないと悟った乙女は、すぐさま立ち上がろうとする。

 しかし、それも猫紳士が両肩を掴んできて、阻まれた。


 逃げられない。


 ソフィアの顔から笑みが消える。


「…………」

「…………」


 花火よりも強い輝きを放つ翠色の瞳に、ソフィアは居た堪れなくなり、目を伏せた。

 その後、何とか精一杯の笑顔を作り、彼に向ける。


「ルカは…家族だよ。私の大切な家族」

「………」

「あなたは私の、かけがえのない家族…――――」

「そんな言葉が聞きたいのではありません」


 ソフィアの言葉を、ルカが強い口調で遮った。


 ビクッと身を震わせる乙女。


 そんな彼女の頬を、籠手をつけた大きな手がもう一度撫でる。


「本当は……わかっているのでしょう?」

 切なげな瞳が、ソフィアを見つめる。


「私は……女神バステトにこう頼みました。愛する人に……この想いを伝える為の言葉と、その人を守る為の力を下さいと……――――――」


 頬を撫でる手が止まる。




「もう……気づいているのでしょう?私の気持ちに……っ!」




 苦しそうな声が、嫌でもソフィアに彼の気持ちを突きつけてくる。


 これまで、ルカがこんなにも感情を露にしたことはあっただろうか?


 答えは、否だった。


 彼は、人間になってから、決して一度も感情的になることはなかった。


 いつもニコニコしていて……時々悪戯や意地悪をして……でも、優しくて…―――――


 花火は、まだ鳴り続けている。


 なのに、その音をどこか遠くに感じる。


 ルカの視線が、ソフィアの薄紅色の唇へと注がれる。


 彼の親指が、ツゥと乙女の唇をなぞった。


「ダメ……」

 彼の意図を理解したソフィアが、弱弱しい声で告げる。


 けれど、もう彼は留まろうとはしなかった。


 一度噴き出した感情は、止まらない。


「私に何かしたいと仰ったのは貴女です。ならば、私にとって最も価値があるもの……いえ、特別な権利を下さい。そう……貴女の……――――」




 “貴女の唇に触れる権利を……”




「!」


 音が止む。


 無音の中、大きく見開かれるサファイア色の瞳。


 その瞳に、鮮やかな花火が映る。


 重ねられた、柔らかい唇の感触。


 ほのかに温かいそれが、啄ばむように触れ合う。


 初めての唇へのキスに、ソフィアは動くことができなかった。


 その間も、艶やかな唇が乙女の唇に吸いつき、その味を堪能している。


「……………」

「……………」


 互いの唇が離れる。


 それでも、ソフィアは呆然としたまま動くことができなかった。


 そんな彼女の背に腕を回した猫紳士は、どこまでも真剣な表情で見下ろし、たった一言こう告げたのだった。




 “貴女が好きです”と――――


長くなりましたが、この話は分けずにこのまま続けました。


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